表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/297

第11話 結太、咲耶に謝罪されてうろたえる

 菫と龍生が出て行った後の病室内では、しばらく沈黙が続いた。


 どうしていいかわからない結太は、ベッドの上で、ただただ、無駄に時間が過ぎて行くのを感じていたのだが……。


「楠木」


 急に咲耶に呼び掛けられ、結太はビクッと肩をすくめた。

 慌てて『はっ……はいっ?』と返事すると、真剣な顔で近付いて来て、直角と言ってもいいくらいの角度で、頭を下げる。


「――へっ!?」


 驚いて目を見開く結太に、


「私のせいでこんなことになってしまって、本当に申し訳ない!!」


 顔を上げぬまま、咲耶は真剣な様子で謝って来た。

 焦った結太は、うろたえながらも、『捻挫(ねんざ)みてーなもんで済んだんだし、あんま気にすんなよ』『早く顔上げろって』と、困り顔で伝える。

 咲耶は大きく(かぶり)を振り、


「いいや! おまえが突き飛ばしてくれていなかったら、ベッドの上にいたのは、私の方だった。それに、直撃したのが脚だったから、この程度で済んだんだ。もしも頭に当たっていたら……運が悪ければ、死んでいたかもしれない。……私が……私がもっと早く、枝の落下に気付けていれば、こんなことには……っ!」


 悔しそうに、声を絞り出す。


 ここまで深く、他人に対して頭を下げている咲耶を、桃花は初めて目にした。


 結太が怪我をするまでの経緯(けいい)は、まだ、詳しくは知らされていない。


 それでも、咲耶が神妙(しんみょう)な面持ちで、ここまで深く頭を下げるのだ。今回の事故に、強い責任を感じていることは、容易に察せられた。


「咲耶ちゃん……」


 辛そうな咲耶を見ていると、桃花まで、胸が苦しくなる。

 出来ることなら、変わってあげたいくらいだった。


「そんな……やめてくれって! 今更、もしものこと言ったって、どーしよーもねーだろ? こーして無事だったんだから、もーいーじゃねーか」

「よくないッ!! もしもにしろ何にしろ、おまえは死んでいたかもしれないんだ!! その可能性のある事故だったんだ!! それだけでも――っ、……それだけでも、私が断罪される理由は……ある、だろう?……危うく、おまえの母親に……息子を失くす悲しみを、味わわせてしまうところだった……」


 咲耶の声は、徐々(じょじょ)に小さくなり、語尾も(かす)かに震え、聞き取りにくくなって行く。


 まさか、ここまで深刻に(とら)えられているとは、夢にも思っていなかった。

 意外と咲耶も、繊細なところがあったんだなと、結太は驚き、同時に、困惑していた。



(『息子を失くす悲しみ』って……。たかが筋挫傷(きんざしょう)で、そこまで重く受け止められてもなぁ……。そりゃー、筋挫傷も、重症だったりしたら、手術が必要になったり、後遺症(こういしょう)が残ったりってことも、あるらしーけど。オレは、そこまで行かずに済んだんだしさー……。保科さんがいてくれなかったら、オレ、昨夜で死んでたかもしんねー――っんだ、し……)



 そこで、はたと我に返る。


 ……そうだ。

 自分の怪我が、大袈裟(おおげさ)に騒がれてしまったせいで、すっかり忘れてしまっていたが……。

 昨夜は、危ないところを、咲耶に助けられたのだった。


 咲耶には、ちょっとやそっと礼をするだけでは、とても返せないほどの恩が出来てしまった。

 だから、今朝咲耶を助けたのは、当然のことだし、もし、それが原因で死んでいたとしても、恩のある咲耶を助けられたのだ。むしろ、本望と言うべきものではないだろうか。


「そーだよ! オレ、昨夜あんたに、命を助けられたんだ! あんたを助けたのは、ただの恩返しってヤツじゃねーか! だったら……なっ? 何の問題もねーんだよ!」


 結太はそう言い切ると、咲耶に晴れ晴れとした顔を向けた。


「そーだ、そーだよ! 昨夜の恩を、今朝返したってだけのことでさ! あんたが気にすることなんて、ひとつもねーんだって! だから……うん! この話はこれで終わりっ! それでいーじゃねーか」


 力強い結太の言葉に、咲耶は呆然とし、しばらく無言で見つめ返していた。

 だが、やがてフッと笑みを浮かべると、


「……そうか。おまえが、許すと言ってくれるのなら――」

「だーかーらーっ、許すも何も、これでおあいこだろ? お前からの借りを、オレが返した。それだけのことなんだって。万事解決(ばんじかいけつ)! 後腐(あとくさ)れなしっ!……うん。綺麗にまとまった。やーーーっとスッキリしたぁーーーっ」

「……フフッ。……なんだそれは」


 二人は顔を見合わせ、声を上げて笑い合う。


 まるで、昔からの知り合いのようだ。

 二人の間にあった、張り詰めた空気のようなものが、一瞬で消えてなくなり……今は、柔らかい雰囲気(ふんいき)に包まれている。


 そう感じた瞬間。

 桃花の胸に、鈍い痛みが走った。


 自分には入り込めない空気感が、いつの間にか、二人の間に生まれてしまっている。――何故か、そんな気がした。



(楠木くん、すごく楽しそう……。昨日までは、二人とも……もっと、よそよそしい感じだったのに。咲耶ちゃんだって、楠木くんや秋月くんの前では、なんだか、トゲトゲしてたのに。今は……)



 昨夜、二人の間に、何があったと言うのだろう?

 結太は、『命を助けられた』とか、『恩返し』がどうとか言っていたが、それはいったい……?



 ――この時。

 モヤモヤとした、自分では説明しがたい感情が、桃花の内で芽生(めば)えた。


 その感情の名は、〝嫉妬(しっと)〟――。


 しかし、桃花がそれを理解するのは、もう少し先のことになる。



「では、少しの間、私は席を外させてもらう。――桃花。すまないが、楠木についていてやってくれ」


 咲耶に名を呼ばれたが、考え込んでしまっていた桃花は、少し反応が遅れてしまった。


「えっ?……あ――、う、うんっ」


 (あわ)てて返事をしたものの、咲耶が『すぐ戻る』と言って出て行ってしまうと、結太と二人きり(戸口付近に(かささぎ)がいるのだが)だということに気付き、たちまち蒼くなる。

 急に二人きり(鵲もいる)にされても、どうしていいかわからない。


 結太は結太で、桃花が側に――しかも、二人きり(くどいようだが、鵲もいる)だと意識したとたん、体が熱くなり、心臓がバクバクし始めた。


 お互いに、そろそろと、相手の様子を(うかが)う。

 瞬間目が合い、慌てて、違う方向へ顔を向ける。


 そんなことを何度か繰り返し、気まずい沈黙が、しばらくの間続いた。

 ――が、突如(とつじょ)として、あることが脳裏(のうり)をよぎり、結太はハッと息を()んだ。



(そーだ! 今こそ、誤解を解くチャンスなんじゃねーかっ?)



 そのことに、ようやく思い(いた)ったのだ。


 結太は桃花を振り返り、思い切って、『あ――、あのっ!』と声を掛ける。

 桃花は顔を上げ、再び結太と目が合うと、真っ赤になってうつむき……小さな声で、『は……はい。……なんでしょう?』と訊き返した。


 結太はゴクリと(つば)を飲み、やはり、真っ赤な顔で桃花を見つめると。


「オレっ、伊吹さんに聞ーてもらいたいことがあ――」



 トゥルルットゥットゥットゥットゥットゥットゥッ♪トゥルルットゥットゥットゥッ♪



「……あ……るん……」



 トゥルルットゥットゥットゥットゥットゥットゥッ♪トゥルルットゥットゥットゥッ♪



「あるん……だ……」



 トゥルルットゥットゥットゥットゥットゥットゥッ♪トゥルルットゥットゥットゥッ♪



「………………」



 トゥルルットゥットゥットゥットゥットゥットゥッ♪トゥルルットゥットゥットゥッ♪



「だーーーーーッ!! いーよもーサギさんッ!! オレのことは気にしねーで、電話出ろよッ!!」

「はっ、はいっ!! すみません結太さんっ!!」


 話の腰を折ってはいけないと、気を(つか)い、出ないでいてくれたのだろうが……。

 ずっと呼び出し音を鳴らされていては、気が散って、話をするどころではない。


 結太はハァ、とため息をつくと、


「ごめん、伊吹さん。話はまた、改めて……。別の日にでも……」

「あ、はい。……わかりました」


 通話中の、鵲の大きな声をBGMに、二人は再び沈黙する。

 結太はガクリと肩を落とし、間が悪いとしか思えない、鵲に電話して来た者を(のろ)った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ