破滅しか望めなかった私たちは。
アルザバート王国の伝統儀式、『貴族の誓い』。
伝統などといっているが、その実態は私は貴族としてこうある、という宣誓でしかない。
だが、同時に大事な役割も持つ。
この儀式は、貴族ならば誰しも七歳の頃に済ませるものである。
貴族でなくなる場合、この誓いを破棄しなければならない。
『貴族の誓い』は、貴族である証のようなものだからだ。
一度『貴族の誓い』をすると、その家の家紋が手の甲に現れる。それが証となり、それがないもの———婚外子などの恥ずべき、秘すべき存在は、貴族ではない半端者だと扱われる。
私———フェルリ・ルーズバークは、二つの紋を持っている。
これは、どういう意味なのか。
それは………
◇
「フェルリ・ルーズバーク! 私は今この瞬間をもって、貴様との婚約を破棄する!!」
そう、高らかに告げたのは、アルザバート王国の王太子、テコール・アルザバート王子殿下である。
彼は、美しい銀髪をさらりと靡かせ、言葉を続ける。
「私の婚約者という立場を利用し、私に少し近づいたから、というくだらない理由で何人もの令嬢達にいじめを行ったそうだな!」
テコール王子殿下は、そういいながら、こちらを指差しました。
その行為を、はしたない、と咎める声はありません。
証拠は揃っているぞ、と言い、私から視線を外します。
今度は、私の右隣を見て、口を開いたテコール殿下。
まだ断罪は続くのです。
「そして、アルベルト・ルーズバーク!
お前も、私の側近という立場を利用し、多くの子息達を痛ぶっていたようだな!」
あざだらけになるまで演習場で痛ぶっていたそうよ、などと周りで囁かれます。
私の弟であるアルベルトの悪名も、市井にまで広がっていると聞きます。
これで、ルーズバーク家は没落でしょう。
「姉弟揃って性悪だな!」
嘲るように笑う王太子殿下。
それに伴い、周りの方々が笑いだします。
笑われ。嗤われ。嘲弄われ。失笑われ。愚弄われ。慢悔われ。冷笑われ。失笑われ。嘲笑われ。
―――それでも、私の心は冷え切っています。
何も、感じないのです。
「…っ! なんなのよッッ…!!」
そんな感情とは裏腹に、体は怒りに震え、強く噛みすぎた唇からは、わずかに鉄の味がしています。
「…っ私達はそんなことしていませんわ!
私達を信じてくださいませ、殿下!」
「そうです! そのような事……っ!!
証拠はあるのですか!!」
弟も私に付随する。
———二人とも、心は冷え切っているのに。
◇
昔は、自分の意志で動けていた。
『貴族の誓い』の儀式の時までは。
儀式をした後、突然、自分の意志で動けなくなった。
精神はなにもしていないのに動き、喋る。
何もできない。
私にできるのは、ただ、思考することだけ。
助けて、と。
やめて、と。
何度、何度願ったことか。
真実を知ったのは、誓いから一年後のことだった。
父から、真実を聞かされた。
ルーズバーク家の、裏の誓い。
———「王家を支える、闇となれ。」
この誓いのせいで。
私は、望まぬ行動を取らされていたのだ。
ふざけるな、と。
身体を返せ、と。
助けて、と。
叫びたかった。
でも、できなかった。
そうすることさえ、この身体は許さなかった。
その後も、私は望まぬ行動を取らされ続けた。
ある時は、気に入らないからとお茶会で令嬢にお茶を浴びせ。
ある時は、王子と話したという令嬢を呼び出して口撃をした。
そしてまたある時は、闇の密売人と関わり合い、違法行為を行った。
この家の家訓を崇拝している父も母も嫌いだった。
救いだったのは、家族間の書面のやり取りでなら素をさらけ出せたこと。
そして、弟も同じ境遇にあると知り、書面でだが、やり取りができたこと。
そんな希望があったとしても、私たちの心が壊れるのは免れなかった。
無理、だった。
二人だけ。
そのほかの人間は全員敵。
そう扱わなければいけなかった。そう扱わなければ、心が、本当に伽藍堂になってしまいそうだったから。
そう扱ったとしても、私たち二人に安らぎの日はこない。
もし、来るとしても。
いつになるのか、わからない。
未来は真っ暗闇で。
そんなこと、もう分かっていて。
私には、もう、もう―――
ある時、ぽきん、と折れたのだ。
一生このままで、生きていくしかないのだろうか。どうにかして、戻らないのだろうか。
その方法を探っていたときのことだった。
やっと、気づいた。
心が折れてから、やっと。
私は、私たちは。何もせずとも、
きっと、破滅する。
◇
「陛下! 国王陛下! どうか、どうか温情を!!」
悲痛な表情をして、私は国王に訴える。
私たちは、平民になるらしい。
母と父は、変わらず貴族のままらしいが、一代男爵にまで格下げとなったそうだ。
それはそうだろう。
闇市に何度も何度も出入りし、そこで出会った他国の者の甘言にのせられかけていたのだから。…既のところで叔父と叔母に止められたようだけど。
それ以外にも、罪を犯してきている家系だ。…叩けばいくらでもホコリが出る。
何も、思わない。
悲願が、思わぬ形で達されたとしても、なぁんにも。
「貴族じゃなくなるなんて……!!」
ポツリ、と隣にいる弟が漏らす。
その顔は悔しさでぐちゃぐちゃになっていた。
そんな私たちに、傍から見ていれば無慈悲な声がかかる。
「貴族籍処分を実行する。」
低い声、コレは、王の声だ。
その声によって、黒い服を着た―――黒子、というのだろうか。そのような人が4人、どこからともなく出てきた。
「ちょっと、何をなさるの!? 陛下! 陛下!!」
黒子たちが私たちを縛り上げ、抵抗できないようにする。
表の私はそれが嫌だったのか、ものすごい勢いで抵抗し、キンキンと通る叫び声のようなものを上げた。
「口をふさげ。」
冷静無慈悲に国王は命じ、私の口に枷がつく。
「んんーーー! んーーー!!」
それでもなお、私は抵抗するが、ついに完全に縛り上げられる。
弟はといえば、現実を受け止めきれないといった様子で放心し、大人しく縛られていた。
国王は、私たちが完全に動かなくなったのを確認し、告げる。
「儀式を始める。用意せよ。」
4人の黒子たちはさっとどこかに行き、又何かを持って出てくる。
2人は本を、他の2人は杯のようなものをその手に携え、私たちの前に出てくる。
どこからか出てきた5、6人目の黒子が、家紋がうかんでいるほうの手を強制的に引っ張り出し、固定する。
「フェルリ・ローズバーク、アルベルト・ローズバーク! 両名の貴族籍処分を実行する!」
そして、本を持っていた二人の黒子が、私たちの前にたち、何事かをブツブツと詠唱する。
手が暖かくなり、ぶわり、と家紋が浮かぶ。
「「……貴族の誓いを破棄する。」」
本を持っていた二人の黒子の声が合わさる。
そして、本の中に家紋が吸い込まれていき、私たちの下に、魔法陣が現れる。
その魔法陣が一瞬でばらばらになったか、と思うと、もう一つ、黒い茨のようなものが現れた。
「!?」
「な、なんだ、アレは……。」
見たことのない光景に、今まで嘲笑をするのみで何も話していなかった見物席の貴族たちが騒ぐ。
国王でさえもこの裏の誓いを知らなかったのか、ただ呆けている。
黒子たちは動揺しながらも手順に沿おうとしたのか、その茨が砕けるのをただ待っている。
その黒い茨は、観客たちの前で私たちの身体を操り人形のように操ってみせた。
私は、自由になった手で口の拘束を解いた。
そして、弟も口を開いた。
「陛下! 陛下! 御慈悲を!」
「どうか、私たちをお助け下さいまし!!」
どこか壊れた人形じみたその言動に、皆が驚いた。
黒い茨を見て、私はどこか可笑しくなった。
こんな、こんなものが、私の人生を狂わせていたなんて。
その間も、私の身体は無意味な行動を繰り返す。
やがてハラハラと茨が崩れ落ちていく。
そうして、私たちはやっと自由になった。
◇
「……姉さま、大丈夫ですか?」
「えぇ…ありがとう、アル。」
あんな事があっても、私たちの国外追放は決行された。
今は、心穏やかに隣国で過ごせている。
「姉さまは身体が弱いのですから、あまり動かないで下さいね?」
「…これでも、良くはなったのよ?」
今の婚約者のおかげで、と私は続ける。
隣国についた後、私たちは幼馴染であった御者のヘルヴィレスとメイドのルヴィリアと合流した。
彼らは私たちの異変に気がついており、私たちの手紙を読んだことにより、協力者となってくれたのだった。
でも、彼らも生きるために必死で、何もできることがなかった。
そのため、私たちは隣国に追放された後、私たちにできる仕事を探して欲しいと頼み、彼らを解雇した。
国外追放された後、国境まで二人は私たちを迎えに来てくれた。
そして、今私達は二人の紹介で貴族の屋敷に使える使用人となったのだ。
まだ下級使用人ではあるものの、安定した賃金に安全も保証されている。同じ屋敷に仕える使用人とも仲良くなり、婚約まで結んだ。
私たちは幸せだ。
…例え、祖国が滅ぼされているとしても。