表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/297

第3話 咲耶、車中で桃花の身を案じる

 桃花を自宅まで送った後、安田が運転する黒塗りの高級車は、咲耶の家に向かっていた。

 助手席には、鵲が座っている。

 咲耶は後部座席に一人で座り、窓の外を、見るともなしに眺めていた。



(桃花、ずっと蒼い顔をしていたが……大丈夫だろうか? 昔から、免疫力(めんえきりょく)が高い方じゃなかったからな。風邪などでなければいいんだが……)



 桃花の具合が悪くなったのは、精神的な理由によるものが大きい。

 咲耶はそのことには全く気付いておらず、桃花の体の心配ばかりしていた。


 桃花は、咲耶が結太の首元に付けた()()の話が出た後に、具合が悪くなった。

 それに加えて、咲耶は龍生から、『桃花は結太のことが好きらしい。もしくは、かなり気になっているようだ』という話を聞いている。


 この二つを合わせて考えてみれば、桃花が具合が悪くなった原因は、〝歯形の話〟にあると、すぐに気付いてもよさそうなものなのだが……恋愛事に(うと)い彼女には、気付くことが出来なかったようだ。


 桃花に、『咲耶ちゃんは、楠木くんのことを好きになっちゃったのかもしれない』などと思われてしまっているとは、夢にも思わず、咲耶はひたすら、『桃花が風邪を引いていませんように』ということだけを祈っていた。


「あっ! そうだ安田さん。保科様のご自宅は、ご存じなんですか?」


 桃花を送り届け、またしばらく走った後、思い出したように、鵲は安田に訊ねた。

 そう言えば、家の場所を訊かれていないなと、咲耶は運転席の安田に目をやった。


「……ええ。事前に確認済みです。問題ありません」


 ルームミラー越しの安田は、表情一つ変えず答える。

 鵲は、『さすが安田さん! 坊――いえ、龍生様のご友人に関する情報は、全て頭に入ってるんですね』などと感心している。


 だが、咲耶にしてみれば、こちらが教えてもいないことを、(すで)に知られてしまっているというのは、正直言って、あまり良い気はしなかった。



(まあ、この人達は(やと)われている身だ。主人の(めい)には、嫌でも従わなければならんのだろう。あの仮面王子の我儘(わがまま)に、年中付き合ってやらねばならんのだから、大変だろうな。心から同情する)



そんなことを思いつつ、再び窓の外に目をやると、家の近所に差し掛かっていることに気付いた。

 咲耶は、『ここからなら歩いて帰れる』と、降ろしてくれるよう安田に頼んだのだが、


「いいえ。坊には、必ずお家までお送りし、ご家族の方々にご迷惑をお掛けしたことを、よくよくお()びして来るようにと、申し付けられておりますので。ここでお降りいただくわけには参りません」


 ただでさえ強面(こわもて)の顔を、更に(きび)しく引き締め、鵲が言い張る。


 近所の手前、こんな目立つ車で家の前に乗り付けられては、かえって迷惑だと伝えると、『それでは、家の少し手前で降りていただきます。後は私が、直接家までお送りいたしましょう。安田さんは、車内で待っていてください』ということになった。


 わざわざ家まで送ってくれなくてもいいのにと、咲耶は面倒(めんどう)に思ったが、秋月家の立場上、そういうわけにも行かないのだろうと、諦めることにした。



 家に着くと、鵲は咲耶の母親に向かって深々と頭を下げ、いつの間に用意したのか、菓子折りの入った紙袋を差し出していた。

 咲耶の母は、『あらあら。ご丁寧(ていねい)に、どうもすみません』などと言って受け取っている。


 大人のやりとりが長くなりそうだったので、咲耶は鵲に軽く挨拶すると、さっさと靴を脱いで居間に向かった。


 居間に入って荷物を床に置くと、咲耶はソファに座って一息ついた。

 普段ならこの辺りで、小学一年生の弟達(ちなみに双子だ)がまとわりついて来るのだが、どこかに遊びにでも行っているのか、家の中は妙に静かだった。


 今は連休中なので、家にいるだろうと思っていた父の姿も見当たらない。

 どこに行ったのかと、居間に入って来た母に訊ねると、弟達にせがまれ、少し遠くにある、大きな公園まで遊びに行っている、ということだった。



(――ということは、今家にいるのは、私と母様(かかさま)だけか。……フン。ちょうどいい。()()()()を訊いてみよう)



 余談だが、咲耶は母親のことを、家では『かかさま』と呼んでいる。父親は『ととさま』だ。


 決してふざけているわけではない。

 幼い頃、祖父や祖母と観ていた時代劇で、子役がそう呼んでいたので、真似(まね)して呼んでいたら、すっかり癖になってしまったのだ。

 咲耶の台詞に、時折、時代掛かった言葉が混ざるのは、その頃の影響が大きいからだろう。


 咲耶は急いで二階に駆け上がると、自室で部屋着に着替え、キッチンにいる母の元へ向かった。


 母の時子は、夕食の支度の真っ最中だったらしい。まな板の上で、黙々と豚肉の筋切りをしていた。


「母様! 私の部屋の写真を撮って、秋月に渡したって本当なのか!?」


 開口一番(かいこういちばん)、咲耶は時子の背に問い掛ける。時子は顔だけくるりと振り向き、


「え、写真? 写真って……」


 つぶやいた後、首を(ひね)りつつ黙考していた。

 だが、すぐに『ああ!』と声を上げると、『そうそう。撮ったわよ~。もう、結構前のことになるけど』と、咲耶が呆れてしまうほどあっさりと白状した。


「何故そんなことを!? いくら秋月家が、この辺りでは有名な金持ちだからと言って、個人情報を簡単に渡してしまうなんて、どうかしている! 母様は、危機管理というものが全くなっていない!」


 しかも、年頃の娘の個人情報を男に売る(いや、実際に売ったわけではないだろうが)など、正気の沙汰(さた)とは思えない。大いに反省してくれと、自戒(じかい)(うなが)す。

 時子はニコニコ笑って聞いていたが、咲耶の言い分を聞き終わると、以下のように反論した。


「あら~。だって、あの秋月さん家の龍生くんよ~? 変なことに利用するとは思えないし、無断で売るとも思えないし。べつにいいじゃない、部屋の写真くらい。ベッドの上に下着が散乱しているところを撮ったって言うなら、お母さん、責められても仕方ないなーと思うけど。そんなもの、ひとつも写ってなかったでしょ?」



(――って、下着が写ってなきゃいいとか、そういう問題でもないだろう!?……第一、『変なことに利用するとは思えない』と言うが、現に、その写真利用して、思いっきり脅迫されたんだが!?)



 母親の無責任な返答に、怒りと呆れ半々くらいの気持ちを抱きながら、咲耶は絶句した。

 日頃から、抜けていると言うか、何か、どこか足りないんじゃないかと思えるところはあったが、ここまで(ひど)いとは思わなかった。


 どれだけ秋月家を信用しているのか知らないが、それは親の都合だろう。娘まで巻き込むのはやめてほしいと、ゲンナリした。


「ウフフッ。そんなことより、今日は咲耶の大っ好きなトンカツよ~。夕食、楽しみにしてなさいね~」


 時子は何事もなかったかのように、再び豚肉の筋切りを開始する。

 咲耶も、〝トンカツ〟と言われた瞬間、腹がぎゅるるるると鳴り始め、



(そうだ。今日はいろいろゴタゴタしてたから、昼飯を食う暇がなかったんだ)



 ということを思い出した。


 そうするともう、咲耶の頭は、夕食のことでいっぱいだ。写真のことなど、スコーンとどこかへ飛んで行ってしまった。

 悲しいかな、結局、咲耶と時子は、似た者親子なのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ