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10.力に目覚めた日 その10


 土曜日の朝、特対コースの教室には新たな空気が流れていた。


「今日から、鷹野亮一が復帰する」


 瀬尾先生の言葉に、生徒たちの視線が一斉に教室の後方へ向けられた。


 静かに立ち上がったのは、やや細身の青白い端正な顔立ちに、黒縁眼鏡をかけた男子生徒だった。黒髪はきっちり整えられ、物腰は柔らかい。しかし、その姿にはどこか影のある静かな雰囲気が漂っていた。


「鷹野亮一です。長らく休んでいましたが、これからまた皆さんと共に訓練に励みたいと思います。よろしくお願いします」


 落ち着いた声で丁寧に挨拶を終えると、教室内には一瞬の静寂が訪れた。


「さて、今日は実践訓練だ。切り替えていくぞ~」


 瀬尾先生が手を叩き、張り詰めた空気を切り替える。


「これから班分けを行う。九條幸仁、九條幸奈、鷹野亮一の3人がチームA。東雲、八神、七草、天之の4人がチームBだ」


「今回の訓練の目的は、天之の戦力評価と鷹野のリハビリだ。接敵前の搦手や待ち伏せは禁止だ。全員、準備運動と作戦会議を終えて9時半に地下二階の多目的訓練室に集合しろ」


 必要事項を伝え終えると、瀬尾先生は静かに教室を後にした。


 チームBは全員で別室へと移動し、ホワイトボードを囲んで作戦会議を開始した。


「作戦はこうです」


 八神が簡易マップを描きながら説明を始める。


「まず、七草さんが九條先輩に最初の攻撃を仕掛けて陽動。その後、東雲先輩が追撃を入れて九條先輩を足止めします。残りの僕たち3人で九條幸奈さんと鷹野先輩を倒して、最後に合流という流れです」


「九條隊長の足止めは私が引き受けますね。みんな、やれる?」


 東雲の力強い宣言に、勇馬は不安を口にしてしまった。


「4年生の先輩を自分たち3人で本当に倒せるんですか?」


 その言葉に一瞬、場の空気が重くなった。八神や七草が言葉を詰まらせる中、東雲先輩が静かに口を開く。


「申し訳ないのだけど……鷹野先輩はあまり強くないの。少なくとも、私よりは明らかに弱いわ」


 七草が表情を曇らせ、言葉を継いだ。


「鷹野先輩が病休を取っていたのは、1月の任務で重傷を負ったからなんだ。その時……鷹野先輩を守ろうとした文月先輩は……」


 泣きそうに顔をしかめる七草に重い沈黙が一瞬漂った。だが、東雲は空気を切り替えるように力強い声で言った。


「幸奈さんも実力はあるけど、八神君や七草さんが正面から当たれば十分勝てる相手。鷹野先輩の搦手にだけ注意して、冷静に連携を取れば大丈夫よ」


 勇馬は七草の落ち込んだ表情に胸が痛む。自分もまだ半人前だが、この戦いで自分の役割を果たさなければと心の中で強く誓った。


「大事なのは冷静な判断と連携です。焦らず、確実にいきましょう」


 八神が最後にまとめ、作戦会議は終了した。


 地下二階の多目的訓練室に足を踏み入れると、目の前には信じがたい光景が広がっていた。


 液体金属で構成された空間が、まるで巨大なショッピングモールの1階層を再現したかのように変形していたのだ。


 通路が幾重にも分かれ、ガラス張りの店舗、噴水広場のようなオープンスペースが存在感を放っている。天井は高く、薄暗い照明がまるで夕暮れ時のように空間を照らしていた。


「これが多目的訓練室なのか……?」


 勇馬は圧倒されながら、腰の短剣の柄を握り直した。


「何度見ても興味深いな」


 八神も感嘆の声を漏らしている。


「ルールを確認するぞ~」


 瀬尾先生が再び場の中心に立つ。


「相手チームの全員を戦闘不能にしたチームが勝利とする。武器の使用、呪力の行使はもちろん自由。ただし、あんまり遺恨を残すようなのは無しな。緊急用の結界が張ってあるから、どれだけやりあったって大きなけがを負うことはない、遠慮せず本気で戦ってこい」


 鋭い視線がフロア全体に走った。


「では、始めるぞ!」


 瀬尾先生の号令と同時に、二手に分かれての戦闘が始まった。


「いきますよっ!」


 七草が先陣を切り、九條幸仁に猛攻を仕掛ける。素早く間合いに入り、杖を翻しての三連撃。それを最小限の動きで紙一重でかわす九條。その余裕の笑みが、彼の格上の実力を物語っていた。


 直後、スカートをはためかせた七草の強烈な回し蹴りが九條の胴へ直撃し、わずかにバックステップを踏ませる。


「悪くない。ただ……その程度か?」


 そこに東雲先輩が札を放ち、爆発の連撃を加えた。視界が爆風で曇る中、九條はすでに木刀を構え直している。


「ふむ……君が相手か。悪くない作戦だ」


 静かに笑みを浮かべ、煙の中から無傷で現れる九條幸仁。


「ちゃんとあなた相手にだって勝ちにいきますよ」


 東雲先輩が両手に札を握りしめ、力強く宣言した。


 一方その頃、八神、七草、勇馬の3人は九條妹と鷹野亮一に向き合っていた。


「兄さんさえいなければ勝てるって思ったの?」


 九條妹が短刀を構え、不敵に微笑む。


「なめられたら困るな」


 と静かに言う鷹野が薬品の入った瓶を取り出し、瓶の中の液体が蒸発し、薄緑の霧が辺りを覆い始めた。


「気をつけて…散開!」


 危険を呼びかける七草の声に3人は散らばる。


 戦闘の幕が、今、切って落とされた。



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