第14話 東雲と鵲、当主に盗撮を発見される
声の主が龍之助だと覚ると、東雲と鵲は同時に振り向き、その場で土下座した。
「もっ、申し訳ございません! 龍生様のあまりのレアな姿に、つい――」
「てっ、手が勝手に動きまして! 悪気はなかったんです! どうかお許しくださいっ!」
何をしているのか訊かれただけなのに、とりあえず最初に謝ってしまうのが、雇われている側の、条件反射というものなのか。(まあ、盗撮行為に及んでいたのだから、罪悪感からとっさに謝ってしまうのは、当然とも言えるだろうが)
だが、龍之助は二人の謝罪の言葉を聞くまで、撮影している対象物が、龍生であることを知らなかったらしい。
叱るつもりで声を掛けたわけではないので、いきなり二人に頭を下げられ、戸惑ってしまった。
「何だ、おまえ達。藪から棒に。……ん? そう言えば、今、〝龍生のレアな姿〟がどうのとか言っておったな。レアな姿とは何だ? 私にもわかるように説明してくれ」
二人はうっと詰まり、お互いに顔を見合わせてから、龍生をこっそりと撮影するに至ったまでの話を、代わる代わる説明し始めた。
龍之助は、話を全て聞き終わると、瞳を爛々と輝かせ、
「なんと! 赤城から、龍生の様子が普段とは違うようだとの知らせを受け、何が違うのかと、好奇心に駆られてここまでやって来てみれば……よもや、そんな面白い状態の龍生を、知ることが出来ようとは!」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべてから、腕を組み、うんうんと何度もうなずく。
そして両足を広げ、仁王立ちして上方の一点を見つめると。
「それは、やはりあれだな! まず間違いなく、〝恋の病〟にかかっておるな!――うむ。絶対そうに違いない!」
「えっ!? 恋の病!?」
「坊ちゃんがですかっ!?」
自信ありげに断言する龍之助に、鵲と東雲は、意外そうに目を見開いた。
……いや。
以前、桃花を家に連れて来た時は、龍之助も、鵲ら、秋月家で雇われている者達も、龍生の彼女と認識していた。
龍生が恋の病にかかっていても、不思議でも何でもない……はずだった。
しかし、無人島で、結太と二人きりにさせようと仕向けた相手が、咲耶ではなく、桃花だったということがわかった時、東雲も鵲も、『おや?』と首を捻ることになった。
何故、恋人であるはずの桃花と、友人の結太を、わざわざ二人きりになどさせたがるのだ?
それに、考えてみれば、結太が鵲に投げ飛ばされて気絶してしまった時、結太のベッドの傍らにいたのは、桃花だった。
そしてその時、龍生はと言うと……咲耶と共に、無人島に行っていたのだ。
……おかしい。
明らかにおかしい。
自分の恋人を放っておいて、恋人の友人である咲耶と、二人きりで無人島に渡るなど、普通ならばあり得ない。
恋人のはずの桃花が、嫌がる様子も見せず、二人を島に行かせたというのも、考えてみれば妙な話だ。
そう思った二人は、改めて、龍生のこれまでの言動を、注意深く振り返ってみることにした。
最初から考えて行くと、どうやら、龍生は桃花を好きだというわけではなく(友人としては好きなのだろうが、そういう意味の好きではなく)、結太と桃花の仲を、取り持とうとしているだけなのでは?――ということが、薄々だがわかって来たのだ。
(そうか! 伊吹様のことが好きなのは、龍生様ではなく、結太さんなのか! 龍生様は、結太さんの恋を応援するべく、色々と策を巡らせ、実行してらっしゃるんだな!?)
そういう結論に達した二人は、『坊(坊ちゃん)の恋のお相手は、まだ現れていない』と、認識を改めたばかりだった。
それなのに、今の龍之助の発言が真実だとすると、龍生には、桃花以外に好きな人がいる――ということになる。
「坊ちゃんが恋の病……」
「恋煩い、ってヤツか。……なるほど。そう考えると、あの不可解な行動の意味も、何となくわかって来るな」
「うん。あの歯形は、好きな人に付けられた……ってことになるね」
「ああ。間違いねーな。手の甲を口元に持ってってたのは、やっぱキスだ。好きな人に付けられた傷だと思うから、キスしたい気持ちにもなったんだろうぜ」
再び顔を見合わせ、二人は大きくうなずき合った。
「しっかし、あの坊ちゃんが恋煩いたぁなぁ……。俺も年食うはずだぜ」
「うん。おめでたいことだけど、坊が遠くに行っちゃうみたいで、なんかちょっと寂しいな……」
幼い頃から共にいる二人だ。感慨もひとしおなのだろう。
鵲などは、うっすら涙すら浮かべている。
龍之助も、同意するようにうなずいてから、
「うむ。では、龍生の手に噛み付いたとかいうその女子が、恋人候補というわけだな。……フッフ。まあ、それが誰かという見当は、とうに付いておるが……。一応、確認はしておかんとな」
などと言い、二人に向かって命じた。
「鵲。東雲。そういう訳だ。その女子が誰なのかを突き止め、私に報告しろ。期間は特に設けんが、早い方がいいな」
「ええっ!? 坊ちゃんに噛み付いたお相手を!?」
「それをお知りになって、どうなさるおつもりなんですか?」
「べつに、どうするつもりもない。孫の恋の相手がどういう娘なのか、知っておきたいだけよ。……フッフッフ」
龍之助は顎を親指と人差し指で挟み、何度か撫でると、またうんうんとうなずいた。
そして一拍の後、クワッと目を見開くと、
「そうだ! おまえ達、先ほど龍生のレア写真だか映像だかを、撮っておったんだったな?」
「――は、はい」
「こ、ここに……」
二人は恐る恐る、自分のスマホを差し出す。
龍之助はそれを受け取ると、満足げに言い放った。
「よし、でかした!――おまえ達、後で、この龍生のレア写真だか映像だかのデータを、私のスマホに送――」
「誰の、何の写真だか映像だか……ですって?」
龍之助の言葉をさえぎる、馴染みのある落ち着いた声。
その声が耳に入ったとたん、三人はギクリとして動きを止めた。
声の主は、当然龍生だ。
彼はゆったりとした口調で、龍之助に問い掛ける。
「お祖父様。お手に持っていらっしゃるそのスマホに、何のデータが残されている……とおっしゃいましたか?」
「……う、あ……。いやっ、これは……その……」
うっすらと笑みを浮かべてはいるが、確実に龍生は怒っている。一瞬にして、龍之助はそれを理解した。
何故そう思ったかと言うと、龍生の背後からウネウネと立ち昇る、ドス黒い怒りのオーラのようなものが見えた(ような気がした)のだ。
それは龍之助だけでなく、鵲と東雲の目にも見えた(気がした)。
龍生は、龍之助の手からスマホを取り上げると、鵲と東雲の目の前に突き付け、微笑しながら(目は全然笑っていないが)訊ねる。
「これは、おまえ達のものだな?……いったい、何のデータが残ってるって?」
「え……。いえ、あの……」
「それは……ええと……」
二人とも、妙な汗を掻きつつ、真っ蒼な顔で主を見上げている。
すぐに答えを得られないことにイラついた龍生は、更にニッコリと笑って。
「答えない気か?……そうか。おまえ達がそういうつもりなら、べつに構わないが……」
「――え?」
「ぼ……坊ちゃん……?」
龍生は二人のスマホを、右手と左手それぞれに持ち、彼らの眼前にかざす。
「白状しないのであれば、仕方ない。あらゆる道具を用い、粉々になるまで叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて、このスマホをぶち壊すが……それで文句はないな?」
「ヒィッ!!」
「それだけはッ!! それだけは勘弁してください坊ちゃんッ! そこには、妹の幼少期から結婚するまでの写真やら動画やら通話記録やらメールのやり取りやらの、全てのデータが入ってんですよぉッ!!」
「うるさいッ!!」
龍生の一喝に、二人の体はビクゥッと揺れる。
「いいか、俺は本気だ。今すぐ、俺のレアなデータだか何だかを消去しなければ、確実におまえ達のスマホを壊してやる。それでもいいのか?」
「嫌ですッ!!」
二人の声が重なる。
龍生は満足げにうなずくと、両名ににスマホを返した。
「すぐ消せ」
「はいッ!!」
「承知しましたぁッ!!」
二人は即座に、先ほど撮った龍生の写真と、動画を消去しようとしたのだが、その一歩手前で、
「待て。――消去する画像が、本当に俺のものかどうか、一応確かめる。こちらに渡せ」
龍生に命じられ、二人は顔を見合わせた後、恐る恐るスマホを差し出した。
それらを受け取り、龍生は素早く、画面に目を走らせる。
――と、みるみるうちに顔が赤く染まって行き、
(――あ。またレアな顔……!)
鵲と東雲が同時に思った瞬間、
「消せッ!!」
二人にスマホを返し、赤く染まった顔のまま、鋭い声で命じた。