13.力に目覚めた日 その13
鷹野との戦いを終え、音がする方向に走る七草の目が八神を捉えた。
「あそこにいる!」
七草が指さした先、視線を追って勇馬が確認したのは、九條妹の後頭部に銃を突き付けている八神だった。
銃口を下げた八神が、走り寄る二人に気付くとこちらに向かって微笑みながら片手を挙げる。
駆け寄ると、九條妹は肩を落として涙ぐんでいた。
「ああー! 幸奈ちゃんを泣かせてる!! だから幸奈ちゃんに嫌われるんだよ、八神! 」
七草が怒ったように腕を組み、説教を始める。
「ちょっと待て! 勝負なんだから仕方ないだろ!」
八神は慌てた様子で反論するが、七草は容赦なく詰め寄る。
「そんな態度だからだよ! 幸奈ちゃんは繊細な子なの!!」
「いや、そんな……泣かせるつもりだったわけでは……」
おろおろした八神がなおも弁解しようとするその時――轟音がした。
遠くで大きな爆発音が響き渡った。
「……東雲先輩!」
七草の顔が一瞬で真剣になり、説教を打ち切って駆け出す。
「幸奈ちゃん、また後でね!」
そう言い残し、七草は走り去っていく。八神も「ったく、説教するからだろ……」とぼやきながら後に続いて走り出す。
緊張感が一瞬緩んだ空気に拍子抜けしながら、勇馬も慌てて二人の背を追いかけた。
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一方その頃、東雲里桜は九條幸仁と一騎打ちの最中だった。
「この一撃で……決める!!」
里桜の手から放たれた呪札が弧を描き、蒼白い軌跡を残しながら幸仁に襲いかかる。しかし――
「甘いな……」
幸仁は木刀を軽く振り上げ、風を切るかの如くその呪札を一閃で払った。札が弾け、爆発の火花が周囲に散る。しかし、幸仁の姿は煙の中でも微動だにしていない。
「相変わらずあなたは、敵に回すとやっかいですね……!」
里桜は苦笑しながら呟き、次の札を握りしめた。
「どうした里桜! その程度か!」
と声を張り上げる幸仁に、里桜はまだまだこれからですと言わんばかりに再度呪札をはなった。
里桜が放った呪札を九條は先ほどと同じように木刀で切り払う。
爆発の中から無傷で現れた九條は、木刀を軽く回転させながら肩に担ぐと余裕の笑みを浮かべていた。
しかし、挑戦的な笑みで里桜は言い返す。
「幸仁様をがっかりさせるようなことはしませんよ」
「面白い!それじゃあ見せてもらおうか!」
幸仁が楽しそうな笑顔で答え、地面を蹴る。瞬間、煙をかき分け蒼白い光を纏った彼が目にもとまらぬ速さで突撃してきた。
「させません!」
里桜は懐から取り出した鉄扇を広げると、呪力を纏わせて防御の姿勢を取った。衝撃が腕に伝わる。木刀の一撃は重く、鉄扇が軋む音が響く。
「ちょっと待ってていただければすぐお見せいたし……ます!」
彼女は必死に耐えながら、呪力を全力で身にまとわせて身体を強化すると幸仁の木刀を弾いて押し返し、勢いを利用してバックステップを踏んで距離を取った。
「逃がさんよ!」
と瞬時に体勢を立て直した幸仁が、木刀を片手で構え直し、さらなる一撃を繰り出そうと踏み込む。しかし――
「――!?」
片足が地面に吸い付けられたかのように止まった。
「……かかりましたね。」
里桜が不敵に微笑む。その足元には無数の呪札が仕掛けられていた。
「――爆ぜろっ!!」
一瞬の静寂。そして次の瞬間、爆風が幸仁を包み込んだ。
「どうで……しょうか……」
連続で呪力を振り絞った脱力感にすぐには動けず、里桜の膝はかすかに震えていた。それでも膝を折るまいと両足に力を込めていた。
里桜は息を切らしながら、爆煙が晴れるのを待つ。だが――
「……やるじゃないか。」
煙の中から現れた幸仁は、服にいくつか焦げ跡を残しているだけでさしたるダメージもなく、まだ戦闘態勢を崩していなかった。
「やっぱりあなたは……」
とっておきの攻撃すら大したダメージを与えることができなかった事実に、肩で息をしながら里桜は苦笑するしかなかった。
思いがけない攻撃を受けた幸仁は楽しそうに微笑み返す。
「やるじゃないか、里桜」
「幸仁様ほどじゃありませんよ」
その答えに幸仁は満足げな表情を浮かべ、木刀を再び正眼の位置に構え直した。
里桜は内心で焦りながらも、次の一手を考えようと呼吸を整える。だが、新しい札を握るその手は震えており、すでに限界が近づいているのを自覚していた。
「でも……時間を稼ぐことくらいはできました」
その言葉と同時に、背後から疾走してくる三つの影が視界に飛び込んできた。
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「お待たせしました!」
七草、八神、勇馬の三人が里桜の背後に合流する。
「何とか間に合いましたね」
と東雲先輩が言葉を返す。
東雲先輩はほとんどダメージこそ受けていないものの、全身に力が入っておらず、疲労困憊といった様子だった。
対照的に九條先輩は軽いダメージこそ負った様子があるものの、準備運動が終わったと言わんばかりの立ち振舞であった。
「これで4対1です。九條先輩」
八神は半身の構えで拳銃を片手にもち、銃口を向けながら九條幸仁に鋭い視線を向けた。
「こっからが反撃開始だよ!」
七草が棒を両手でしっかりと握り、構え直す。
勇馬も短剣を抜き放って片手で正眼の位置に構え、全員が同じ方向を見据え少しづつ距離を詰める。
「そうか、やはりあいつらはやられたか」
と想像通りだったが残念だという風に呟いた九條先輩が木刀を回転させつつ担ぎ直して更に言葉を繋げる。
「で、4対1なら俺に勝てると思ったのか?」
そう問いかける九條幸仁には絶対的な強者と言えるだけの風格が備わっているように見えた。
4対1にもかかわらず、品定めをしているかのような九條先輩の視線に、勇馬は自分の身が緊張で硬くなるのを感じた。
「手加減はしないぞ、全員でかかってこい」
左手でかかってこいと九條先輩が合図する。次の戦いが始まろうとしていた――。