表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/297

第15話 龍生ら、逃げ足の速い当主に呆れる

 鵲と東雲にデータを消去させた後、今度は龍之助に一言言ってやろうと振り返ると、そこに龍之助の姿はなかった。



(……逃げたな)



 あまりの逃げ足の早さに、三人は呆れるやら感心するやらで、小さくため息をついた。

 すると、


「あら。こんな廊下で、どうなさったんです? 坊ちゃま。虎ちゃんと(じゅん)ちゃんが、また何か仕出かしたんですか?」


 通り掛かった宝神が、首をかしげながら、正座したままの鵲と東雲を見下ろした。

 二人は情けない顔を宝神に向け、


「ひっでーなぁお福さん。『また』とか『仕出かした』とかって、そんな言い方あんまりじゃねーか?」

「そうですよ! それじゃあまるで、年中何かしら失敗してるみたいじゃないですか!……って、まあ……たまには、そりゃ……イロイロあったりします、けど……」


 思い思いの意見を述べ、不満そうに口をとがらせる。

 宝神はフンと鼻を鳴らし、腰に手を当て、呆れ顔で言い返した。


「なーに言ってんだい! あんたらが(そろ)うと、いつもろくなことになりゃしないじゃないか! それでも、龍之助様と坊ちゃまが大目に見てくださってるから、ここで長いこと働いてられるんだよ? そのありがたみが、よーくわかってんだろうね?」


「う――っ」

「わ、わかってるよ。坊ちゃんと龍之助様には、どんだけ感謝しても足りねーくれーの恩を受けてるってこたぁ、俺らだってよーくわかってるって!」

「……本当に、わかってんのかねぇ?」


 宝神は鵲と東雲から視線を外し、二人に向けていたしかめっ面とは正反対の、にこやかな表情を龍生に向ける。


「坊ちゃま。御夕食まで、もう少々お時間いただきたいのですけれど、よろしいでしょうか? 本日は、アイロン掛けを途中でほっぽり出した、無精者(ぶしょうもの)がおりましてね。私が代わりに片付けてましたら、御夕食の支度に入る時間が、いつもより遅れてしまいましたんですよ。まあまったく、近頃の若い人達ときたら、自分のやるべきことすら、まともに出来やしないんですから。まったく、困ったものでございますねぇ」


 表情とは対照的な、嫌味たらしい愚痴(ぐち)を並べ立てる宝神に、(いま)だ正座中の二人は、ギクリと顔をこわばらせる。


 東雲は、自分のことを言われているのだと、すぐに気付いた。

 しかし、情けないやら恥ずかしいやらで、口をギュッと結びながら、真っ赤な顔でうつむくことしか出来ない。


 正直なところ、『何もそんな、わざわざ坊ちゃんの前で言わなくても』と、少しだけ、宝神を恨めしくも思っていた。


 宝神は尚も続けて。


「おやまあ。最近の若い人は、自分の仕事を他人(ひと)にやってもらっても、何とも思わないんでございますねぇ。ここは、『代わりに仕事を片付けていただきまして、ありがとうございました。ご迷惑お掛けしまして、誠に申し訳ございません』とでも、言うべきとこじゃありませ――」


「お福さんッ!! 私の仕事を代わりに片付けていただきまして、ありがとうございましたッ!! それから、大変ご迷惑をお掛けしまして、誠に申し訳ございませんでしたぁーーーッ!!」


 宝神の〝ネチネチ嫌味攻(口)撃(こうげき)〟に、耐えられなくなったらしい。

 東雲は、大声で御礼と謝罪を伝えると、正座したまま、深々と頭を下げた。


 鵲も慌てて頭を下げ、


「お福さん、申し訳ありませんッ!! 仕事中のトラをムリヤリ引っ張って来て、サボらせたのはこの俺なんです!! いつものトラなら、絶対、自分の仕事を途中で放り出したりなんかしませんッ!! 今日のことは、全部俺のせいなんですッ!! だから――っ! だから、どうかトラのこと、悪く思わないでやってくださいッ!! お願いしますッ!!」


 床に頭を(こす)り付ける勢いで、必死に謝罪する。

 宝神は、やれやれといった風にため息をつくと、苦笑いして、二人を交互に見やった。


「まーったく。職場放棄(ほうき)は感心出来ゃしないけどね。あんたらが――……まあ、出来不出来は別として、普段は真面目に仕事に取り組んでるってこたぁ、よーくわかってるよ。今日は何か、よっぽどの事情があったんだろう? もういいから、頭上げな」


 〝龍生の様子がいつもと違うようだったので、こっそり見に来た〟という行為が、〝よっぽどの事情〟とやらに当てはまるのかどうか、(はなは)だ疑問ではあるが。

 宝神はそういうことにして、一応納得したらしい。


 二人は同時に顔を上げ、キラキラした瞳で宝神を見つめると、もう一度頭を下げた。


「すまねえ、お福さんっ! マジで感謝するっ!」

「ありがとうお福さんっ! 恩に着ますっ!」


 宝神はいいよいいよと言って、二人の頭をクシャクシャと撫で回すと、龍生を振り返った。


「坊ちゃま。この子達も、こうして反省しておりますし、許してやってくださいませんか? この子達の謝罪だけでは足りないのでしたら、私も頭を下げますので」


「いやっ! お福さんは関係ねーしっ!――坊ちゃん、もう二度と、あのようなことはいたしません! どうかお許しくださいッ!!」

「そうですっ! お福さんが頭下げなきゃいけないくらいなら、俺達が何度だって下げますからっ!」


 龍生は三人の顔を見回すと、(ひたい)を押さえ、ハァとため息をついた。


 いつの間にか大袈裟なことになってしまっているが、もともと、勝手に土下座していたのは、鵲と東雲の方ではないか。

 自分は、土下座して謝罪しろなどとは、一言も言っていない。


 宝神に言われなくても、データさえ消去し終わったら、二人共に、(すみ)やかに仕事に戻らせるつもりでいたのだ。


「もういい。おまえ達、さっさと持ち場に戻れ。今日の仕事が、全て片付いているのであれば、そのまま母屋に戻り、明日に(そな)えるなり、夕食を済ませるなり、休むなり、好きにすればいい。――お福。俺は夕食まで自室にいることにする。用意が出来たら呼んでくれ」


 龍生はそれだけ伝えると、自室に向かうため、螺旋状(らせんじょう)の階段を上って行く。


 背後から『ありがとうございますっ、坊ちゃん!』『坊! 本当に、もう二度とあのようなことはいたしませんので、どうか見捨てないでくださーーーいっ!』というような、二人の声が聞こえて来たが、あえて無視した。


 許しはしたし、二人を見捨てる気など最初からないが、盗撮行為については、まだ腹が立っているので、(きゅう)()える意味で、わざと冷たくしてみたのだ。




 自室に入ると、龍生はまっすぐベッドに向かい、うつ伏せに倒れ込んだ。

 そのまま体を半回転させ、仰向(あおむ)けになると、両手で目元を(おお)い、


「……最悪だ」


 ポツリとつぶやく。



(まさか、あんな恥ずかしいところを、鵲と東雲に見られていたとは。しかもそれを、お祖父様にまで知られてしまうなんて。……ああ、まったく。いったい何をやっているんだ、俺は?)



 データを消去する前に確認した、自分のみっともない姿が、まざまざと脳裏(のうり)に浮かぶ。


 瞬間、脳内が沸騰(ふっとう)し、頭から湯気が出ているかのような感覚が襲って来て、妙な汗が、体のあちこちから(にじ)み出て来るのが感じられた。……死ぬほど恥ずかしかった。


 スマホのデータと同じように、その部分だけを、(おのれ)の記憶から永遠に、完全に、消してしまえぬものか。

 無理だとわかっていても、そう願わずにはいられなかった。



(あんなところを、もしも咲耶に目撃されようものなら、迷わず死を選んでいたかもしれない。何なんだ、あの……だらしなくニヤついた顔は。……咲耶だけじゃない。結太に見られていたとしても、俺は死ねる気がする)



 恋とは、かくも見苦しく、人を変貌(へんぼう)させてしまうものなのだなと、つくづく思い知る。

 だが、不思議なことに、『こんな風になってしまうなら、もう恋などしたくない』などとは、一度も思わなかった。

咲耶に噛まれた〝痕〟を見ては、一人ニヤつく龍生……。

『変態か!?』と思われた方がいらっしゃいましたら、ごめんなさい……(いえ。龍生はMではないのですが)


――というわけで、第7章はここまでとなります。

お読みくださり、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ