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【WEB版】私はただの侍女ですので(大嘘) ~ひっそり暮らしたいのに公爵騎士様が逃がしてくれません~【コミカライズ】  作者: 日之影ソラ
第八章

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初めてをあなたに

 私は彼に抱き寄せられる。

 ナイフは私ではなくアスノト様の頬をかすり、たらーんと血が流れていた。


「無事だな?」

「アスノト様、どうしてこちらに?」

「……調査結果が出たんだ。反王族勢力に加担しているのは、一般人だけではなかった。貴族の中に、彼らを支援し手引きした者たちがいた」


 それは予想通りのことだろう。

 アスノトだって気づいていたはずだ。

 しかし彼は思った以上に真剣に、険しい表情で続ける。


「その家柄の中に……聞き慣れた名があった」

「……! まさか……」

「そうだ」


 私たちはほぼ同時に、彼女に視線を向けた。

 呼吸を荒げ、怒りに満ちた表情でナイフを握る私の――


「お姉様?」

「そう。ルストロール家の名も含まれている」


 私は驚き唖然とする。

 予想外だ。

 私が生まれ、この年まで育った環境が、まさか王族に反旗を翻していたなんて。

 まったく気が付かなかった。

 そんな素振りは一切見せていなかった。

 一体いつから?

 私が気づかぬうちに反王族勢力と接触していた?

 それとも……最初から?


「調査結果が出てすぐに走ったよ。もしも予想通りなら君が危ないと思ったからね」

「……私が、そうだとは思わなかったのですか?」

「思うわけないだろ? 君は暗殺者に襲われ、王子も救った。その事実だけでも彼らとの繋がりを否定する。それに……信じているからな、君のことを」

「――アスノト様」


 綺麗な瞳で私を見つめる。

 この眼は本当に、私のことを心から信じている眼だ。

 清々しいほどに、一切の疑いを持たない。

 だからこそ、彼は急いで駆け付けてくれた。

 私の窮地に、颯爽と。

 まるで物語に登場する英雄のように。


「運がよかったわね、イレイナ。アスノト様が助けてくれるなんて」

「……お姉様」

「アスノト様も物好きな人ですね。そんな出来損ないで嘘つきな女を助けるなんて。侍女より奴隷にしたほうがよっぽどお似合いですわ」

「……イレイナ、彼女はもしかして……」

「はい」


 アスノトも気づいたようだ。

 お姉様は焦点が合っていない。

 私たちに向けて話しているのに、こちらを見ていない。

 常に見せている笑顔も、どこか狂気に満ちている。

 違和感はあった。

 今、それが確信へと変わる。


「洗脳を受けています。おそらく魔法による……しかも、本人が気づかないように」

「やはりか。ということは彼女は無関係ということか」

「――それでも」

「せっかくだわ! アスノト様の前であなたを殺してあげる。そうすればわかってもらえるはずよ。私のほうが優れている。美しさも、実力も、才能も! そうよ! 私は、私は!」


 お姉様は再びナイフを振り回し、私に襲い掛かってくる。

 アスノトが止めようと動く。

 それを引き留め、私が前に出る。


「イレイナ?」

「これは私がすべきことです」

「死んでくれる? 私のために!」

「――眠りなさい」


 お姉様の動きがピタリと止まる。

 まるで時間が静止したように、瞳が閉じ、ふらつきながら倒れ込む。


「洗脳されたことも含めて、自分の弱さです。お姉様、あなたは他人に刃を向けた。その罪はこれから、ゆっくり時間をかけて償ってください」


 眠る彼女に向けて言い放つ。

 聞こえてはいない。

 洗脳もついでに解除したから、目覚めたら何も覚えていないかもしれない。

 それでも、彼女の言動や行動には、彼女自身の意思を感じた。

 単純な洗脳ではなく、彼女の中にある私に対する悪感情を利用されたのだろう。

 だから、彼女も悪いんだ。

 ただ、少し同情する。

 人を育てるのは環境だと思っているから。


「お互いに、運がなかったわね。お姉様」


 生まれる場所が違えば、もっと違った関係になれていたかもしれない。

 それでも後悔はない。


「イレイナ」

「どうして、剣を抜かなかったのですか? 抜けばもっと簡単に制圧できていたのに」

「あのタイミングで剣を抜けば、どちらかを傷つけていた」

「甘いお方ですね」

「君だって躊躇していたじゃないか。彼女を傷つけることに」

「……」


 私は目を逸らす。

 言われている。

 私も……つくづく甘くなった。

 昔の私ならきっと躊躇わなかったのに。


「誰かの甘さが移ったわね」

「何か言ったか?」

「なんでもありません。助けてくださってありがとうございます」

「気にするな。君を守るのは当然のことだ」


 彼はさわやかな笑顔を見せる。

 その笑顔に安心する。


「さて、急いできてしまったからな。すぐに騎士団隊舎に戻らないといけない。これから本格的に潜入捜査を開始する。俺も指揮を……っ」

「アスノト様!?」


 彼がふらつき、片膝をつく。

 私はすぐに駆け寄る。

 身体に触れた途端に気付いた。


「この高熱は……」


 触れただけでわかるほど発熱している。

 額からはよくない汗を流していた。

 顔色も優れない。

 頬の傷に視線が行く。


「まさか――」

 

 私はお姉様が持っていたナイフを探し、その刃をよく観察した。

 間違いない、毒だ。

 刃に毒が塗布されている。

 しかもただの毒じゃない。

 魔法によって呪いの効果を付与された強力な毒。


「どうして毒が? アスノト様の身体は魔法を……!」


 そうか。

 特異体質の人間は、外からの魔法を全て拒絶する。

 しかし、内部は別だ。

 身体の内部に直接、魔法の力を流し込めば、特異体質の人間にも魔法は効く。

 ナイフに付与された毒は、本物の毒と呪いの混合物。

 毒として切り傷から体内に侵入し、内部で呪いが拡散してしまった。

 どうする?

 普通の毒じゃない以上、解毒薬では意味がない。

 かといって魔法による解呪は、彼の体質が影響して届かない。

 これでは何も……。


「大丈夫、少しふらついただけだよ」

「動いてはいけません。毒の回りが早くなります」

「それも含めて平気だ。俺の身体は丈夫でね? 毒にも慣らされているから、このくらいの毒なら……時間をかければ解毒できる」

「本当なのですか?」

「ああ、感覚でわかるんだ。一日……いや、二日あれば」


 嘘を言っている感じはしない。

 確かに、刃が身体に触れた時に、呪いの効果の一部は拒絶されている。

 いかに切り傷を利用しようと、本来ほどの効果は発揮されない。

 彼の言う通り、死ぬことはない……のかもしれない。

 だから大丈夫?


「はぁ……情けないな。この程度でへばっているようじゃ皆に笑われてしまう」

「どこが情けないのですか?」

「イレイナ?」

「私を守って、お姉様すら傷つけずに守ろうとして、そんな甘くて、優しい人が情けないなんて誰も思いません」


 違う。

 死なないから大丈夫だなんて、私は思わない。

 どうせ治るから?

 その間、彼はずっと苦しみ続けることになる。

 私はよく知っている。

 死に向かっていく苦しさも、寂しさも。

 

「私が解毒します」

「無理だ。これはただの毒じゃない。魔法が関わっている。解毒するには薬ではできない。だが俺の身体に魔法は――」

「ご心配には及びません。方法はすでにあります」


 私は彼の頬に触れる。

 片膝をついてくれているから、いい感じに視線が合う。


「何を……」

「私も初めてなので、できれば目を瞑っていてほしいです」

「イレイナ?」

「あなたに、何かあっては困りますから」


 言い訳のような言葉を吐いた口で、彼の唇を奪う。

 屈強な男性でも、唇は柔らかい。

 温かくて、優しい。


 特異体質に魔法は通じない。

 ただし、内部に直接流し込むことで、その効果を発揮させることはできる。

 ナイフに付与された呪いが通じたように。

 同じように、治癒と解呪の魔法を口から内部へ流し込んだ。


 唇が離れる。

 時間にして数秒、とても短いキスだった。


「身体が……」

「これで、毒と呪いは解消されたはずです」

「イレイナ」

「申し訳ありません。侍女として主を守るためとはいえ、出過ぎた真似をしてしまいました」


 私は逃げるように一歩下がろうとした。

 そんな私の手を握り、近くに引き寄せて彼は言う。


「初めて、だったのか?」

「……はい」

「俺もだ。誰かと唇を合わせるなんて……ずっと先のことだと思っていたよ」

「私もです」


 永遠にそんな日は来ないと思っていた。

 誰かと心を、身体と通じ合わせる。

 触れる面積はごく僅かなのに、まるで全身を抱きしめられたように温かくて、今もまだ、感触は残っている。

 こんなにも……胸が苦しくなるのか。

 口移しで毒が移ったかな?

 なんて、恥ずかしさを誤魔化すように考える。


「ありがとう。俺を助けてくれて」

「侍女として、当然のことをしたまでです」

「……侍女として、か。本当に……それだけか?」

「……」


 アスノトが私を見つめる。

 真剣に、まっすぐに、彼の瞳は私の心の奥底に眠る気持ちを引っ張り出そうとしていた。

 私は堪える。

 恥ずかしさと、この気持ちを。


「急いで戻られなくてよろしいのですか?」

「……そうだな。この話はまた今度、全てが終わってからにしよう」

「はい。私も協力させていただきます」

「ああ」


 今はまだ、恥ずかしくて素直に言葉にできない。

 もう少し時間がほしかった。

 自分の気持ちの整理をする時間が。

 それに、私の気持ちを整えるより先に、解決すべき問題はある。

 お姉様を洗脳し、私を殺そうと仕向けたのは――


【作者からのお願い】

短編版から引き続き読んで頂きありがとうございます!

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次回、本編最終話!!

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