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【WEB版】私はただの侍女ですので(大嘘) ~ひっそり暮らしたいのに公爵騎士様が逃がしてくれません~【コミカライズ】  作者: 日之影ソラ
第八章

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姉妹喧嘩

 輝かしい光景の裏には、必ず影が生まれてしまう。

 意図せずとも、当事者たちが知らぬ間に。

 

「騎士団の手がこちらにも伸びてきているようだ」

「ああ、我々のこともいずれは……」


 彼らは王国に潜む反王族組織。

 王族という存在を否定し、平等な国を作り上げようと目論む者たち。

 ひとえに、彼らは革命者である。

 だが、そのためなら必要な犠牲は厭わず、平等という言葉に酔いしれ、正誤の判断も曖昧。

 加えて全員が同じ思想というわけでもなかった。

 自身が新たなトップに立ちたいという野心家もいる。

 王族が邪魔なだけで、真の平等など望んでいない。

 そういう人間ほど、すでにある程度の地位と権力を獲得している。

 彼らは欲深い。

 今、手に入れている財だけでは物足りない。

 故に、更なる財を、幸福を求める。


「手が広がる前に、こちらから行動をすべきかもしれんな」

「ああ、仕方あるまい。使える手は使おう。たとえそれが……誰であろうとも」


 手段は選ばず、目的だけを見据える。

 かつてクーデターを起こした者たちと同じように。

 そう、彼らは気づいていないのだ。

 自らの理想に掲げた女王の最期を、今、自分たちが再現しようとしていることに。


  ◇◇◇


 養成所の前に、四十人の生徒たちが整列している。

 彼らの視線の先には私が立っていた。

 私は彼らに告げる。


「これにて全工程を終了いたします。皆さま、今日までお疲れ様でした」

「「「ありがとうございました!」」」

「次の試験、ここにいる皆さまが無事に合格し、素晴らしい騎士になることを祈っております。どうか頑張ってください」

「「「はい!」」」


 養成所設立から三か月。

 初めての生徒たち、そして今日、初めて卒業生たちが誕生した。

 三か月という時間はあっという間だ。

 教えられることは全て教えたつもりだし、彼らも集中して最後まで受けてくれていた。

 あとは彼らの努力次第。

 次回の試験までちょうど二か月ほどある。

 残りの時間を有意義に過ごし、見事合格してくれたら、次の生徒募集も捗るだろう。

 ぜひとも頑張ってほしい。

 生徒だけでなく、引退した騎士たちを講師にスカウトしなければならないから。

 そのための交渉材料を増やしておきたいところだ。


 それぞれに帰宅する生徒たちを見送り、私は一人になる。

 さっきまで四十人が共に過ごしていた部屋に、今は一人だけだ。

 少しだけ寂しさを感じていると。


「もう終わったのか。早かったな」

「アスノト様、いらしていたんですね」

「最後に顔を見せようと思ったんだが、間に合わなかったか」

「そのようですね」


 走ってきてくれたのだろう。

 少しだけ呼吸が乱れていることに気付く。

 彼が来てくれると知っていたら、もう少し待ってもよかったと反省する。


「試験後に合格の有無を私に教えてくれるそうです。その時には、ぜひご一緒に」

「そうだな。新人の顔を誰よりも先に見ておこう」

「はい。皆さん喜ばれると思います」

「だといいな。イレイナ、本当にお疲れ様」


 アスノトは優しく微笑み、肩をポンと軽く叩いた。

 労いの言葉なら、ほぼ毎日受け取っている。

 十分すぎるほどに。


「ありがとうございます」

「この後はどうするんだ? 屋敷に戻るなら送っていくぞ」

「いえ、まだ仕事が残っていますので、夕方ごろまではこちらにおります」

「そうか。無理はしないようにな。倒れてからじゃ遅いぞ?」

「かしこまりました」


 一度、無理に気づけず倒れてしまった経験を、私は教訓として受け取っている。

 私が無理をすれば彼が心配し、迷惑をかけてしまう。

 そうならぬよう、自己管理も仕事のうちだ。

 アスノトが手を振って立ち去ろうとして、何かを思い出したように立ち止まり、振り返る。


「そうだ。一応注意しておいてくれ。今、王国内にいる反王族組織の割り出しをしているんだが、それが終わり次第一斉捜査を始める」

「それで忙しくされているのですね」

「ああ。時間をかけすぎると勘づかれる。もっとも、王城内にいることを考えると、すでに気づかれている可能性も高い。イレイナ、君も警戒されているはずだ」

「かしこまりました。警戒を強めておきます」


 私は彼からの忠告を受け取り、お辞儀をする。

 それを聞いたアスノトは、何度も気を付けるようにと念を押して立ち去って行った。

 相変わらず心配性だ。

 一度倒れてしまっているから、大丈夫だと軽口は叩けない。

 反王族組織の件も含めて気を付けておこう。

 アスノトはともかく、私も彼らに顔が知られているから。

 

「昔みたいなことにはならないといいけど……」


 クーデターが起これば、多くの人々が犠牲になる。

 きっと王城内の問題には留まらない。

 そうなる前に、アスノトたちが決着をつけてくれることを祈ろう。

 場合によっては私も……。


「いえ、違うわね」


 ここで出しゃばっても逆効果だ。

 変に目立てば、私の理想への道のりがより険しくなる。

 せっかく今は順調に進めているのだし、アスノトに任せておこう。

 彼が戦闘で遅れをとることはない。

 そういう意味では安心だ。


「さて、私は私の仕事をしましょうか」


 ここでの仕事はしばらくお休みだ。

 その前に清掃や、後片付けをしておきたかった。

 次に講師として立つのは、騎士団の入団試験が終わって一か月後あたりか。

 もしかすると、その頃には新しい講師が決まっているかもしれない。

 だとすれば、これが最後なのかも。

 念入りに手入れをしておこう。

 次にここで学び、教える人たちが気持ちよく過ごせるように。


  ◇◇◇


「――っと、これで最後ね」


 片付けを終える。

 窓からオレンジ色の光が差し込んでいることに、今さら気づく。


「すっかり夕方……予定よりかかってしまったわね」


 今から屋敷に戻る頃には、夕日も沈んでいるだろう。

 アスノトは仕事中だろうか。

 先に戻って、夕食やお風呂の準備、侍女としての仕事も済ませておこう。

 と思っていたところで、誰かが養成所の扉を開けた。

 生徒たちの誰かだろうか?

 忘れ物は一つも見つからなかったから違うはず。

 アスノトが迎えにきてくれた?

 彼の場合は体質的に、気配も感じないから別人……。


 なんとなく、嫌な予感がした。

 こういう時の予感は、必ずといっていいほど当たる。


「――噂は本当だったのね」


 今回もそうだ。

 彼女は乱暴に扉を開けて、講義室に入ってくる。

 本来ならここへ入るべき人ではない。

 そして何より、もう会うことはないと思っていたのに……。


「ここに何の御用でしょう? お姉様」

「あら? 妹がちゃんと働いているか見に来たのよ。姉として」


 養成所にやってきたのはお姉様だった。

 少し痩せただろうか。

 見慣れた私を見下す表情にも、なんとなく力がないように思える。

 目の下にもうっすら隈が出来ているような……。


「あなたが誰かを指導するなんて、随分と偉くなったわね」

「……」

「しかも騎士の真似事までして。アスノト様に上手く取り入って美味しい思いをしているじゃない。そんなにずるい子だとは思わなかったわ」

「……それを言いに来たのですか?」


 無視するつもりだったけど、部屋の出入り口の前に立って私が出て行くのを邪魔している。

 これでは無視できない。


「言ったでしょう? 様子を見に来たのよ。愚かで卑怯な妹が、必死に頑張って教えているのに、誰も真剣に聞いていなかったら可哀想でしょう?」

「……そのようなことはございません。皆さん、真剣に聞いてくださいました。アスノト様も、よくやってくれていると評価してくださっております」

「――っ、調子に乗らないでくれる? あなたが今こうしていられるのも、全部アスノト様の恩恵でしょう?」

「そうですね。それで構いません。申し訳ありませんが、私は屋敷に戻ります。アスノト様の侍女ですので」


 私は動じず前に出ようとする。

 舌打ちが聞こえた。

 お姉様は一向に退く気がなく、私を睨みつける。


「いつまで余裕でいるのよ。偉そうに、何もできない愚妹のくせに」


 血が流れるほど唇をかみしめる。

 歯ぎしりの音がハッキリ聞こえていた。

 怒りが満ちている。

 けど、様子がおかしい。

 

「お姉様?」

「そうよ? 私はあなたの姉なの。あなたよりもずっと優秀で、美しくて、選ばれ続けている姉なの。あなたとは違う。生まれも、才能も、未来も! あなたは私の下にいるのよ」

「……」


 感情だけではなく、魔力まで乱れ始めている。

 明らかに不自然だ。

 この乱れ方、言動、視線が泳ぎ……これではまるで、誰かに洗脳されているような。


「あなたは私の引き立て役なのよ! そうできないなら死になさい! 私の邪魔をしないで!」

「――!」


 発狂し、お姉様は私に襲い掛かる。

 自己加速の魔法を発動させ、右手にはナイフを握っている。

 殺意と怒りが私に突き刺さる。

 お姉様は本気だ。

 でも、この程度の速度なら対処できる。

 距離が近い。

 お姉様を傷つけることになるけど、そんなこと気にして――


 涙と怒りに満ちて襲い掛かる表情。

 それはいつの日か、鏡に映った女王の自分と重なった。

 一瞬の迷い。

 

 しまった。

 ナイフが私の胸に届く。


 寸前で視界がくるんと回った。

 誰かに押し倒された。

 誰か?

 見なくてもわかった。

 私がピンチの時、駆け付けてくれる誰かがいるとすれば――


「まったく、姉妹喧嘩にしてはやりすぎだよ」

「あなたは……」

「アスノト様!」

「危ないところだったな。イレイナ」


 彼しかいない。

 そう思ってしまった。

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