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第14話 桃花、体調を悪くする

 病室に入ったとたん、龍生は部屋の空気がおかしいことに気が付き、素早く周囲へと視線を走らせた。


 正面のベッドの上では、結太が蒼い顔をして、どこか一点を見つめている。

 視線を追うと、咲耶、菫、鵲が、桃花を囲むようにして立っていた。


 状況から見て、桃花(結太もか?)に何かあったのは明白だ。

 龍生はまず、桃花に向かって声を掛けながら、彼女の方に近付いて行った。


「伊吹さん?――どうしたんだ? 何かあったのかい?」


 龍生の声に反応し、上を向いた桃花の顔色は、ギョッとするほど蒼白い。

 いったい何があったのかと、再び訊ねようとしたところ、


「秋月! 桃花の体調が悪いようなんだ。本人は大丈夫だと言い張るんだが、昨日からいろいろあったから、疲れが出てしまったのかもしれない。早く家に帰って休ませたいんだ。私と共に、家まで送ってくれないか?」


 見ると、咲耶も桃花同様、蒼い顔をしていた。

 きっと、桃花のことが心配で堪らないのだろう。


「体調が悪い?……わかった。外で安田を待たせてあるから、いつでも送って行けるよ。――鵲。二人を、安田のところまで案内してあげてくれ」

「あ、はいっ。承知しました。――坊はいかがなさいますか?」


「俺はもう少しここにいる。悪いが、二人を送ったら戻って来てくれるよう、安田に伝えてくれ」

「は、承知しました。――それでは、参りましょう。伊吹様、保科様。私の後に、ついて来てください」

「わかった!……桃花、行こう。辛かったら、私の肩を貸すが――」


 桃花を気遣い、咲耶が優しく声を掛ける。

 桃花は軽く首を振り、


「ううん。……大丈夫」


 うつむいたまま、言葉少なに答えるが、顔色は悪いままだ。

 咲耶は桃花の肩を抱き、体調を探るように顔を覗き込んでから、結太の方を振り返った。


「楠木。そういうわけだから、私達は失礼させてもらう。――お大事にな」


 咲耶の声に、結太はハッとしたように目を見開く。

 それまでずっと、桃花のことを、心配そうに見つめていたのだ。


「あ……ああ」


 返事すると、結太はまた、そっと桃花に目をやった。

 彼女は深くうつむいていて、今はもう、顔色すらわからない。



(伊吹さん、大丈夫かな?……もしかして、ずっと気分悪かったのに、我慢してたのか?……オレ、全然気付いてあげられなかった……)



 病室に二人(鵲は数に入っていないらしい)でいた時に、どうして察してあげられなかったのかと、結太は己を責め立てた。


 だが、桃花の気分が悪くなったのは、ほとんどが、精神的な理由から来るものだ。

 彼といる時は普通の精神状態だったし、気付けなくて当然で……気に病む必要など、全くないのだが。


 それが結太にはわからないため、何がきっかけとなって桃花の気分が沈み込んでしまったのか、想像すら出来ないのだった。


「えーっと……伊吹さん、だったかしら? ごめんなさいね。私、具合が悪いことにも気付けずに、大騒ぎしちゃったりして……」


 菫も、騒ぎ過ぎたことを反省したのだろう。急にしおらしくなってしまった。

 桃花はそれにも首を振り、


「いいえ。あの……わたしの方こそ、すみませんでした。急にこんな……。たぶん、疲れが出ちゃっただけだと思います。だから、お気になさらないでください」


 か細い声で告げると、ペコリと一礼し、咲耶と共に、病室を出て行った。


 病室内には、龍生と東雲、結太と菫のみになったが、楠木親子は、先ほどまでの騒々しさが嘘のように、しゅんとしてしまっている。

 龍生は首をかしげると、結太に向かって。


「どうしたんだ、結太? 妙に沈んでいるようだが……。伊吹さんが心配なのはわかるが、たぶん、本人も言っていたように、疲れが出てしまっただけだろう。そこまで落ち込むことはないんじゃないか?」

「……ああ、まあ……。そりゃあ、そーなんだけど……」


 モゴモゴとつぶやくと、結太はハアと息をつき、肩を落とした。

 事情を知らない龍生は、いよいよ眉をひそめる。


 その様子に気付いた菫は、結太の反応を窺いながら、龍生に、彼が来るまでの経緯を、手短に説明した。

 それが済むと、深々とため息をつき、


「あ~~~……ダメよねぇ、私って。結くんに恋人が!?――って思ったら嬉しくなっちゃって、はしゃぎ過ぎちゃったのよねー。……あの子、見るからに箱入りって感じだったものね。歯形がどーのって、結くんとお友達との仲を、疑うようなこと言っちゃったから……きっと、気分悪くしちゃったのね」

「そーだよ! 騒ぎ過ぎなんだよ母さんはっ! 伊吹さんは純粋な人なんだから、下品な話すんなよなッ!」


 息子に叱られ、またションボリするかと思いきや、菫は()ねたように口をとがらせた。


「まー酷い! 下品って何よー? 元はと言えば、結くんが首元に歯形なんか付けてるからいけないんじゃなーい! あの――えー……っと、名前、何だったかしら?……とっ、とにかく! あの綺麗な子に付けられたってことで、間違いないんでしょ? あの子、『歯形』って聞いただけで、真っ赤になっちゃってたものねー? 小柄で可愛い子――伊吹さんの方は、歯形って聞いても、不思議そーに首かしげてただけだったから、違うんだろーし……。ねえっ、そーなんでしょ結くんっ? 綺麗な子の方に、歯形付けられたのよねっ? あんなところに歯形なんて、よっぽど親しくなきゃ、付けらんないわよねぇ?……ってことは、二人はただの友達――って感じじゃないんでしょっ? 付き合ってるか、付き合う寸前。そんな感じじゃないのっ? ねえ結くんっ、そーなんでしょっ?」


「うっせーなッ!! 母さんには関係ねーだろッ!? いーからほっといてくれよッ!!」

「ほっとけるわけないでしょー!? 息子が傷物にされたのよ? 責任取ってもらわないとー。……フム。そーするとやっぱり、将来は〝お嫁さん〟ってことになるわよねー? 今から仲良くしておけば、嫁姑問題もかなり楽になるし、助かるわー。ウフフフッ」


「何がウフフフだッ!? 将来の嫁さんを勝手に決めんなッ!!」

「あら、だってー。あーんな綺麗な子がお嫁さんに来てくれたら、お母さん、鼻高々(はなたかだか)だわー。孫も間違いなく可愛いだろーし……。あーっ、楽しみねぇー、結くん?」

「だっから、勝手に決めんなっつってんだろッ!! 保科さんは関係ねーッ!! オレが好きなのは伊吹さんだっ――け……」


 うっかり口に出してしまい、結太は慌てて、口元を片手で覆った。


 ――が、時既に遅し。

 菫は、ニンマリ笑って結太を見ると。


「へ~~~え。そーなのぉ~~~。結くんは、伊吹さんが好きなのねぇ~~~?……へぇ~~~え。ふぅう~~~ん」



 …………終わりだ。

 完全にバレてしまった。



 結太は両手で顔を覆い、汗が滲むほどに全身を熱くした。

 穴があったらすぐさま飛び込み、内側からしっかり蓋をして、鍵もガッチリかけて、閉じこもりたい気分だった。


 菫はクスクス笑いながら、結太の体のあちこちを、指でツンツンつついている。

 彼はとうとう堪え切れず、母親を睨みつけて言い放った。


「な…っ、何だよッ!? 悪いかよッ!? オレが誰を好きになろーが、勝手だろッ!? だからもー、伊吹さんのいる前で、変なこと言わねーでくれよなッ!?」


 仲良し親子のじゃれ合いを横目に、龍生は胸の奥で渦巻く様々な感情を、一人で持て余していた。


 菫が言うところの、咲耶が付けた結太の〝歯形〟。

 ……それは本当に、咲耶が付けたものなのか?


 だとすれば、何故、そんなことを?


 ふざけて? 腹を立てて?

 それとも、他にもっと、龍生の知らぬ事情が……?



(……何にせよ、結太に確かめる必要があるな。それでもわからなければ、直接本人――咲耶に訊くしかないが……。問題は、あの咲耶が、素直に教えてくれるかどうかだな。……まあ、とにかく今は、結太に訊いてみよう)



 そう思って目をやると、結太はまだ、菫とあれこれ言い合っていた。

 仲が良いのは結構だが、早く話を終わらせてくれ――などとイラつきながら、龍生は二人の側で腕を組み、その時が来るのを待った。

親子のじゃれ合いに、早く〝歯形〟の真相が知りたい龍生はイラつくが――。


……というわけで、第6章はここまでとなります。

お読みくださり、ありがとうございました!

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