18.新たな日常 その3
「さて、前回の訓練の振り返りを始めようか」
九條先輩がタブレットを机の真ん中に置きながら、落ち着いた口調で話し始めた。
その言葉を聞きながら、勇馬は改めて自分が負けたのだという事実を受け止めていた。
ちなみに、勇馬が倒れた後、八神はそれなりに粘り、九條先輩に少なからずダメージを与えたものの決定打に欠け、持久戦の末に敗れたらしい。
九條先輩の説明を聞いているうちに、勇馬はどうしても疑問を抑えきれず、思わず口を開いた。
「九條先輩があれだけ強いんですから、そもそもチーム編成的にBチームの勝利の可能性はなかったんじゃないですか?」
脳裏に浮かぶのは、攻撃・防御・速度の全てで圧倒的だった九條先輩の姿だった。
その並外れた強さを思い返すだけで、改めてその差を痛感する。
そんな勇馬の言葉に、自慢げに九條妹が口を挟んだ。
「そりゃ兄さんは、日本の呪術師の中でもトップ10に入ってもおかしくない強さだもの」
九條妹の言葉に対し、九條先輩はやや苦笑しながら首を振って、
「いや、気にしなくていい」
と謙遜するように言った。
そこに八神が真剣な表情で続ける。
「いや、たしかに僕の九條先輩への実力評価が甘かったのもある。どんな形であれ4人でかかれば勝機はあると思っていたんだ」
「そうだよね。まさか4対1になっても負けるとは思わなかったし……」
七草も同意するように頷いた。
「いえ、場面場面で見ればBチームにも全く勝機がなかったわけではありません」
そんな後輩を元気づけるかのようにタブレットを操作しながら、東雲先輩が冷静に解説を始める。
「記録を見ると、消耗量や耐えた時間から見ても、八神くんが綾仁様を抑える方がチームとしては良い結果になった可能性が高いんです」
「的確な指摘だな」
九條先輩が自分も同じ意見だと言わんばかりに深く頷く。
「まさか八神があそこまで粘るとは思わなかったが、俺に正面からの攻撃で決定打を与えられない以上、相手を弱体化する技を持つ東雲を温存するべきだった」
「勇馬くんの呪術の威力も想像以上でしたし、八神くんによるダメージが累積していれば、私の弱体化も十分に効果を発揮できたかもしれません。そうすれば勇馬くんの攻撃が決め手になっていたかもしれません」
と、東雲先輩も補足する。
「もちろん、簡単に負けるつもりはないがな」
肯定しながらも九條先輩が冗談めかして微笑んだ。
(そうか…勝機がないわけではなかったんだ……)
と勇馬が思案していると、これまで黙っていた八神が再びタブレットを操作し、別の陣形を提案し始める。
「そもそも九條先輩を最後に全員で倒す、という作戦自体が間違っていたのかもしれません」
九條先輩は興味深そうに目を細めながら、
「続けてみろ」と促す。
「僕の提案する作戦はこうです。七草が鷹野先輩と幸奈を足止めしている間に、僕と天之、東雲先輩で九條先輩を倒しに行く形です」
「ひどーい! 私に2対1で負けろっていうの?」
七草がむくれるように声を上げるが、八神は落ち着いた表情で手を振りながら説明を続けた。
「これは七草を信頼しての作戦だよ。決定力に欠けるとはいえ、防御力と継戦力に君は優れているからね。九條先輩を倒すまで足止めしてくれれば、僕たちが突破口を開ける」
「たしかに七草さんの呪術である神道術は、消耗の少なさと護りに適しています。鷹野先輩の錬金術も発動が速く厄介ではありますが攻撃力自体は低いですし、幸奈ちゃんの攻撃も十分に耐えられると思います」
東雲先輩の援護を受け、ようやく納得したのか七草はそれならばと頷いた。
「実際には状況次第だし、同じ展開になるとも限らんがな。さて、Bチームの反省に一区切りついたところで次はAチームの反省に移ろうか。どうだ、幸奈?」
今度はお前の番だと九條先輩が促す。
「……私が八神先輩に攻撃したのは失敗でした」
悔しそうに口をつぐむ九條妹に対し、九條先輩がやや厳しめの口調で答える。
「その通りだ。お前の憑神術は瞬発力と攻撃力に秀でた呪術だ。速攻で天之を倒してから鷹野と連携していたら、勝つのは難しかったとしても充分持ちこたえられていたはずだ」
九條妹は悔しそうにうつむく。
しかし、九條先輩は次の瞬間、兄としての優しい表情に戻り声をかける。
「幸奈、お前は既に才能にあふれているし成長の途中でもある。まだ一年生なんだ。そんな焦る必要はないさ」
「そうよ幸奈ちゃん! 一年生でここまでやれるの、本当にすごいことなんだから!」
七草も元気づけるように声をかける。
「でも……兄さんだったらできていた……」
もどかしそうな表情で小さく呟く幸奈の言葉は、まだ自信を持てない自分への本音だった。
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その後も反省会は続けられ、各自の課題と改善点が明確になった。
時計を見ると既に15時近くになっていた。
「さあ、頭を使ったらお腹がすく。みんなで飯でも行くか!」
九條先輩の提案に、七草が元気よく手を挙げる。
「賛成!頭を使ってお腹がすきました!」
「君はほとんど話を聞いていただけだろ!」
八神の相変わらずの冷静なツッコミに、七草が「なにおー!」と頬を膨らませる。
そんないつも通りの二人のやりとりに、勇馬は思わず吹き出しながら口喧嘩を始めそうな二人の仲裁に入る。
「何を食べましょうか」
「兄さん、私はピザが食べたいな」
「お、いいな。この前は洋食だったし今日はイタリアンにするか」
反省会を行ったケセラを後にした勇馬はみんなと歩きながら思う。
(次こそは……負けない。)
胸の奥底に闘志を燃やし、次の戦いへの決意を新たにする勇馬だった。