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選ばれたのは愚妹でした

ここから新ストーリーです!

 私たちは並んで屋敷の敷地を歩く。

 誰もが認める騎士王と、美しく優秀な姉に埋もれた目立たない妹。

 本来ならばあり得ない組み合わせが、隣り合わせに立っていた。


「せっかくだし、手でも繋いでいくかい?」

「遠慮しておくわ」

「冷たい反応だな。俺たちは婚約者になるんだよ? もっと近くにいようじゃないか。心も、身体もね」

「まだなっていないわよ」


 アスノトが伸ばした手が触れる前に、私は自分の手を引っ込める。

 慣れ慣れしくする気は今のところない。

 確かに私は、彼からの婚約話に乗ると決めた。

 だけどそれは、私だけの話だ。


「私はよくても、お父様とお姉様は納得しないわ。絶対にね」

「そうなのかい? 娘が婚約者を連れてきた……ああ、確かに心中穏やかじゃないかな。父親としては見極めたいと思うだろうね」

「そんな優しい父親だと思う? 私のことを目の敵にして、屋敷では侍女として振る舞わせているような人よ?」

「君が自主的にそうしているわけじゃないのか。なるほどね」


 彼は一人で頷き、納得したように笑みを見せる。

 何がそんなに面白いのだろうか。

 私は呆れたようにため息をこぼして続ける。


「お父様があなたを招待したのでしょう? だったら今頃、お姉様と一緒にあなたに取り入るために準備している頃でしょうね」

「それは大変そうだ。俺に取り入ったところで何も得られないというのにね」

「少なくとも二人はそう思っていないわ。先のパーティーでも好感触だと思っているわよ」

「え? あのパーティーを? おかしいな。俺は平等に接していた気がするんだけど……」


 やっぱり、あの人当たりのよさや気障なセリフも、全部素で言っていたみたいね。

 計算ではなく天然で他人に好かれる人ほど、距離感が掴めず苦労する。

 前世でもそうだった。

 そして相いれない存在でもあった。


「ああ、君にはあの時から興味があったから別だけどね」


 彼はさわやかな笑顔で私に言う。

 これも素で、おそらく思ったことを口にしているのだろう。

 

「その笑顔で、数々の女性を虜にしてきたわけね」

「虜にだなんて、俺は一人の騎士だよ。それにふさわしい振る舞いをしているだけで、それ以上の理由なんてない」

「そう? さぞ言い寄られてきたのではなくて?」

「うーん、そうだね。けど全部断ってきたよ」


 彼は青い空を見つめながら続ける。


「俺を好いてくれることは嬉しい。ただ申し訳ないけど、俺は特別な感情なんて抱いていない。俺にとってこの国の人々は皆、守るべき対象でしかないんだよ」

「……私もこの国の人間よ?」

「君は俺が守らなくても平気だろう?」

「ひどい男ね。こんなにか弱い女性を前にしておいて」

「ははっ、あんな魔法を見せられて、今さら君のことをか弱いとは思えないな。ま、だからこそ気に入ったんだよ」


 アスノトは楽しそうに笑いながらそう続けた。

 自分と対等に関わることに出来る相手。

 地位や権力だけではなく、力を示すことができる相手だからこそ、私に興味を抱いたとか。

 本当に失敗だった。

 思えばあのパーティーにさえ参加しなければ、彼に見つかることはなかっただろう。

 私はため息をこぼす。


「そんなに嫌か? 俺と婚約するのは」

「言ったでしょう? 私は平穏な暮らしがしたいだけなのよ」

「わからないな。それだけの実力があるなら、もっと堂々としていればいい。令嬢としてではなく侍女として振る舞う今の暮らしが、君にとっての平穏だとは思えないけど」

「……よかったのよ。これでも」


 力に意味なんてない。

 地位に価値なんてない。

 権力者に未来なんてない。

 私はもう、嫌というほど思い知らされた。

 地位や権力を求め争い、無駄な血を流すのはうんざりだ。

 力には責任を伴う。

 女王として人々のために費やした時間は、結局ただ彼らに搾取され続けていただけだった。

 他人のために力を振るうことが正しいと思っていた。

 でもそこに、私の幸福などなかった。


「あなたも気を付けたほうがいいわよ。力を求め続けられることが、必ずしも幸福につながるとは限らないのだから」

「重みのある言葉だね。まるでそうなったことがあるみたいに聞こえるよ」

「ただの妄言よ」

「いいや、ちゃんと受け取るよ。未来の妻の言葉だからね」


 彼はさわやかな笑顔を見せる。

 重たい空気になりかけていたのに、その笑顔と一言で明るさを取り戻す。

 私は呆れてしまう。

 なんだか彼と話していると、悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてきてしまうから。


 私たちは屋敷に入る。

 来客を知らせるベルが鳴り、さっそく二人が顔を出した。


「お待ちしてしていました。アスノト公爵……殿?」

「――!」


 お父様とお姉様は、共にありえない光景を見たような表情を見せ、固まった。

 無理もないだろう。

 本当にあり得ない光景がそこにはあった。


「ご招待ありがとうございます。ルストロール公爵」

「え、ええ。こちらこそ遥々来て頂けて大変うれしく……」

 

 お父様はわかりやすく動揺していた。

 普段通りニコやかに対応しようとして、表情が引きつり困惑が露になっている。

 お姉様はというと、さっきから私のことを睨んでいる。

 視線が痛い。

 できれば関わりたくないけれど、隣に立つ意地悪な婚約者候補は、私の手を握って離さない。

 嫌だと言ったのに、結局途中で無理やりに握られてしまった。

 こっちのほうが都合がいいから、と。


「アスノト公爵、その手は……」

「ああ、彼女とは偶然、そこの庭でばったり顔を合わせてね。迷っていた私を案内してくれたのですよ」

「そ、そうでしたか。アスノト公爵の案内、ご苦労だった。一度下がりなさい、イレイナ」


 私もそうしたい。

 けれど、彼はこの手を離さない。


「それは困ります。これからルストロール公爵に、大事なお話をしなければなりません。当事者である彼女にも同席していただかなければ」

「大事な話……? 当事者とは?」


 アスノトはニヤリと笑みを浮かべる。

 さぁ、次に彼が口にする一言を止めなければ、私はもう引き返せない。

 当分は平穏な生活は手に入らないだろう。

 今ならまだ、間に合うかもしれない。

 彼に魔法は通じないけど、お父様たちには記憶操作も通じる。

 誤魔化す方法がないわけじゃない。


 今の暮らしが、君にとっての平穏だとは思えないけど――


 ふと、彼に指摘された言葉を思い返す。

 その通りだ。

 今の生活も、決して平穏ではない。

 冷遇された立場に身を置き、それを受け入れているだけに過ぎない。

 私が求める平穏とは、もっと自由で、穏やかで、そう……。

 長閑な自然と一緒に、何にもとらわれず好きに生きていける暮らしのことだ。

 だから私は、いずれこの家を追い出されることを望んだ。

 自由になれば、自分の手で平穏を掴めると思っていたからだ。

 ただ、方法は一つじゃない。

 新しく見えているこの道も、案外間違っていないかもしれない。

 そう、だから私は、あえて一歩進んでみよう。


「ルストロール公爵、私は彼女と、イレイナと婚約したいと考えているのですよ」

「なっ……」

「イレイナと?」


 ああ、言ってしまった。

 もう後戻りはできないから、私も覚悟を決めよう。

 今の平穏を犠牲にして未来の平穏を掴むために。

 驚愕する二人の視線が私に突き刺さる。

 理解できないお父様は、アスノトに聞き返す。


「な、何かの聞き間違えでしょうか? 婚約というのはその、ストーナでしょうか? そういう話ならぜひともお願いしたいと思っております。ストーナも騎士王と呼ばれる貴殿のことは、悪しからず思っておりますので」

「はい。アスノト公爵様がよろしければ、私は婚約者に――」

「違いますよ。私が婚約したいのはストーナさん、君じゃない」

「――!」


 アスノトはさわやかに笑いながら、ハッキリと否定した。

 選ばれたのは優秀で綺麗な姉ではなく……。

 誰もが見下し、家族どころか使用人以下の扱いをしてきた……愚妹。


「私が婚約したいのは、イレイナ、ここにいる彼女です」

「な、なぜでしょう? お恥ずかしながらイレイナは、あまり出来のいい娘というわけでは……」

「おや? ひどいことをおっしゃるのですね。自身の娘に対して」

「っ……いえ……」


 お父様は口を閉じる。

 今の私はドレス姿ではなく、侍女として働いている。

 私に庭の掃除をさせていたのは、招待したアスノトと顔を合わせないように。

 彼らの私に対する扱いが、彼に露呈しないように考えていたに違いない。

 その策略はすでに破られた。

 彼の天然……もしくは、計画的な方向音痴によって。


「驚きましたよ。ルストロール家の令嬢が、まさか侍女の格好をして働いているなんて」

「そ、それは……」

「事情はそれぞれです。詮索するつもりはありません。ただ私の意思も変わりませんよ? すでに彼女の意思も聞いています」

「イレイナ」


 お父様が名を呼ぶ。

 普段は呼ばず、目も合わせないのに。

 これは一種の脅しだ。

 私に対する扱いについて他言しない代わりに、自分の要求を受け入れろという。

 意図的か、それともこれも天然なのか。

 もし前者だとしたら、誰もが認める人格者、騎士王という姿も……本当は偽物なのかもしれない。

 アスノトは笑っている。

 

 意地悪な人ね。


「はい。私も、アスノト様と婚約したいと考えております」

「……そうか」

「当人の意思は決まっています。あとは当主であるルストロール公爵、あなたの意思だけです」


 お姉様の意思は無関係。

 まるでそう突き放すように彼は言う。

 お姉様は私を睨む。

 今までにないほど怒りに満ちた表情で。

 そしてお父様に、この問いを断るという選択肢はなくなっていた。


「わかりました。ぜひとも婚約の話を進めさせていただきましょう」

「ありがとうございます。これから長い付き合いになりそうですね」

「ええ、まったくです」


 アスノトは明るい笑顔。

 お父様は引きつった苦笑い。

 私は心の中で笑う。


 自分で認めていたはずだった。

 この扱いも、お父様やお姉様の態度も……けれど多少は、腹が立っていたらしい。

 少し、スカッとした。


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