令嬢だけど侍女です?
連載版スタート!
才能に価値なんてない。
「行き過ぎた才能は身を亡ぼすわ」
地位に優劣なんてない。
「高くとも低くとも、同じ人間の最後は決まっている……」
力に意味なんてない。
「どれだけ強くても、運命には逆らえないのね」
そう。
強く気高く美しい。
そんな女王であっても、最期の瞬間はあっけない。
私は尽くしてきた。
国のため、人々の暮らしを守るために。
悪しき王だと呼ばれても、これが私の役割だからと割り切って、最期まで悪役を演じてきた。
きっといつか、報われると信じて。
けれど結局……。
「最期まで……一人だったわね」
圧政に対する報復だ。
斬り捨てた者たちが結託し、王に牙をむいた。
そこまでは想定内だった。
想定外なのは、味方であるはずの者たちまでそれに加担していたことだ。
志を共にしたはずなのに。
結局私は、ずっと一人で頑張ってきたらしい。
燃え盛る部屋の中、薄れゆく意識で思う。
「ああ……今度は……」
もしも次の生があるのだとしたら。
私は女王になんてならない。
力はいらない。
地位もいらない。
才能なんて一つもなくていい。
どうか、どうか――
「普通に生きて、普通に……死にたい」
こうして、悪しき女王は短い生涯を終えた。
それから千年――
◇◇◇
「ちょっと、この服は交換しなさい」
「お気に召しませんでしたか?」
「ええ、まったく気分じゃないわ。別の物に変えなさい」
「かしこまりました」
朝から不機嫌なお嬢様に言われ、別のドレスに交換する。
派手目のデザインが気に入らなかったのだろうか。
少し地味なほうのドレスを用意する。
「こちらでいかがでしょうか」
「いいわけないじゃない! わかってないわねぇ、今日の私はピンクがいいのよ」
「……そうでしたか。まことに失礼いたしました。すぐに用意いたします」
「もう、今日も変わらず無能ね、この愚妹は」
用意した新しいドレスを着せ替え、お嬢様は悪態をついている。
私は最初に一度だけ謝って、それからは無言で着替えさせた。
「終わったなら出ていって」
「はい」
「呼んだらすぐに来なさい。少しでも遅れたらお仕置きよ」
「かしこまりました」
深々と頭を下げて部屋を出る。
ガチャリと扉を閉めて、周りに人の眼がないことを確認してから。
「はぁ……朝から元気いっぱいね、お姉様は」
ため息と一言。
ほぼ毎日のことだから、悲しさや怒りは感じない。
むしろ呆れているほどだ。
直接血は繋がっていないとはいえ、妹に向かってあれだけ罵声を浴びせられる。
まるでかつての自分を見ているようだ。
あのまま成長すれば、破滅の女王様になってしまいそうね。
「ま、関係ないわね」
私も早く仕度を済ませないと。
今日は侍女の仕事を早めに終わらせて、外出の準備をしないといけない。
普段よりも二時間ほど早く起きた私はせっせと働く。
午前中にやることを全て終わらせて、自室に戻って着替えをする。
棚の中には、私の数少ないドレスが用意されていた。
私はドレスに着替える。
「はぁ……面倒ね」
ドレスに自分で着替えることが、じゃない。
それはもう慣れた。
以前は侍女に着替えさせてもらっていたけど、今は私が侍女だ。
着替えくらい自分でやれなきゃ話にならない。
そうじゃなくて、これから始まるパーティーのほうが憂鬱なんだ。
どうして侍女の私が、ドレスを着てパーティーに出席しないといけないの?
理由は単純明快。
私は本当は侍女ではなく、このルストロール家の次女だから。
なんて。
「笑えないわね」
失笑。
◇◇◇
私は生まれ変わった。
死後約千年、かつての私が生まれ、命を落とした国に。
長い歴史の中で進化し、その歴史は途絶えることなく続いてきたらしい。
別に嬉しくはない。
ただ、生まれ変われたことは幸運だった。
私が生まれ直したのは、王国でも名のある貴族の一つ、ルストロール公爵家だった。
ルストロール家は代々、優秀な魔法使いを輩出している家系だ。
どうやら現代でも、魔法使いとしての力量や才能を持っていると優遇されるらしい。
貴族の地位にいる者たちは皆、何かしらの才能を持っている。
魔法であったり、剣技であったり、財力もそうだ。
力を持つ者が上に立つ。
千年前から何も変わらない。
ただあの頃と違うのは、世界は平和になったということだ。
国々の争いは減少し、国家内での争いもほとんど起きない。
小さなひずみはあるだろうけど、少なくとも表面上は平和を保っている。
凄いことだ。
私が生きた時代には考えられなかった。
そんな時代に生まれ直したことが、一つ目の幸運。
二つ目は、私が正妻の娘ではなく、妾の子として生まれたことだ。
不運?
確かに普通はそう思う。
妾の子だからという理由で迫害され、家の中では貴族らしい扱いを受けない。
お前は醜いからドレスは似合わない。
侍女の格好でもして尽くしていればいいと、実の父親に言われて、その通りに侍女の役割を担う。
誰も指摘なんてしない。
それがさも当たり前のように、私に命令して罵声を浴びせる。
最悪な環境だけど、私にとっては好都合だった。
私は地位も名誉も、力もいらない。
だから前世の記憶と共に受け継いだ魔法使いとしての力も、他人にバレぬよう隠してきた。
こうして弱者として振る舞い、いずれ放り出してくれたらいい。
一人で生きるための準備は、とっくにできている。
侍女として振る舞ったのも、生きるための技術や経験を積むためで、決して彼女たちのためではない。
私はただ、普通に生きて、普通に死にたいだけなのだ。
パーティー会場に到着する前。
馬車の中で、久しぶりにお父様と会話をした。
「イレイナ」
「はい。お父様」
名前を呼ばれるのも久しぶりな気がする。
基本的に屋敷にいても、この人は目も合わせてくれない。
この人にとって私は、かつて自分が起こした失態の象徴なのだ。
嫌なものからは目を背けたい。
それが人間の心理だと理解している。
「今宵は年に一度の大事なパーティーだ。国中から大勢の来賓がやってくる。我々もその一つ、貴族として恥のない振る舞いをしていなさい」
「はい」
よく言うわね。
屋敷の中じゃ貴族じゃなくて侍女として働かせている癖に。
まぁ別に、私も抵抗しなかったから悪いけど。
「お前は極力目立つな。私やストーナの後ろにいなさい」
「はい」
言われなくてもそうするわ。
目立つなんて一番してはいけないことだから。
私はひっそりと、ストーナお姉様の後ろに隠れているつもりよ。
「そして……絶対に私たちの邪魔をするな」
「いいわね? イレイナ」
「はい。お父様、お姉様」
要するに、何もせずただじっと黙って過ごせという意味。
お安い御用ね。
元よりこんなパーティーに参加したいとは思わない。
国中の貴族たちが集まる社交場。
当主とその跡継ぎは参加する習わしだから、私も仕方なくドレスを着て参加するだけだ。
世間的には一応、ルストロール公爵には二人の娘がいて、どちらも正妻の子ということになっている。
名のある貴族の家に、まさか平民の血が混ざったなど知られたくないからだ。
そう、私の母親は平民だったらしい。
そのことが余計に、私に辛く当たる理由になった。
母がどうなったのかは知らない。
顔も名前も知らないから、今さら何も感じない。
会いたいとも思わないわね。
そうこうしているうちに、馬車は会場に到着する。
王都でもっとも大きな建物は王城だ。
その王城の敷地内にあるパーティー用の大きな建物を貸し切って開かれる。
王族も参加者に含まれるこのパーティーは、貴族たちにとって貴重な交流の場でもある。
馬車から降りると、他の貴族たちの姿がある。
気合の入ったドレスを着た女性や、すでに緊張しているのがわかる男性陣。
彼らにとってここが、とても重要な分岐点なのだろう。
私は反対に憂鬱で仕方がない。
「王城……」
ここに来ると嫌でも思い出す。
女王として君臨し、反逆の下に命を落とした前世の記憶を。
もうあんな最期はこりごりだ。
次に死ぬならベッドの上で、大勢の友人や肉親に看取られて死にたい。
そのためにも私は、この場で空気のように振る舞おう。
「ストーナ、行くぞ」
「はい。お父様」
二人とも気合が入っている。
ストーナお姉様にとっても、この社交場は未来の夫を見つける重要な機会だった。
彼女は十九歳、私より一つ上。
そろそろ婚約者を決めなければならない年齢だが、彼女やお父様は選り好みをする。
これまでに縁談の話はあれど、すべて釣り合わないと断ってきた。
彼女たちが求めているのは、自分たちと同等以上の地位、権力、財力、才能を持つ者。
ルストロール公爵家は有名だ。
ストーナお姉様は魔法の才能にも恵まれている。
中々釣り合う相手は見つからず、今年のパーティーを逃せば、来年参加する頃にはニ十歳になっている。
貴族の女性にとって、ニ十歳は一つの節目だ。
超えるまでに婚約者がいないということは、誰も選ばなかったという意味を持つ。
行き遅れの烙印を押されてしまう。
そう、彼女たちは少し焦っていた。
「大変そうね」
ぼそりと呟く。
彼女たちには聞こえない声で。
婚約者なんていても面倒なだけよ。
前世では十人くらい婚約者がいたけど、邪魔になるだけで最期は裏切られたわ。
結局、地位や名誉で繋がった関係に、真実の愛は生まれないのよ。
定刻になり、パーティー会場が賑やかになる。
集まった貴族たちでごった返す。
さすがはこの国で一番大きな会場だ。
何百人も集まっても、人が通れるスペースは十分に確保されている。
多少の息苦しさは感じても、比較的快適だ。
「これはこれはルストロール公爵」
「ああ、貴殿か。久しいな」
「ええ。ストーナ様にイレイナ様も、変わらずお美しいですね」
「ありがとうございます」
私もストーナお姉様に合わせて頭を下げる。
お父様は王都の内外に知り合いが大勢いるらしく、代わる代わる挨拶をされる。
一瞬も心休まる時間はない。
ストーナお姉様も常に笑顔で、お父様は堂々と振る舞う。
前世で自分がやっていたことだから、その大変さは嫌というほど理解している。
楽しくもないのに笑うのは、心を擦り減らすような感覚だ。
そこは素直に同情する。
「……?」
何やら騒がしい。
人々の視線が一か所に集中している。
こそこそと、声が聞こえる。
「あれはまさか、騎士王様じゃないか」
「騎士王様がパーティーに参加されている?」
ざわつく会場。
騎士王という名前がいたるところから聞こえてくる。
お父様とストーナお姉様も反応する。
「お父様」
「ああ。珍しいこともあるようだな」
ちらりと、集まった人々の間から素顔が見える。
銀色と藍色が交じり合った独特の髪に、深い海の底のように青い瞳。
この国の騎士であり、過去五年でもっとも優れた戦績を収めた騎士に与えられる称号『騎士王』。
若冠十八歳でその座に就き、以後五年間、現在に至るまで不動の成果を上げ続ける天才騎士。
同じく騎士だった父の後を継いだ公爵家次期当主。
――騎士王、アスノト・グレーセル公爵。
【作者からのお願い】
新作投稿しました!
タイトルは――
『残虐非道な女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女の呪いで少女にされて姉に国を乗っ取られた惨めな私、復讐とか面倒なのでこれを機会にセカンドライフを謳歌する~』
ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!
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