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【WEB版】私はただの侍女ですので(大嘘) ~ひっそり暮らしたいのに公爵騎士様が逃がしてくれません~【コミカライズ】  作者: 日之影ソラ
第七章

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安らかに眠る

「皆さま初めまして。私が、皆様の指導を担当いたします。アスノト様の侍女、イレイナと申します。以後、お見知りおきを」


 受講者の前で挨拶をする。

 彼らは皆、募集要項を見て参加してくれている。

 前回の試験に落ちてしまったが、次の試験をもう一度受ける意思がある者。

 騎士になりたいが、試験に自信がない者。

 アスノトの名前を見て、興味本位で参加している者もいるだろう。

 講師はアスノトの代理が務めることは、募集要項にも書いてある。

 周知のはずだが……。


「え? アスノト様じゃないのか?」

「騎士王様に指導してもらえると思ったのに……」


 案の定、そんな不満の声が聞こえてくる。

 予想通りの反応だ。


「授業を始める前に、少しだけ運動をしましょう。皆さん、外へ移動してください」


 ではこちらも予定通り対応しよう。

 まずは認めさせる。

 私が、この場に立つにふさわしい人間であることを。


  ◇◇◇


 一週間が経過した。

 私は教壇に立ち、授業を進める。


「騎士になれば、世界各地に遠征で向かうことになります。ですから、王国内以外の地形、その情報を把握することは不可欠です」


 受講者たちは真剣に私の話を聞き、メモを取っていた。

 誰一人文句を言わない。

 皆、講義に集中している。

 その様子を、アスノトがこっそり外から眺めていたことに、私は気づいていた。

 お昼休みになると、休憩室にアスノトがやってきた。


「お疲れ様。順調みたいだな」

「はい。見学されているなら、声をかけてくださればよかったのに。皆さん喜ぶと思います」

「集中していたからな。雰囲気を壊したくなかったんだよ。それにしても、思った以上に上手くいっているじゃないか。不満の一つも聞こえてこないなんて」

「……手順は踏みましたので」


 初日、私はあいさつ代わりに剣技を披露した。

 腕自慢を何人か相手に立たせて、その全員を三秒以内に倒す。

 一見か弱そうに見える侍女が、実は剣術に秀でていた。

 加えてアスノトの侍女でもあり、彼の指導を受けている……ということにしてある。

 憧れる人間の思考は単純だ。

 アスノトの姿がうっすらとでも感じられ、実力者だということを示せば、ここで講義に意味を見出してくれる。

 女王として君臨した時代、人の心を動かす術も学んだ。

 その成果が出ている。

 もっとも、身近な人たちの気持ちすら、私は気づくことができなかったけど……。


「アスノト様、午後は予定があったのではありませんか? ここにいては遅れてしまいます」

「それはキャンセルになったんだよ」

「そうなのですね。では、もしよければ午後の実技に講師として立っていただけませんか?」

「実技なら任せてくれ」

「ありがとうございます」


 時折、こうしてアスノトにも生徒たちの前に立ってもらう。

 憧れの存在を見せることで、後の授業での集中力も増すというものだ。

 使える者は有効に使う。

 この試みが成功すれば、アスノトが栄誉騎士の称号を受ける可能性も上がる。

 そうなれば、グレーセル家の権威やアスノトの地位を守ったまま、円満に引退することだって可能になる。

 もうすぐ、具体的に見えてきた。

 私が求める理想の平穏。

 その光景が――


「……」

「どうかしたか? イレイナ」

「……いえ、なんでもありません」

「そうか? 無理はするなよ。最近仕事量も増えているだろう? しっかり休息も取るように」

「はい」


 ふと、気づいてしまった。 

 私が求める理想の光景を思い描いて。

 穏やかな日常の中に、私以外に、共に笑っている人がいることを。

 私は目を逸らす。

 

 そうして一日、十日、一か月と経過する。

 予想以上に忙しい日々を送っていた。

 屋敷では侍女として、時にアスノトの事務仕事を手伝い。

 それ以外の時間は講師として、養成所の教壇に立ち、未来の騎士たちに指導する。

 休日も、養成所で教える内容を復習したり、必要なものを用意する時間に当てていた。

 ある日の朝食後に、アスノトが心配そうに私に尋ねる。 


「イレイナ、ちゃんと眠れているか?」

「はい。問題ありません」


 少し睡眠時間は減っているが問題ない。

 元々眠りは浅く、前世ではまったく眠れない日も多かった。

 あの頃に比べたら全然マシだ。

 ただ少し、疲れてはいる。


「無理はするな。倒れてからでは遅い。必要なら休暇を与えよう」

「いえ、大丈夫です。お気遣い感謝いたします」

「……そうか。本当に無理はするなよ?」

「はい。アスノト様も、そろそろ出発しなければ間に合わなくなります」

「ああ、わかっている」


 今日は昼間に、貴族たちが集まるパーティーがあり、アスノトはそれに参加する。

 私も養成所はお休みの日だから、一日屋敷で仕事をする。

 こういう日にまとめて屋敷での仕事は終わらせるつもりだった。


 大丈夫。

 これくらいの疲れなんて、前世なら気にならなかった。

 前世なら……。


「あれ?」


 身体がふらつく。

 私は見誤っていた。

 前世と今世、魂は同じでも、育った環境も、身体も違うのだと。

 気づいていなかっただけで、私の身体はとっくに限界を迎えていて……。

 意識を失い、倒れてしまった。


  ◇◇◇


 温かい。

 私はゆっくりと目を覚ます。

 そこは自室の天井。

 私は寝室のベッドで横になっていた。


「ここは……」

「気が付いたか?」

「アスノト様? どうして……?」

「君が倒れたから見守っていたんだよ。覚えていないか?」


 朧げに思い出す。

 仕事を始めようとしてふらついて、そのまま意識を失ったこと。


「アスノト様はパーティーに参加されたのではありませんか?」

「心配になってな。最後に様子を見に来たら君が倒れた。パーティーはキャンセルしたよ」

「――申し訳ありません。私のミスでアスノト様にご迷惑を」

「まったくだよ」


 不甲斐ない。

 この程度の疲労で倒れるなんて。

 普段から偉そうなことを言っているのに、これじゃ笑われてしまう。

 アスノトも今回は呆れて……。


「倒れてからじゃ遅いと言っただろう? 君の身体も、命も一つしかないんだ。まずは自分を大事にしてもらわないと困るぞ」

「……アスノト様? 怒っておられないのですか?」

「怒ってるよ。君が倒れるまで働かせてしまった自分にね」

「それは、違います」

「違わないさ。俺は君の主人、君は俺の侍女だ。君の成果が俺のものになるなら、失態やミスも俺の責任だ。だから俺が悪い。君は悪くない」


 アスノトは微笑む。

 作り物でも、虚勢を張っているわけでもなく、優しい笑顔を見せる。

 本当に怒っていない。

 失敗した私に対して、微塵も責める気のない表情だった。


「むしろ君はよく頑張っている。頑張り過ぎている。優秀過ぎるからかな? なんでも一人でやろうとするのは悪い癖だぞ?」

「……申し訳ありません」

「謝らなくていい。俺も悪いんだ。俺にも他人に教えられる器量があればよかった。君一人に負担をかけてしまっているのは情けないよ」

「アスノト様……」


 ミスをすれば責められる。

 失策は女王の責任。

 そうやって、全ての責を自身で受け止めることしか知らなかった私にとって、許しを受けることは未知の体験だった。

 責めるどころか失敗した私を褒めてくれる。

 優しく、語り掛ける様に。

 彼は私の頭を優しく撫でてくれた。


「今日はゆっくり休め。明日から頑張ればいい」

「……」

「ん? 嫌だったか?」

「いえ……ただ……」


 頭を撫でられるなんて初めてのことだった。

 自分には縁遠いことだと思っていた。

 そうか。

 こんなにも温かくて、落ち着くのか。


 この日、私はぐっすり眠った。

 不安や恐怖を感じずに。

 心の底から安心して眠ることができたのも、生まれて初めての経験だった。

 

「おやすみ、イレイナ」

「――」


 誰かに見守られている。

 寝ている時が一番危険で、もっとも警戒しなければならないのに。

 私は無防備に……。


 いつからだろう?

 彼の傍にいることが、安全だと思うようになったのは。

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