15.力に目覚めた日 その15
勇馬が目を覚ますと、そこは一週間前にも見覚えのある保健室の天井だった。
(……また、ここか……)
ぼんやりとした頭で周囲を見回す。薄暗い照明、消毒液の匂い、柔らかなシーツの感触——間違いない。あの敗北の直後からの記憶は途切れていた。
「あら、目が覚めたようね。」
落ち着いた女性の声が響く。声の主へ視線を向けると、保健室の水谷先生が柔らかく微笑んでいた。
「……水谷、先生?」
「ええ、一週間ぶりね」
目が覚めた安心感と、自分の不甲斐なさが胸に重くのしかかる。だが、もう一つの聞きなれた声が彼の意識を現実へ引き戻した。
「お、目が覚めたか」
ベッドの脇で腕を組んで立っているのは瀬尾先生だった。
「せ、瀬尾先生……」
前回と違うのは、彼の姿があることだった。
水谷先生は勇馬の状態を確認するために近寄り、目を細める。
「目眩や吐き気は? 手の痺れはない?」
「大丈夫です……たぶん……」
彼女は勇馬の目の反応を確認しながら、深いため息をついた。
「まあ、あいつの仕事だから後遺症が残るわけないのだけれど……」
突然、彼女は瀬尾先生の方へ向き直り、少し強い口調で詰め寄った。
「あんたはね! いつもちょっと大丈夫そうだと無理させすぎなのよ! 天之くん、まだ新入生でしょ? 加減って言葉知らないわけ?」
その言葉に、瀬尾先生は肩をすくめ、苦笑しながら答えた。
「まあいいだろ。そんだけ信用してるってことだ。」
「信用? ふざけないで! あんたたちみたいにみんな強いわけじゃないんだから!」
勇馬は二人のやりとりを呆然と見つめていた。こんな風に言い合う先生の姿は初めてだった。まるで、家族のような……いや、それ以上の絆すら感じさせる。
「……あの、お二人って?」
水谷先生は肩をすくめ、呆れたように笑って説明した。
「……ま、こんな感じで、私とこのバカは学園時代の同期ってわけ。腐れ縁ってやつよ。」
「ハッハッハ、まぁそういうこった。」
互いに憎まれ口を叩きながらも、どこか信頼し合っているのが伝わる。
そんな二人の関係性を理解した勇馬は、ふと自分の悔しさがぶり返してくるのを感じた。
完膚なきまでに負けたのだ。
勇馬のその表情を見ていたのか、水谷先生が優しく声をかける。
「……負けたのが悔しいのね?」
「……はい」
素直に頷くと、水谷先生は柔らかく微笑んだ。
「それでいいのよ。悔しさを感じられるのは、成長を諦めていない証拠ですからね。あなたは、よく頑張ったわ」
勇馬の胸に、少しだけ温かいものが灯った気がした。
「……ありがとうございます」
「さて、天之も無事復活したようだし、そろそろ戻るぞ」
用事が終わったとばかりに瀬尾先生が腕を組みながら促す。
水谷先生は「お大事にね」と笑顔で手を振り、勇馬は深くお礼を述べて教室へ向かった。
教室に戻ると、仲間たちが揃って待っていた。
勇馬の姿を見るや否や、九條幸仁が立ち上がり、礼儀正しく口を開いた。
「すまなかったな。思ったより強い一撃だったのでな、あまり加減できなかった」
彼の表情は真剣そのものだった。
あの圧倒的な強さを持ちながら、しっかりと謝罪をする姿勢に、勇馬は逆に恐縮してしまう。
「い、いえ……訓練ですから」
ぎこちなく返す勇馬に、八神が横から補足する。
「あの訓練室は、氷川博士の開発した特殊な結界が貼られていてね、大ダメージを受けても意識を失う程度で済むようになっているんだ」
七草がすかさず笑顔で続けた。
「そうそう!だから私も鷹野先輩の頭、思いっきりぶっ飛ばしちゃったんだし!」
「……でも、あれは痛かった。」
鷹野がボソリと呟き、教室に乾いた笑いが広がる。
「さあ、歓談は後にしろ! 終わりのホームルーム始めるぞ〜!」
瀬尾先生が声を張り上げ、場を引き締めた。
来週の授業の予定や、簡単な今日の振り返りを終えると瀬尾先生は最後に付け足した。
「残りの振り返りは九條兄を中心に良しなに済ませておいてくれ……というわけで、ある程度は天之の実力も分かったことで、来週からまた任務の方も再開するから張り切っていくぞ〜。では解散」
いつも通り、最後を雑な感じにまとめるとホームルームが終わり瀬尾先生は教室を後にしていった。
すると、切り替えるように手を叩き九條先輩がみんなの注目を集める。
「さて、楽しく反省会を行うためにも……明日は天之の歓迎会の本番を行うぞ」
「すでに渋谷にあるケセラの大部屋を予約してあります」
東雲先輩が阿吽の呼吸ですかさず続け、全員の表情が和らぐ。
「全員参加できるな?」
ほとんどのメンバーが元気よく「はい!」と声を揃える中、鷹野先輩が静かに首を横に振った。
「私は不参加で」
「えーっ!」と七草が不満げな声をあげる。
「私はすぐにいなくなる世代だから、同世代だけで楽しむといい」
鷹野先輩の静かな言葉に、教室が一瞬しんみりした空気に包まれる。
そのまま挨拶をして鷹野先輩は教室を去っていった。
ただ、去り際にささやくように聞こえた「私にはもうそんな時間はないんだ……」という鷹野の声が勇馬の胸に妙に引っかかった。
鷹野が教室の扉を閉めた音がすると、すぐに七草が場を切り替えた。
「大丈夫よ! ウチらだけで楽しむんだから!」
場を明るくするためにか、わざとらしく元気に宣言する七草に、全員が表情を和らげる。
勇馬は敗北の悔しさと意味深な鷹野の言葉への疑問を胸に抱きつつ、みんなで過ごす初めての休日に心を躍らせていた。
まずは、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
小説第一巻程度(54話11万字)で物語の起承転結を終えるので、もしよろしければ最後まで読んでいただけると幸いです。
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