第10話 結太、険悪な龍生と咲耶に困惑する
咲耶から『ユウくん』の話を聞き出すために、まずは二人きりにならなければならない。
龍生は咲耶の横に立ち、
「保科さん。今日は、ここまで電車で来たの? 雨の中、大変だったろう? 君さえよければ、帰りは家の車で送って行くけれど……どうかな?」
ニッコリと微笑み掛けながら、そう申し入れた。
車内なら、誰の目も気にすることなく、話が出来る。
運転席には安田がいるが、彼は信用出来る人物だし、こちらの事情もよく知っている。聞いた話を吹聴して回るようなことは、絶対にしないはずだ。
だが、龍生の思惑も空しく、咲耶は即座に、『結構だ』とつれなく断って来た。
「ここまで来るのに掛かった時間は、電車で十数分、バスで数分。そこまで大変だったわけでもない。わざわざ車なんかで送ってもらわずとも、一人で帰れる」
「……まあ、そうかもしれないけれど。大変ではなかったとしても、電車とバスを乗り継ぐよりは、早く家に着けるし、手間もお金も掛からないだろう?」
「べつに、急いで帰らなければならんような用事はない。金だって、数百円の交通費しか掛からん。自分の小遣いで事足りる。何の問題もない。……おまえ、帰りたいのか? だったら、さっさと一人で帰ればいいじゃないか」
咲耶の返しは素っ気なく、取り付く島など全くない。
龍生はやれやれと思いながらも、どうにか気持ちを奮い立たせ、話を続けた。
「……いや。今すぐ帰りたいというわけではないよ。雨も強まって来ているようだし、保科さんが雨に濡れて、風邪でも引いたら大変だと思っ――」
「心配無用だ! 一昨日の暴風雨に晒されても、風邪など引かずに、こうしてピンピンしている。昔から体は丈夫なんだ。残念だったな!」
二人の間に流れるピリついた空気に、結太はギョッとして目を見張った。
戸惑いつつ、彼らの顔を交互に見つめる。
自分の知らないうちに、ケンカでもしたのだろうか?
龍生はまだともかく、咲耶の言葉や声の響きは、鈍い結太でさえ、すぐに気付いてしまうくらい、トゲトゲしていた。
「お…っ、おい。二人ともどうかしたのか? なんか、すっげー雰囲気悪くねー?……って、オレの気のせーか? 気のせーならいーんだけど……」
心配になって、結太は二人の顔色を窺う。
龍生は否定しようと口を開いたが、それより先に、咲耶が声を上げた。
「そうだな。雰囲気は良くなりようがないな。こいつはいっつも何を企んでいるのかわからんし、人の気持ちなどお構いなしに、あれこれ仕掛けて来るからな。信用ならんことこの上ない」
「えっ?……『あれこれ仕掛けて来る』――って、龍生がか?」
結太は不思議そうに首をかしげてから、龍生に顔を向けた。
「龍生。おまえ、保科さんに何かしたのか?」
「……ああ。嫌われても仕方のないことをした」
「へー。嫌われても仕か――……って、ええッ!?」
肯定されるとは思っていなかったらしく、普通に相槌を打とうとした途中で、結太が驚きの声を上げる。
慌てて咲耶に目をやると、龍生を睨むかのような、厳しい顔つきをしていた。
「嫌われても仕方ないって……。おい、何したんだよ? 悪いと思ってんなら、さっさと謝っちゃえよ。保科さんだって、ちゃんと謝れば許してくれるって」
チラチラと咲耶を窺いながら、結太はヒソヒソ声で龍生に告げる。
咲耶が目の前にいるのだから、声を潜めても意味がないだろうと思いながら、龍生は苦笑した。
「さあ、それはどうだろうな。先ほどの様子だと、いくらこちらが謝ったところで、許してくれる気はないような印象だったが。……どうせ、とっくに嫌われている。今更謝ったって、どうにもならないだろう」
龍生の投げやりとも取れる言葉に、咲耶はカチンと来た。
まるで、『関係修復する気はない』と、言っているように思えたのだ。
「ああ、そうだな! おまえのやることは、どれも犯罪まがいのことばっかりだったからな! あんなことされても許せるって奴は、よほど心が広いか、天使みたいな人なんだろうよ! 残念ながら、私はどちらでもないんでな! 許せることにも限度があるんだ、生憎だったな!」
咲耶が言い放った言葉の内容に、結太は少なからずショックを受けた。
今、『犯罪まがいのことばかり』と聞こえた気がしたが、龍生がそんなことをするとは、とても思えなかった。きっと咲耶の勘違いだと、結太は慌てて口を挟んだ。
「ちょ…っ、ちょっと待ってくれ保科さん! 龍生が犯罪まがいのことしたなんて、そんなことあるわけねーって! 前も言ったろ? こいつ、何考えてるかわかんねーとこあっけど、結構正義感はあんだって。犯罪に手を染めっとか、あるワケねーって」
「だから何だ!? そいつの言うことが全て正しくて、私が間違っているとでも言いたいのか!? 私が嘘をついてるとでも!?」
「え……、ち、違――っ! そーじゃねーよ! そーじゃねーけど、ただ…っ」
結太は困ったように眉根を寄せ、龍生を一瞥してから、また咲耶の方を向いた。
そして落ち着かせるよう、なるべく穏やかな口調で話し掛ける。
「ただ、その……保科さんが間違ってるとか、嘘ついてるとかじゃなくて、えーと……。なんか、誤解っつーか、勘違いっつーか……二人の間に、すれ違っちまってるよーなことが、あったんじゃねーかなーって思っ――」
「誤解!?――勘違い!? 私がか!?……ハッ。結局そうなるんじゃないか。私の方が全て悪いって言うんだろう? 何があったか知りもしないで、幼馴染のことは無条件で信じるんだ。麗しい友情って奴か。ああ、まったくおめでたいな、おまえって奴は!!」
咲耶の怒りは、いつの間にか、龍生から結太の方に移っていた。
ろくに話を聞きもせず、最初から咲耶の方が勘違いしているのではと、決めて掛かっている結太に、無性に腹が立ったのだ。
「そんな惚け者だから、仮面王子なんかに簡単に騙されるんだ! こいつがおまえに何をしたか、教えてやろうか? それを知っても尚、おまえはこいつを、信用出来る奴だなんて思えるんだろうな!?」
「え…っ? オレに、龍生が何をしたか――?」
何故、ここでいきなり、自分の話になるのだろう?
今は、咲耶の話をしていたのではなかったのか?
それに、龍生が自分に何をしたかとは、いったい……?
結太は訳がわからず、ポカンとしている。
別荘の部屋に盗聴器を仕掛けられていたとも知らず、呑気に龍生のことを信じ続けている結太が、哀れにも思えて来たが、それでも、怒りの方が大きかった。
「もういい!! そうやっておまえは、バカみたいにそいつのことを信じてればいいだろう!? 後で傷付いたって、私は知らんからな!! 慰めてなんかやらないんだからな!! この…っ、あほんだらがぁあああああッ!!」
結太に向かってそう叫ぶと、くるりと背を向け、咲耶は病室を飛び出して行った。
「咲――っ、……保科さんっ!!」
何事が起ったのかと、結太が呆然とする中、龍生は慌てて、咲耶の後を追う。
自分が追って行っても、拒絶されるだけだとわかっていたが、追わずにはいられなかった。
二人が出て行った後も、やはり結太は呆然としたまま、戸口の方を見つめていた。
それから一分ほど経った頃、
「……何なんだよ、いったい……?」
何が起こったのか理解出来ないまま、ポツリとつぶやいた。