表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説

雨模様

作者: 永井晴

マンションの階段に腰掛け、自然な恋文を熟考しながら、風になびく青空と壮大な入道雲を眺めている。下に広がる街並みは戦争映画によく見る閑散というふうで、何処か神妙な影もうかがえた。

SNSに仕向けられた短文のもどかしさには閉口であった。「明後日、一緒に夏祭りに行きませんか?」そんな言葉をしっかり縫って、見える部分と裏に隠れる部分を作らねばならないのだから。とりあえず今は何でもない会話を互いに送っている。そんなことの輝きが、皓々たる景色の節々に認められるのであった。私はこの間、空襲にあう夢を見た。海沿いの入り組んだ土地で、見知らぬ妹、弟を抱いて震えているのだった。今日テレビに映っていた戦時の空も、夢に見た眩しい空も、目の前の蒼空に同じなのであった。

どうやら、私も彼女も所謂純粋なたちであるらしかった。二人とも、元々異性とのやり取りが日常ではない人達なのである。不器用な照れ隠しの跡が不自然な平易文にしばしば目立っていた。しかしそんな会話が、私には却って親身に感じられた。

(この曲めっちゃいいよ!)

(聞いてみるね!)

…………(どう?)

……(めっちゃ好きかも!)

苦笑だった。確かにいい曲だったのだが、それにしても阿諛追従に見えて仕方がないので、追加で多少詳しい感想も書かねばならなかった。そんなことが照れくさいから、無意識か敢えてか自分でも知らぬが、いちいち蛇足が付け加えられた。互いの真似事のようにも思えた。またそんな時私は恋とはこんなものだったと、思い出した。ちらりと眺めた青い空には、灰色の雲が幾らか見えてきていた。

暫くもせぬうちに、辺りはひんやりとしてきた。心做しか日差しもすっかり落ち着いてしまったようである。抜けてゆく風は私の認め難い不安を徐々に掻き立てた。我々の会話は依然として平坦であった。しかし、それが少し怖いのだった。両想いだろうと考えるのは野暮じゃないか、一緒に行ったって楽しくなんかないんじゃないかと、次々に邪魔が入る。「ああ、恋とは本当はこうであった。」思わず、変な言葉も零れてしまった。

雨粒が、膝のところに落ちてきた。気づくと、街には風の鈍い音が鳴っている。

純粋とは、女々しさであったか。腰抜けであったか。ーーまあ、そんなにも重大にもて囃すほどでは無い。端的に言えば、私はソワソワするだけであった。むしろ、その喧騒にそそのかされている気もした。

間もなくして雨が斜めに、激しく降り始めた。目の前の家の瓦は飛沫を上げていた。

しばらくその場に留まっていた私も、さすがに引き上げることにした。薄暗い廊下から望む街は、粗く霞んでいた。建物は薄い白煙を垂らし、道に飾られた光のない提灯も激しく揺れる。しかしまだ雷の方は、音がするのみであった。

玄関前で少々彽徊した後、やっとの思いで私は、考えに考えた自然な恋文を送った。東の空には少し晴れ間も覗かれた。

彼女の方も少し時間がかかっているようだった。私は自分の部屋でそれを気長に待っていた。窓の方からは、まだ、上がりきらない雨の音が聞こえていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ