私はただの侍女です……今はまだ
「あなたですね? お父様」
「――イレイナ」
私は一人、懐かしき屋敷へと戻ってきていた。
今宵も満月。
本当に、仕組まれたように丸い月が輝いている。
私はお父様の執務室で、彼と向き合う。
「久しぶりじゃないか。元気にしていたか?」
「……はい。この通り無事です。お父様が用意した毒は、私には届きませんでした」
「毒? 一体何の話をしているのかな?」
「惚けなくても結構です。お父様もすでに気づいていらっしゃるのでしょう? アスノト様率いる騎士団は、すでに行動を開始しております」
反王族勢力と関係があった貴族の屋敷に、本日一斉に騎士団が捜査に入る。
今頃、アスノトが指揮を執っているはずだ。
このルストロール家も対象の一つ。
けれどここに、彼らは来ない。
アスノトは私の我がままを聞いてくれた。
この屋敷で私は生まれ育ち、今がある。
形はどうあれ、経緯はどうあれ、気づかなかった私にも責任はある。
だから――
「お父様、あなたを拘束させていただきます」
「私を? なぜだ?」
「もういいでしょう。お父様が彼らに通じていることはわかっています。リク王子を傀儡として、この国を裏で操りたかったのでしょう?」
「それは……よくわかっているじゃないか」
ようやく、本性を見せてくれた。
これまで見せたことがないほど、いやらしい笑みを浮かべている。
「さすが騎士王、行動が早い。まさかリク王子の計画に気付かれるとは思わなかった。お前も関係しているのだろう? イレイナ」
「……だとしたら?」
「もちろん、許してはおけないな。父親の邪魔をする娘など存在してはならない」
「……」
本心からそう思っているのだろう。
ルストロール家に貢献していたお姉様でさえ、捨て駒のように洗脳して利用した人だ。
この人に、家族愛なんて存在しない。
お姉様に優しくしていたのも、魔法を使わずに自らの傀儡とするためだったのかもしれない。
だとしたら……。
「最低ですね、お父様」
「そういうお前は災難だったな。どうやらあまり信用されていないらしい。ここに一人で来たということは、騎士団もまだ私の真意を掴みかねている、ということだろう? ならば話は早い。お前をここで洗脳し、全ての罪はお前に被せれば解決だ」
お父様は魔法を展開する。
この部屋にはすでに、他者を洗脳するための魔法が複数仕込まれている。
お姉様も同じ方法で、会話をしながら洗脳したのだろう。
「――勘違いなさらないでください」
そんな仕掛けに、私が気づかないとでも思った?
最初からわかっている。
こんなわかりやすくてチンケな仕掛けは、とっくに対策済みだ。
「――なっ! 私の魔法が拒絶されている?」
「同種の魔法をぶつけて、仕掛けられた魔法のコントロール権を拝借させていただきました」
「馬鹿な! そんなことができるはずがない!」
「できるから、私はこうしてここに立っているのですよ?」
私は目の前で、お父様が仕掛けた魔法を全て破壊して見せる。
驚愕するお父様だけど、すぐ冷静になり反撃を試みようとした。
さすがだ。
でも、遅すぎる。
すでに私は魔法を発動させており、お父様の身体を無数の影の手が拘束する。
「ぐっ……」
「私がここに一人で来たのは、私一人で十分だからです」
「イレイナ……き、貴様……」
「私に魔法で張り合おうなんて、千年早いですよ? お父様」
私はお父様の額に触れる。
そうして意識を刈り取り、お父様はだらんと脱力して気絶した。
倒れたお父様を私は見下ろす。
「……はぁ、これでやっと……」
終わる。
ルストロール家との関わりも。
本当の意味で、私はこの家を捨てたんだ。
◇◇◇
「目標にしていた貴族たちは全員拘束できた。ルストロール家も含めてね? 君のおかげだよ」
「私はアスノト様のご命令に従ったまでです」
ある日の午後、私はアスノトから報告を受ける。
中庭のテラスで紅茶を用意し、彼は一口飲んでホッとしたように安堵する。
「みんな無事でよかったよ。これで一先ず、王城内にいた敵対勢力はいなくなったはずだ。だが安心はできない。彼らの根はもっと深い。今後も調査を続けていくつもりだよ」
「そうですか……」
お父様は投獄され、お姉様は入院している。
お姉様の洗脳は解除したけど、どうやら精神的にかなり疲弊しているようだった。
心が安定するまでは、しばらく入院することになる。
具体的な調査はそれからだそうだ。
彼女は傀儡になっていただけだとは思うけど、どんな理由であれ、他人に刃を向けた事実は残る。
そして、お父様が罪人となったことで、ルストロール家は爵位、財産を全て失った。
つまり彼女も、貴族ではなくなってしまった。
「これからが大変よ、お姉様」
私は自分にしか聞こえない声で呟いた。
多少の同情はある。
けれど、お姉様にはいい薬だとも思っていた。
彼女は権力を持つと、それに振り回されて最終的には痛い目を見る。
そういうタイプの人間だと思うから。
これを機に、人生の新しいスタートを切ってくれたらいい。
「イレイナ、少しいいか?」
「はい? なんでしょうか?」
「……嘘偽りなく答えてほしい。君は……俺のことをどう思っている?」
「――?」
唐突な質問に、思わずドキッとする。
彼は真剣だった。
まっすぐ私を見つめている。
「どう……とは?」
「俺は君と婚約したい。この気持ちに変わりはない。むしろ強くなったとすら感じる。君はどうなんだ? その気持ちに変化はあったのか?」
「……どうして今、それを聞かれるのですか?」
私は質問から逃げるように聞き返す。
アスノトは答える。
「ルストロール家は消滅した。彼らが所有していた財産は全て、一度王国が没収し、君に与えられたはずだ。リク王子が、君への報酬としてね」
そう、私はルストロール家の財産をすべて相続している。
私が知らぬ間に、リク王子が勝手にそうなるように手続きしたそうだ。
そういうわけで、今の私は侍女でありながら、貴族と同等の資金力を持っている。
「一生遊んで暮らすことができる大金を、君は持っている。君がその気なら、ここを出て行くことだってできる」
「……」
「俺は君が大切だ。君と一緒にいたいと心から思う。けれど、君の幸せがもしも、ここより外にあるのなら、俺は止めない」
「アスノト様……」
初めて出会った時は、私が逃げ出しても絶対に追いかけると宣言していた彼が……。
自分の幸せではなく、私の幸せを第一に考えている。
「君と出会って、関わって、いろいろなことがあった。最初はただ、君がほしいから婚約したいと思っていたんだ。でも今は少し違う。君を幸せにしたい。いいや、君と幸せを掴みたい。何より君が幸せになってほしい。そのために俺が邪魔なら、喜んで身を引こう」
そう言って彼は笑う。
今まで見せたことがないほど切ない笑顔だった。
私は胸が締め付けられる。
「私は……」
「君の意思を、聞かせてほしいんだ。この先の未来で、私たちが幸せになれるのか。もしも無理だとしても、俺は君の幸せを……応援したい」
彼は唇を噛みしめて、本心を我慢しているのがバレバレだ。
嘘が似合わない。
本当は一緒にいたい。
離したくないと思っている……思ってくれている。
それがわかって、ホッとしている自分がいた。
「本当に……お人好しですね」
「イレイナ」
「あなたがそんなお人好しでなければ、私も変わらなかったかもしれません」
私は振り返る。
人生を。
一度目と、二度目を。
「私はずっと一人でした。一人で生きていくことを望んでいました。そのほうが安心できる。誰かと一緒にいても、いつ裏切られるかわからない。だったら一人のほうが……そう思っていたんです。でも……」
いつからだろう?
彼ならば、私の窮地に駆け付けてくれると思うようになったのは。
不安で眠れない夜も、知らぬ間になくなっていた。
彼が傍にいると、安心するようになっていた。
そう、私は彼を……信じていた。
「私の願いは平穏です。いつも思い描いています。のどかな場所で、穏やかに暮らす光景を……そこには……いつの間にか私以外にも一人、一緒に笑っていたんです」
「それは――」
「本当に困った人ですね。私の理想にまで入ってきてしまうなんて。おかげで、あなたと一緒にいる未来を悪くないと思うようになってしまいました」
「イレイナ……君の笑顔、初めて見た気がするよ」
無意識に、私は笑っていた。
取り繕うような笑顔ではなく、心から作り出された本物の表情を。
思えば初めてかもしれない。
本心から、幸福で笑ったのは。
「その笑顔を、どうか俺に守らせてくれ。この先もずっと」
「相変わらず格好いいセリフを堂々と言う人ですね」
「格好つけたいからな。君の前では」
「十分に格好いいですよ。今のままでも……」
アスノトが私の手をとり、優しく引き寄せる。
彼の胸は大きくて、広くて、安心する。
ここが自分の居場所であると、教えてくれる。
「さっきの言葉、婚約の返事として受け取っていいのかな?」
「――ダメですよ、今はまだ……私はただの侍女です」
この国には地位があり、立場がある。
想いだけでも、地位だけでも釣り合わない。
どちらも手に入れてようやく、私たちが求める理想は手に入る。
だから当分、私は侍女のままだろう。
それでもいつか必ず――
「私が侍女だったと、言えるようにしてくださいね? アスノト様」
「ああ、するとも。俺も君を、世界で一番大切な人だと、世界中に伝えられるように」
「それは恥ずかしいのでやめてください」
「大きいってことだよ。それくらい、俺の気持ちは」
前世の私は、誰かのために生きて、結局何も得られなかった。
だから誓った。
今世は自分のために生きる。
目立たず、力を隠して、平穏に生きる。
予想通りにはいかない。
人生とは難しく、劇的で、まばゆい。
辛いことも、苦しいこともたくさんある。
それでも、たった一つの素敵な出会いが、灰色だった空を七色に染め上げる。
彼と出会ってしまったことで、私の人生は色づいた。
私はただの侍女です。
それが嘘になる日も、遠くはないだろう。
【作者からのお願い】
新作投稿しました!
タイトルは――
『残虐非道な女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女の呪いで少女にされて姉に国を乗っ取られた惨めな私、復讐とか面倒なのでこれを機会にセカンドライフを謳歌する~』
ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!
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