騎士王様のばったり?
「アスノト・グレーセル公爵……彼はこういったパーティーは好まないのか、これまで一度も顔を出したことがなかったはずだが」
「お父様、これは絶好の機会ではありませんか?」
「ああ。名だたる騎士王ならば文句のつけようもない」
「ええ、私も彼なら満足できます」
二人で勝手に盛り上がっている。
これから騎士王様の下へ行き、お近づきになろうという雰囲気だった。
私は面倒だから行きたくないけど、ついていないと不自然だから従うしかなかった。
こういう相手こそ、一番近づいちゃいけない。
地位も、権力もあって、おまけに武力も備えている。
争いを呼び込みそうなセットだ。
そんな相手と婚約できても、きっと面倒が増えるだけなのに……。
とか思い心の中で溜息をこぼす。
「――?」
ふと、視線が合ったような気がした。
かの騎士王と。
彼は周りに声をかけ、こちらに歩み寄ってくる。
「お父様!」
「ああ」
チャンスだと思ったのだろう。
目が合ったのも私じゃなくて、二人のうちどちらかだ。
ただ念のため、私は一歩下がる。
二人が前に出やすいように。
「こんにちは、ルストロール公爵様ですね」
「私のことをご存じでしたか」
「ええ、もちろんです。何度か騎士団に協力して頂いていますので、忘れるはずがありません」
「おお、なんと光栄なことか。かの騎士王殿にそう言っていただけるとは」
「やめてください。私はまだまだ若輩者です」
騎士王様とお父様は面識がある様子だ。
お父様は宮廷の魔法使いの資格を持っているから、その関係だろう。
やっぱり目が合ったのは気のせい。
また、目が合った気がする。
「ご機嫌よう、アスノト様」
「ん? ああ、君は確かルストロール公爵の娘さんかな」
「はい。ストーナ・ルストロールです。アスノト様とお会いできて光栄です」
「こちらこそ。噂通り綺麗な方だね」
騎士王様の素敵な言葉で、ストーナお姉様は女の子らしく嬉しそうに赤面する。
天然か、それとも教育されているのか。
さわやかな表情で自然に零れる笑顔と言葉で、大勢の女性を虜にしてきたのだろう。
ストーナお姉様も、今ので彼に心を奪われたに違いない。
また、視線が合った。
さすがに三度目は勘違いじゃない。
彼は私のことを見ている。
「そちらの方は、妹さんかな?」
「あ、はい。妹のイレイナです」
「そうか。よく似ているね。美しい瞳が特に」
「あ、ありがとうございます」
ストーナお姉様は苦笑い。
事情を知らないとはいえ、私と似ているなんて言われたくなかっただろう。
笑顔が引きつらないように頑張っているのがわかる。
ちょっと面白かった。
けど、冷静に考えてやめてほしい。
屋敷に戻ってからの当たりが強くなるから。
「初めまして、イレイナさん。よろしく」
「はい」
なんで私に握手を求めてくるのだろう。
わざわざ下がっていたのに、一歩前に近づいてまで。
断ることもできないから、とりあえず握る。
「よろしくお願いします」
「うん、綺麗な手だ。でも、それだけじゃないね」
「――!」
私は咄嗟に彼の手を離す。
なんとなく、この男は危険な香りがした。
彼は平然とニコリと笑う。
不思議な空気が流れる中、お父様が彼に尋ねる。
「しかし珍しいですね。どうしてパーティーに参加されたのですか? 貴殿はあまり、こういう場を好まないと聞きましたが」
「はい。正直あまり得意ではありません。ただ、母に言われてしまいまして。私も今年で二十三です。そろそろいい人でも見つけてきなさいと」
「そうでしたか。なら、ストーナはどうでしょう? この子は私の自慢の娘です。あまりいうと親バカになってしまいますが本当に素晴らしい子です」
「そうですね。素敵な女性だと思います」
「ではぜひ――」
「考えておきます。ではまた、他にも挨拶をしないといけない方がいますので」
ここでもう一押し、と言うところで上手く躱されてしまう。
騎士王様は軽く手を振り、挨拶をして去って行く。
去り際、また私と目を合わせた。
一体あの男は何を考えているのだろうか。
「お父様」
「……感触は悪くない。これを機に距離をつめよう」
「はい! イレイナ、あなたは邪魔しないで」
「……はい」
お姉様はご立腹だ。
私だけ握手をしたからだろうけど、それは相手に言ってほしい。
まったく困った。
間違いなく、この後は強めに当たられるだろう。
それにしても騎士王アスノト・グレーセル公爵……か。
変わった雰囲気の人だった。
前世でもあまり見かけないような、人を自然に引き込み、虜にしてしまうオーラがある。
「アスノト様、素敵な方ですね」
「ああ、実力もあり、人格者でもある」
二人もすっかり魅了されている様子だ。
もっとも私には関係ない。
このパーティーが終われば、少なくとも来年までは接点もないだろう。
そう、思っていた。
◇◇◇
「はぁ……疲れた」
私は庭のお掃除をしながらため息をこぼす。
あのパーティー以降、ストーナお姉様の当たりは強くなった。
何をやっても気に入らないと苛立って、私に暴言を吐く。
慣れているから悲しくはないけど、一々行動を否定されてとても面倒臭い。
こうなるから目立ちたくなかったのに。
「全部あの男のせいね」
次に会ったらただじゃおかないわ。
なんて、二度と会わないと理解しているから思える。
パーティーから二日が経過した今日も、お姉様とお父様は熱心にお勉強中だ。
もちろん、騎士王様のことを。
何を好み、何を望み、どうやったら堕とせるのか。
騎士王様の血が加われば、ルストロール家は今以上の地位と権力を得られる。
騎士王様と婚約すれば、お姉様も盛大に大きな顔ができる。
そんなくだらない理由で婚約を迫られるであろう騎士王様が、ほんの少しだけ気の毒だ。
「私を巻き込んだ罰ね」
そう呟き、せっせと庭の掃除をする。
この屋敷の庭は無駄に広くて掃除がとても大変だ。
王都から少し離れた場所にあって、すぐ横は広大な自然が広がる。
名のある貴族の癖に、王都の中心に屋敷を構えなかったのは、先代から守ってきた屋敷を継ぐためらしいけど、その点は非効率だ。
格式とか伝統とか、そういうものに縛られていると生活まで窮屈になる。
「はぁ、いっそ早く追い出してくれないかしら」
とか思いつつ、終わらない掃き掃除をしていると、森の方角からただならぬ気配を感じる。
「これは……魔物?」
間違いなく魔物の気配だ。
けれどおかしい。
この森は広く、魔物がいることは不思議じゃない。
ただこれまで一度も、こんな屋敷の近くまで魔物が来たことはない。
「数は……一匹ね」
群れからはぐれたのでしょう。
森から魔物が姿を現す。
「グローリーベア……割と大きいわね」
中型の魔物の中でも凶暴で、四本足での移動速度は狼と並ぶ。
強靭な爪で引き裂かれると、鉄製の鎧も簡単に剥がれる。
こんな魔物も森の中にいたのね。
少し驚いて、こちらに敵意をむき出す魔物と向かい合う。
周囲に私以外の人影はない。
逃げてもいいけど、後で大惨事になったら最初に見つけた私に責任がある。
「はぁ……仕方ないわね」
庭を血で汚されると面倒だから、優しく追い払ってあげましょう。
私は人差し指を立てる。
「風よ――踊りなさい」
周囲の気流を操作し、襲い掛かる魔物を浮かばせる。
どれだけ素早くとも、地面に足がついていなければ蹴りだせない。
あとは優しく、吹き飛ばすだけでいい。
「森へお帰り」
風に飛ばされた魔物が宙に浮かび、森の奥へと吹き飛んでいく。
青空をまるで流れ星のように下っていく様を見ながら、ちょっぴり反省する。
「やりすぎたわね」
久しぶりで感覚が鈍っている。
私は前世の記憶と一緒に、魔法使いとしての力も引き継いでいた。
それを隠して生活していたから、あまり使う場面もなかった。
おかげで久しぶりに魔法を使って、制御が乱れて予想以上に吹き飛ばしてしまったみたいだ。
けれど周りには誰もいないし、見られる心配も……。
「へぇ、すごい飛び方したな」
「――!」
気づかなかった。
声をかけられるまで。
この私が、他人の気配を、魔力を感知できなかった。
咄嗟に距離をとる。
「おっと、驚かせてしまったかな?」
「……あなたは」
騎士王アスノト・グローセル公爵。
パーティーで出会った若き貴族の当主が、なぜか私たちの家の敷地内にいる。