第4話 東雲と鵲、主人を案じドアの外で右往左往する
秋月家母屋の一室。
鵲と東雲は、先ほどから忙しなく、前の廊下を行ったり来たりしていた。
室内には、龍之助と龍生がいる。
家に帰ってから、一息つく暇もなく、龍生は龍之助に呼び出されたのだ。
きっと、今回のことで、龍之助から大目玉を食らっているのだろう。
そう思うと、二人はじっとしていられず、御主人の帰りを待つ飼い犬のごとく、部屋の前でウロウロしているわけなのだった。
「ああ~~、坊~~~。部屋に入られてから、もう三十分は経つって言うのに、全然出ていらっしゃらない~~~」
「よっぽど、キッツイ説教食らってんだろうぜ。龍之助様、普段は坊ちゃんに甘ぇーけど、怒らせたら死ぬほど怖ぇーからなぁ。……あ~~っ、心配だぁ~~~っ!」
組んでいた両腕を解くと、東雲は両手で頭を掻きむしった。
この二人、実は、プライベートでは『トラ』『サギ』と呼び合う、幼馴染同士なのだ。
この家に雇われたのも同時期で、お互い、家族よりも長い時間を、共に過ごして来ている。
二人の主な仕事は、〝龍生専属のボディガード〟ということになっているが、年がら年中、龍生の側についているわけではない。
空いている時間は、軽い庭仕事や、家具などの修繕、電気機器や防犯関連のチェックなどもするし、龍生に命じられれば、探偵の真似事だってする。
まあ、言ってみれば、秋月家の雑用係。
それがこの二人の、本職のようなものだった。
それからしばらくの後。
ようやくドアが開き、龍生が姿を現わした。
彼は二人に気付くと、一瞬、意外そうに目を見張った。
軽くため息をついてから、部屋の中に向かって『それでは、失礼いたします』と声を掛け、ドアを閉めると、二人を振り返る。
「こんなところで、何をしている? 今日は疲れたろうから、早く休めと言ったはずだが」
「そんな! 坊が、龍之助様にお叱りを受けていらっしゃる時に、おちおち眠ってなどいられません!」
「そーですよ坊ちゃん! いくら疲れたからって、まだ夕方じゃねーですか! ガキじゃねーんですから、こんな時間から寝てなんかいらんね――……っじゃなくて! 呑気に寝てなんかいられませんって!」
興奮気味に迫って来る二人を、龍生は呆れ顔で見返した。
心配してくれるのはありがたいが、大男二人に大声で訴えて来られては、暑苦しくて堪らない。
「ああ、わかった。叱られて、うな垂れて出て来るであろう俺を慰めようと、待っていてくれたんだな? だが、気に掛けてくれたところ申し訳ないが、べつに俺は、お祖父様にお叱りなど受けていないぞ」
「えッ!?」
「そ…っ、そーなんですかっ!?」
長いこと部屋から出て来なかったものだから、てっきり、キツいお叱りを受けているのだろうと、二人は思っていたのだが。
「じゃっ、じゃあ、だったらどーして、こんな長いこと、龍之助様のお部屋に?」
「一時間近くも、出ていらっしゃらなかったじゃないですか!」
龍生は、尚も迫って来る二人を片手で制した後、深々とため息をついた。
「雑談の後、将棋の対局を申し込まれてな。……一局だけ、お相手をしていた」
「将棋ッ!?」
「将棋指してたんですかっ、今まで!?」
驚く二人を前に、龍生は『ああ、そうだ』とうなずき、うんざりした顔つきで、再びため息をついた。
昨夜は、暴風雨が吹き荒れる前に、少々眠った程度だ。
その後は、無人島の結太達のことが気掛かりだったため、一睡もしていない。
いろいろなことがあり過ぎて、疲労困憊だった。一刻も早く、部屋に戻って横になりたいと、龍生は願っていた。
それなのに、帰ったとたんに〝将棋を一局〟だ。
いったい、どういった了見なのだろうと、祖父の神経を疑った。
あんなことをさせられるくらいなら、一喝された方が、よほどマシだったろう。
「そういうわけで、更に疲れが増してな。今日はお福に頼み、早めに夕食を済ませて、眠ることにする。それまでは……そうだな。シャワーでも浴びているか」
「坊、シャワーじゃ疲れが取れませんよ。ゆっくり、風呂に浸かられてはいかがです?」
龍生の体調を気遣ってか、鵲が進言して来たが、龍生はゆるゆると首を振った。
「風呂に浸かると、そのまま眠ってしまいそうだからな。今日ばかりは諦めて、シャワーにしておく」
「……な、なるほど。それは危険ですね。シャワーにしておいた方がよさそうです」
うなずいてから、龍生は離れに戻るため、二人に背を向けた。
――が、何か思い出したかのように足を止め、振り返る。
「二人とも、いろいろと迷惑掛けてすまなかったな。今日はもう、俺のことは構わなくていい。なるべく早く休んでくれ。また明日から、よろしく頼む」
「はっ、はいっ!!」
「もちろんです、坊ちゃん!」
龍生は軽くうなずくと、あくびを噛み殺しつつ、離れへと戻って行った。
鵲と東雲は、龍生の姿が見えなくなると、急に心配になり、
「坊ちゃん、なんかすっげー疲れてる感じだったな。ちっとばかし、足元がふらついてたし……」
「離れまでお送りした方がよかったかな?……なあ。どう思う、トラ?」
「う~ん、でもなぁ……あんまり過保護にすっと、坊ちゃん怒るだろぉ~? 『いつまでもガキ扱いすんじゃねー!』ってさ。……いや。こんな言い方はしねーけど」
「……だなぁ。坊ももう高校生だし、大丈夫かな」
「ああ、大丈夫だろ。離れに戻るだけだし。外灯もついてるしな」
「……うん。そうだな。離れには、お福さんもいるし」
「そーそー。後は、お福さんにお任せするとしよーぜ。坊ちゃんも、早く休めって言ってたろ?」
龍生と宝神は離れに住んでいるが、鵲と東雲は、基本、母屋の方に住んでいる。(龍生が夜間に二人を必要とした場合は、離れの方に泊まることもあるが)
龍生が幼い頃は、心配して、離れに泊まることも多かった二人だが、龍生が中学に上がる頃には、呼ばれることも、かなり少なくなっていた。
そのことが、少し寂しい気もしたが……龍生が成長した証だろうと、それぞれが自分に言い聞かせていた。
龍生とは、一回りも年が離れている二人だが、あることがあって以降、龍生(と龍之助)には、絶対の忠誠を誓っているのだ。
あることとは、何なのか。
それについては、もう少し先で判明することになるので、ここでは語らないこととする。
まあ、つまりは。
一回りも年が離れている主人のことが、心から好きで堪らない、従者二名なのだった。