姉妹喧嘩
輝かしい光景の裏には、必ず影が生まれてしまう。
意図せずとも、当事者たちが知らぬ間に。
「騎士団の手がこちらにも伸びてきているようだ」
「ああ、我々のこともいずれは……」
彼らは王国に潜む反王族組織。
王族という存在を否定し、平等な国を作り上げようと目論む者たち。
ひとえに、彼らは革命者である。
だが、そのためなら必要な犠牲は厭わず、平等という言葉に酔いしれ、正誤の判断も曖昧。
加えて全員が同じ思想というわけでもなかった。
自身が新たなトップに立ちたいという野心家もいる。
王族が邪魔なだけで、真の平等など望んでいない。
そういう人間ほど、すでにある程度の地位と権力を獲得している。
彼らは欲深い。
今、手に入れている財だけでは物足りない。
故に、更なる財を、幸福を求める。
「手が広がる前に、こちらから行動をすべきかもしれんな」
「ああ、仕方あるまい。使える手は使おう。たとえそれが……誰であろうとも」
手段は選ばず、目的だけを見据える。
かつてクーデターを起こした者たちと同じように。
そう、彼らは気づいていないのだ。
自らの理想に掲げた女王の最期を、今、自分たちが再現しようとしていることに。
◇◇◇
養成所の前に、四十人の生徒たちが整列している。
彼らの視線の先には私が立っていた。
私は彼らに告げる。
「これにて全工程を終了いたします。皆さま、今日までお疲れ様でした」
「「「ありがとうございました!」」」
「次の試験、ここにいる皆さまが無事に合格し、素晴らしい騎士になることを祈っております。どうか頑張ってください」
「「「はい!」」」
養成所設立から三か月。
初めての生徒たち、そして今日、初めて卒業生たちが誕生した。
三か月という時間はあっという間だ。
教えられることは全て教えたつもりだし、彼らも集中して最後まで受けてくれていた。
あとは彼らの努力次第。
次回の試験までちょうど二か月ほどある。
残りの時間を有意義に過ごし、見事合格してくれたら、次の生徒募集も捗るだろう。
ぜひとも頑張ってほしい。
生徒だけでなく、引退した騎士たちを講師にスカウトしなければならないから。
そのための交渉材料を増やしておきたいところだ。
それぞれに帰宅する生徒たちを見送り、私は一人になる。
さっきまで四十人が共に過ごしていた部屋に、今は一人だけだ。
少しだけ寂しさを感じていると。
「もう終わったのか。早かったな」
「アスノト様、いらしていたんですね」
「最後に顔を見せようと思ったんだが、間に合わなかったか」
「そのようですね」
走ってきてくれたのだろう。
少しだけ呼吸が乱れていることに気付く。
彼が来てくれると知っていたら、もう少し待ってもよかったと反省する。
「試験後に合格の有無を私に教えてくれるそうです。その時には、ぜひご一緒に」
「そうだな。新人の顔を誰よりも先に見ておこう」
「はい。皆さん喜ばれると思います」
「だといいな。イレイナ、本当にお疲れ様」
アスノトは優しく微笑み、肩をポンと軽く叩いた。
労いの言葉なら、ほぼ毎日受け取っている。
十分すぎるほどに。
「ありがとうございます」
「この後はどうするんだ? 屋敷に戻るなら送っていくぞ」
「いえ、まだ仕事が残っていますので、夕方ごろまではこちらにおります」
「そうか。無理はしないようにな。倒れてからじゃ遅いぞ?」
「かしこまりました」
一度、無理に気づけず倒れてしまった経験を、私は教訓として受け取っている。
私が無理をすれば彼が心配し、迷惑をかけてしまう。
そうならぬよう、自己管理も仕事のうちだ。
アスノトが手を振って立ち去ろうとして、何かを思い出したように立ち止まり、振り返る。
「そうだ。一応注意しておいてくれ。今、王国内にいる反王族組織の割り出しをしているんだが、それが終わり次第一斉捜査を始める」
「それで忙しくされているのですね」
「ああ。時間をかけすぎると勘づかれる。もっとも、王城内にいることを考えると、すでに気づかれている可能性も高い。イレイナ、君も警戒されているはずだ」
「かしこまりました。警戒を強めておきます」
私は彼からの忠告を受け取り、お辞儀をする。
それを聞いたアスノトは、何度も気を付けるようにと念を押して立ち去って行った。
相変わらず心配性だ。
一度倒れてしまっているから、大丈夫だと軽口は叩けない。
反王族組織の件も含めて気を付けておこう。
アスノトはともかく、私も彼らに顔が知られているから。
「昔みたいなことにはならないといいけど……」
クーデターが起これば、多くの人々が犠牲になる。
きっと王城内の問題には留まらない。
そうなる前に、アスノトたちが決着をつけてくれることを祈ろう。
場合によっては私も……。
「いえ、違うわね」
ここで出しゃばっても逆効果だ。
変に目立てば、私の理想への道のりがより険しくなる。
せっかく今は順調に進めているのだし、アスノトに任せておこう。
彼が戦闘で遅れをとることはない。
そういう意味では安心だ。
「さて、私は私の仕事をしましょうか」
ここでの仕事はしばらくお休みだ。
その前に清掃や、後片付けをしておきたかった。
次に講師として立つのは、騎士団の入団試験が終わって一か月後あたりか。
もしかすると、その頃には新しい講師が決まっているかもしれない。
だとすれば、これが最後なのかも。
念入りに手入れをしておこう。
次にここで学び、教える人たちが気持ちよく過ごせるように。
◇◇◇
「――っと、これで最後ね」
片付けを終える。
窓からオレンジ色の光が差し込んでいることに、今さら気づく。
「すっかり夕方……予定よりかかってしまったわね」
今から屋敷に戻る頃には、夕日も沈んでいるだろう。
アスノトは仕事中だろうか。
先に戻って、夕食やお風呂の準備、侍女としての仕事も済ませておこう。
と思っていたところで、誰かが養成所の扉を開けた。
生徒たちの誰かだろうか?
忘れ物は一つも見つからなかったから違うはず。
アスノトが迎えにきてくれた?
彼の場合は体質的に、気配も感じないから別人……。
なんとなく、嫌な予感がした。
こういう時の予感は、必ずといっていいほど当たる。
「――噂は本当だったのね」
今回もそうだ。
彼女は乱暴に扉を開けて、講義室に入ってくる。
本来ならここへ入るべき人ではない。
そして何より、もう会うことはないと思っていたのに……。
「ここに何の御用でしょう? お姉様」
「あら? 妹がちゃんと働いているか見に来たのよ。姉として」
養成所にやってきたのはお姉様だった。
少し痩せただろうか。
見慣れた私を見下す表情にも、なんとなく力がないように思える。
目の下にもうっすら隈が出来ているような……。
「あなたが誰かを指導するなんて、随分と偉くなったわね」
「……」
「しかも騎士の真似事までして。アスノト様に上手く取り入って美味しい思いをしているじゃない。そんなにずるい子だとは思わなかったわ」
「……それを言いに来たのですか?」
無視するつもりだったけど、部屋の出入り口の前に立って私が出て行くのを邪魔している。
これでは無視できない。
「言ったでしょう? 様子を見に来たのよ。愚かで卑怯な妹が、必死に頑張って教えているのに、誰も真剣に聞いていなかったら可哀想でしょう?」
「……そのようなことはございません。皆さん、真剣に聞いてくださいました。アスノト様も、よくやってくれていると評価してくださっております」
「――っ、調子に乗らないでくれる? あなたが今こうしていられるのも、全部アスノト様の恩恵でしょう?」
「そうですね。それで構いません。申し訳ありませんが、私は屋敷に戻ります。アスノト様の侍女ですので」
私は動じず前に出ようとする。
舌打ちが聞こえた。
お姉様は一向に退く気がなく、私を睨みつける。
「いつまで余裕でいるのよ。偉そうに、何もできない愚妹のくせに」
血が流れるほど唇をかみしめる。
歯ぎしりの音がハッキリ聞こえていた。
怒りが満ちている。
けど、様子がおかしい。
「お姉様?」
「そうよ? 私はあなたの姉なの。あなたよりもずっと優秀で、美しくて、選ばれ続けている姉なの。あなたとは違う。生まれも、才能も、未来も! あなたは私の下にいるのよ」
「……」
感情だけではなく、魔力まで乱れ始めている。
明らかに不自然だ。
この乱れ方、言動、視線が泳ぎ……これではまるで、誰かに洗脳されているような。
「あなたは私の引き立て役なのよ! そうできないなら死になさい! 私の邪魔をしないで!」
「――!」
発狂し、お姉様は私に襲い掛かる。
自己加速の魔法を発動させ、右手にはナイフを握っている。
殺意と怒りが私に突き刺さる。
お姉様は本気だ。
でも、この程度の速度なら対処できる。
距離が近い。
お姉様を傷つけることになるけど、そんなこと気にして――
涙と怒りに満ちて襲い掛かる表情。
それはいつの日か、鏡に映った女王の自分と重なった。
一瞬の迷い。
しまった。
ナイフが私の胸に届く。
寸前で視界がくるんと回った。
誰かに押し倒された。
誰か?
見なくてもわかった。
私がピンチの時、駆け付けてくれる誰かがいるとすれば――
「まったく、姉妹喧嘩にしてはやりすぎだよ」
「あなたは……」
「アスノト様!」
「危ないところだったな。イレイナ」
彼しかいない。
そう思ってしまった。






