16.新たな日常 その1
勇馬が目を覚ますと、時計の針はすでに8時半を回っていた。
(昨日の消耗がまだ残ってるんだな……)
そう納得しながら、九條先輩の言葉を思い出す。
「新宿のネコ像前に10時集合。遅れることがないように」
同じ寮から出発するにもかかわらず、現地集合を基本とするのが東京学園の伝統らしい。
時間に余裕があるわけではないが、慌てるほどでもないと判断し、ベッドから起き上がった勇馬はゆっくりと準備を始めた。
熱めのシャワーを浴びて目を覚ますと、部屋の配食棚に届いていた弁当からおにぎりを取り出し、頬張りながら着替えを選ぶ。今日のおにぎりは昆布だった。
5月も中旬に差しかかり、少し暑さを感じ始める陽気に合わせ、勇馬は青いジーンズに白いシャツ、濃紺のジャケットを羽織った。
今日は初めての休日、仲間たちと過ごす楽しい時間になるはずだと期待に胸を膨らませる。
財布やケータイなど持ち物を最後に確認してから、勇馬は部屋を後にした。
9時45分。軽い足取りで集合場所であるネコ像前に到着すると、すでに人混みで賑わっていた。
遠くから見回すと、読書をしている八神の姿が目に入る。
落ち着いたカーキ色のズボンに黒のシャツを合わせた、シンプルながら大人びた装いだった。
勇馬が近づくと、八神は気配を感じたのか、本を閉じて片手を挙げて挨拶する。
「随分早いんだな?」
「どこだって読書はできるからね」
八神はそう言いながら、持っていたハードカバーを片手に持ち、誇らしげに見せびらかす。
軽く微笑んだその顔に、少し羨ましさを感じ、自分も趣味を作ろうかと思案する勇馬だった。
そうこうしていると、10分前になり、七草が姿を見せた。
水色のショートパンツからすらりと伸びる足に、赤い運動靴を合わせ、上は白のシンプルなトップスを合わせていた。
爽やかで元気な印象そのままの服装だった。
「おっはよー! 二人とも早いじゃん!」
笑顔で明るく駆け寄ってくる七草の姿に、勇馬はつい見とれてしまい挨拶を忘れる。
それを察したのか、七草が得意げに言った。
「なになに~? うちの可愛い私服に見とれちゃった?」
「黙ってりゃ可愛いんだから、少しはおしとやかさってのを覚えたらどうだ?」
即座に、八神が冷静に突っ込みを入れる。
「はぁ!? 余計なお世話でしょ!」
七草がムキになって反論し始めたのを見て、勇馬は思わず吹き出した。
(グッジョブ、八神……)
いつも通りの言い合いを始める八神に、心の中で全力の感謝を贈る勇馬だった。
他愛もない雑談をしながらの和やかな雰囲気の中、残りのメンバーが到着し始めた。
9時55分、九條幸仁と東雲理緒が姿を現す。
やってきた二人の姿に、勇馬は思わず息を呑んでしまった。
東雲先輩はベージュのロングスカートに黒のブラウスという、大人びた落ち着いた装いだった。
長い髪を軽くまとめた姿は、普段見慣れている制服姿以上に優雅で、とても高校生には見えなかった。
しかし、何よりも驚かされたのは九條先輩の服装だった。
淡い水色の着物に、青の羽織をさらりとまとっている。
現代の街並みにいるはずなのに、その佇まいはまるで時代劇に出てくる武士のように堂々としていて、妙にしっくりきていた。
勇馬は思わず口を開いてしまう。
「いつも、その……和服なんですか?」
「もちろんだとも。日本の男子たるもの、これが一番だ」
九條先輩は胸を張って自慢げにそう言い切る。その姿にはまるで迷いがない。
唖然としている勇馬に「僕も初めての時はびっくりした」とか「この街中だと違和感あるよねー」と仲間がフォローを入れてくれる。
九條先輩に対していろいろな意味で尊敬の念を覚えながら、再度九條の出で立ちを上から下まで見直す勇馬だった。
そのとき、集合時間ギリギリで九條妹——幸奈が姿を現した。
周囲を気にするように辺りを見回しながら、恐る恐る近づいてくる。
淡い水色のワンピースに黒いリボンをあしらった、年相応の可愛らしい服装だった。
こちらの集団を見つけると、九條妹は表情を緩めて笑顔になったものの、すぐに落ち着きを取り戻した表情になり、確かな足取りでこちらにやってきた。
九條妹は着くや否や控えめに頭を下げた。
「遅くなってすみませんでした……」
「いや大丈夫だ、ぴったりだ」
九條先輩が優しく声をかけると、九條妹は少しホッとしたよう表情を浮かべた。
そのまま九條先輩は皆の方を振り返ると声を張り上げた。
「さあ、全員揃ったな! 今日は全力で楽しもうじゃないか!」
思い思いの返答が聞こえる。
勇馬は胸を期待で膨らませ、仲間たちと笑顔で雑談を交わしながら歩き出した。
新しい仲間たちと過ごす、初めての休日が始まる——5月の気持ちの良い快晴の朝だった。