安らかに眠る
「皆さま初めまして。私が、皆様の指導を担当いたします。アスノト様の侍女、イレイナと申します。以後、お見知りおきを」
受講者の前で挨拶をする。
彼らは皆、募集要項を見て参加してくれている。
前回の試験に落ちてしまったが、次の試験をもう一度受ける意思がある者。
騎士になりたいが、試験に自信がない者。
アスノトの名前を見て、興味本位で参加している者もいるだろう。
講師はアスノトの代理が務めることは、募集要項にも書いてある。
周知のはずだが……。
「え? アスノト様じゃないのか?」
「騎士王様に指導してもらえると思ったのに……」
案の定、そんな不満の声が聞こえてくる。
予想通りの反応だ。
「授業を始める前に、少しだけ運動をしましょう。皆さん、外へ移動してください」
ではこちらも予定通り対応しよう。
まずは認めさせる。
私が、この場に立つにふさわしい人間であることを。
◇◇◇
一週間が経過した。
私は教壇に立ち、授業を進める。
「騎士になれば、世界各地に遠征で向かうことになります。ですから、王国内以外の地形、その情報を把握することは不可欠です」
受講者たちは真剣に私の話を聞き、メモを取っていた。
誰一人文句を言わない。
皆、講義に集中している。
その様子を、アスノトがこっそり外から眺めていたことに、私は気づいていた。
お昼休みになると、休憩室にアスノトがやってきた。
「お疲れ様。順調みたいだな」
「はい。見学されているなら、声をかけてくださればよかったのに。皆さん喜ぶと思います」
「集中していたからな。雰囲気を壊したくなかったんだよ。それにしても、思った以上に上手くいっているじゃないか。不満の一つも聞こえてこないなんて」
「……手順は踏みましたので」
初日、私はあいさつ代わりに剣技を披露した。
腕自慢を何人か相手に立たせて、その全員を三秒以内に倒す。
一見か弱そうに見える侍女が、実は剣術に秀でていた。
加えてアスノトの侍女でもあり、彼の指導を受けている……ということにしてある。
憧れる人間の思考は単純だ。
アスノトの姿がうっすらとでも感じられ、実力者だということを示せば、ここで講義に意味を見出してくれる。
女王として君臨した時代、人の心を動かす術も学んだ。
その成果が出ている。
もっとも、身近な人たちの気持ちすら、私は気づくことができなかったけど……。
「アスノト様、午後は予定があったのではありませんか? ここにいては遅れてしまいます」
「それはキャンセルになったんだよ」
「そうなのですね。では、もしよければ午後の実技に講師として立っていただけませんか?」
「実技なら任せてくれ」
「ありがとうございます」
時折、こうしてアスノトにも生徒たちの前に立ってもらう。
憧れの存在を見せることで、後の授業での集中力も増すというものだ。
使える者は有効に使う。
この試みが成功すれば、アスノトが栄誉騎士の称号を受ける可能性も上がる。
そうなれば、グレーセル家の権威やアスノトの地位を守ったまま、円満に引退することだって可能になる。
もうすぐ、具体的に見えてきた。
私が求める理想の平穏。
その光景が――
「……」
「どうかしたか? イレイナ」
「……いえ、なんでもありません」
「そうか? 無理はするなよ。最近仕事量も増えているだろう? しっかり休息も取るように」
「はい」
ふと、気づいてしまった。
私が求める理想の光景を思い描いて。
穏やかな日常の中に、私以外に、共に笑っている人がいることを。
私は目を逸らす。
そうして一日、十日、一か月と経過する。
予想以上に忙しい日々を送っていた。
屋敷では侍女として、時にアスノトの事務仕事を手伝い。
それ以外の時間は講師として、養成所の教壇に立ち、未来の騎士たちに指導する。
休日も、養成所で教える内容を復習したり、必要なものを用意する時間に当てていた。
ある日の朝食後に、アスノトが心配そうに私に尋ねる。
「イレイナ、ちゃんと眠れているか?」
「はい。問題ありません」
少し睡眠時間は減っているが問題ない。
元々眠りは浅く、前世ではまったく眠れない日も多かった。
あの頃に比べたら全然マシだ。
ただ少し、疲れてはいる。
「無理はするな。倒れてからでは遅い。必要なら休暇を与えよう」
「いえ、大丈夫です。お気遣い感謝いたします」
「……そうか。本当に無理はするなよ?」
「はい。アスノト様も、そろそろ出発しなければ間に合わなくなります」
「ああ、わかっている」
今日は昼間に、貴族たちが集まるパーティーがあり、アスノトはそれに参加する。
私も養成所はお休みの日だから、一日屋敷で仕事をする。
こういう日にまとめて屋敷での仕事は終わらせるつもりだった。
大丈夫。
これくらいの疲れなんて、前世なら気にならなかった。
前世なら……。
「あれ?」
身体がふらつく。
私は見誤っていた。
前世と今世、魂は同じでも、育った環境も、身体も違うのだと。
気づいていなかっただけで、私の身体はとっくに限界を迎えていて……。
意識を失い、倒れてしまった。
◇◇◇
温かい。
私はゆっくりと目を覚ます。
そこは自室の天井。
私は寝室のベッドで横になっていた。
「ここは……」
「気が付いたか?」
「アスノト様? どうして……?」
「君が倒れたから見守っていたんだよ。覚えていないか?」
朧げに思い出す。
仕事を始めようとしてふらついて、そのまま意識を失ったこと。
「アスノト様はパーティーに参加されたのではありませんか?」
「心配になってな。最後に様子を見に来たら君が倒れた。パーティーはキャンセルしたよ」
「――申し訳ありません。私のミスでアスノト様にご迷惑を」
「まったくだよ」
不甲斐ない。
この程度の疲労で倒れるなんて。
普段から偉そうなことを言っているのに、これじゃ笑われてしまう。
アスノトも今回は呆れて……。
「倒れてからじゃ遅いと言っただろう? 君の身体も、命も一つしかないんだ。まずは自分を大事にしてもらわないと困るぞ」
「……アスノト様? 怒っておられないのですか?」
「怒ってるよ。君が倒れるまで働かせてしまった自分にね」
「それは、違います」
「違わないさ。俺は君の主人、君は俺の侍女だ。君の成果が俺のものになるなら、失態やミスも俺の責任だ。だから俺が悪い。君は悪くない」
アスノトは微笑む。
作り物でも、虚勢を張っているわけでもなく、優しい笑顔を見せる。
本当に怒っていない。
失敗した私に対して、微塵も責める気のない表情だった。
「むしろ君はよく頑張っている。頑張り過ぎている。優秀過ぎるからかな? なんでも一人でやろうとするのは悪い癖だぞ?」
「……申し訳ありません」
「謝らなくていい。俺も悪いんだ。俺にも他人に教えられる器量があればよかった。君一人に負担をかけてしまっているのは情けないよ」
「アスノト様……」
ミスをすれば責められる。
失策は女王の責任。
そうやって、全ての責を自身で受け止めることしか知らなかった私にとって、許しを受けることは未知の体験だった。
責めるどころか失敗した私を褒めてくれる。
優しく、語り掛ける様に。
彼は私の頭を優しく撫でてくれた。
「今日はゆっくり休め。明日から頑張ればいい」
「……」
「ん? 嫌だったか?」
「いえ……ただ……」
頭を撫でられるなんて初めてのことだった。
自分には縁遠いことだと思っていた。
そうか。
こんなにも温かくて、落ち着くのか。
この日、私はぐっすり眠った。
不安や恐怖を感じずに。
心の底から安心して眠ることができたのも、生まれて初めての経験だった。
「おやすみ、イレイナ」
「――」
誰かに見守られている。
寝ている時が一番危険で、もっとも警戒しなければならないのに。
私は無防備に……。
いつからだろう?
彼の傍にいることが、安全だと思うようになったのは。
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