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文字化け少女、試練。

また今日も終わる。私は明かりを消した自室で呆れという感情を抱き、眠れない。私は、ガラケーを手に、思い耽る。どうして彼は、あんなこと言ったのかな。その答えを探す私の脳内にノイズが、バグが湧き出した。私は天使に見えたけど、彼はそれを好まなかった。なんでだろう。そう見えたから言っただけ。描いただけ。想いをそのまま表しただけ。ああ、それじゃあ、私が嫌いって見限った彼らと同じだ。浮かんだ想いを自分の好きなまま表現する。相手の事を考えない無意識利己主義表現方法。

明日、ちゃんと聞いてみよう。どうして天使が嫌なのか。これは私文字化け少女の試練なのだと。いつまでも未熟な文字化け少女ではいられない。変わらないと。進まないと。


放課後、いつもの空き教室。いつもと違うのは私しかいないこと。

唯子は昨日乙女モードが極まりすぎていたらしい。妄想に猛り少女漫画をお風呂上がりに読み漁り、湯冷めして発熱してしまったのだと。今朝のメールで知った事だ。謎に、ではなく理由は分かるが、頑張って!との文面が私の胸の奥の熱量をこそばゆく刺激する。

頑張って、と言われてもその頑張りエナジーを向けるはずの相手がまだ来ていない。いや、もう来ないのかな。私は未完成の窓際の翼の生えた少年に想いを馳せる。だけど全く筆が進まない。見えていたのにうまく描けなかった。そこに居ないと表そうとも思わない。彼は何者なんだと。


「あなたは、何者?」


空き教室の扉が開く。その音に不思議と安堵を感じる。そういう進の開き方だった。


「おっ、今日清水さんいないの? やべ、女子と二人とかドキドキじゃん」


「あ、えと、女子二人の方がドキドキしないの?」


「ほら、男女二人きりだと変な噂広まるから嫌、って人かもしれないし」


それはきっと私を気遣っての言の葉だ。風の魔法を込めたみたいに細やかに私の頬を通り抜ける。そんな魔法を私も真似てみたい。


「私、そういうの気にしないから。そういう同学年と、なんていうか世代? というか次元が違うから」


「待って望月さん今何歳よ。実は転生したら美術部でしたみたいな存在?」


「転生しなくてもこうでした、みたいな」


「っぷ、あははははっ!」


「ふふっ!」


空き教室に、無邪気な二人の笑い声が反響する。


「いや、やっぱりちょっと悩んだけど、来てよかったわ。いいよ。モデル。筆者の想像のまにまに」


「その事なんだけど、ひとつ」


「ん、なに?」


「ごめん」


進は驚いていた。


「私には大川くんが、枠組みに囚われない自由な翼が生えてるように見えたの。それは天使の翼だと。でも大川くんはそうは思われたくなかった」


進は黙り込み、やや考え込むように髪をかく。


「私、いろいろ、時代の流れというか、世間一般の普通に馴染めないっていうのかな、こう、今みたいに、思ったことと伝えたいことと伝え方が、ずれてるの。それをわかってても自分は自分なんだって割り切って、嫌だと思う考え方はノイズだって見限って、勝手に一人みんなとは違う生き物なんだって、思って楽してたの」


進は何も言わない。


「だけど、大川くん。あなたを見て、あなたの伝え方を見て私は驚いたの。こんなにも思いを快く伝えられる人がいるんだって。そんなあなたは翼が生えた存在に見えたの。それをどうしても私は形に残したくなったの。えと、だから」


気づくと私はやや瞳を涙で滲ませていた。


「天使の翼が嫌な理由、教えてください」


少し、困った顔で進はいつもの窓際に向かい窓を開け、縁に腰かける。少し遠くを見つめながら、吹き入れる風に言葉を乗せて語り出す。


「そんな、大層な理由じゃないよ。ただ、天使みたいにいい子じゃなかったってだけ」


言の葉はまだ続きそうだった。真剣に聞き入る意志を強く見せる私。それを一目見て、また遠くを見ながら進は語り出す。


「親を尊敬していた。頑張れば大概の事はできた。だからこれからもそうしていけば親と同じ道を安心して進めると思ってた」


親と同じ道。それはきっと教師になる事。


「だけど、高校入って、新しい事学ぶ内に、ほんと、突然よ。この今学んでる事が、本当に何かの役に立つのかって。生意気だろ。本気でそう思っちまったんだよ」


自嘲気味に下を向き聴こえるように呟いていた。その声はやや悲しく憂いのある響きをしていた。


「そう思った次の日から、体が異常に重く感じた。というかこの体動かして何かする必要があるのか? ないだろって。そんな思考が重く体に刻み込まれた感じ」


再び進は顔を上げ一息深く呼吸をする。


「自分で今までの自分を否定する呪いにかかって、それに抗って何かをしようとしてる。な、天使というより、愚者だろ?」


「大川……」


「そんだけ! で、しばらく落ち込んでからいろいろ吹っ切れて部活もやめて、勉強頑張るって嘘ついていつもここで時間潰してた、強いて言うなら堕天使少年って話でしたとさ。おしまい!」


「……ありがとう」


「お礼言われることしてないよ。むしろ俺がすっきりしただけだから」


「それでも、ありがとう。こんなに、ちゃんと誰かの思いに、向き合おうと思えたことなかったから」


私の様子を見て何か語り掛けようと思案している進を前に私は急いで机を動かし、デッサンの準備を始めた。一度教室を出て、絵の具用の水を汲み、こぼさないように、だが急いでまた教室へ戻る。進は目を大きく開け、初めは驚いていたが、今は何処と無く穏やかに、しかし楽しげに私を見ていてくれる。


「私さ、うまく今の気持ち、言葉にも、文字にも表せそうにないから、この絵に、今の私の気持ち、込めたいけど、それがうまく伝わるかわからないけど、描かせて、ください。翼の生えた、あなたを」


たどたどしい台詞。恥ずかしい。でも彼が風の魔法を使うみたいな伝え方は出来ないけど、私の鼓動の熱を込めた言葉の魔法は、使えたと思う。


「望月さんに任せるよ。俺はここで本を読んでいてもいいのなら」


「うん、よろしく、です」


「あ、ちなみに今読んでる小説、いや、描き終わったら教えるよ」


私はひたすらに右手を動かす。私が見えた彼の輪郭を描き終える。そしてそこに色を足す。彼のその背中に生えた翼にも。その色合いは、その輪郭は。



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