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第10話 龍生、結太の母とラウンジで談笑する

「菫さんは、結太が好きなタイプは、どちらの女性だと思いますか?」


 龍生は、『母親が、どこまで息子の好みを把握(はあく)しているのか、確かめてみたい』という悪戯心(いたずらごころ)に突き動かされ、訊ねてみることにした。


 まさか、質問返しされるとは、思ってもいなかったのだろう。

 菫は驚いたように目を見張ると、おもむろに腕を組み、う~んと(うな)りながら、考え込んでしまった。


 しばらく経ってから、菫は上下左右に首を(ひね)ると、以下のようなことを述べた。


「そ~ねぇ~。結くんのことは、なるべくマザコンにならないよーにって、注意して育てたから……たぶん、私に似たよーなタイプは、選ばないんじゃないかしら? だから、気が強くて、騒がしいタイプじゃないってことだけは、確かだと思うのよね~。……でも、彼女達と話をする前に、結くんに止められちゃったから、どっちの子も、性格まではわからないし……。う~ん……そーねぇ。見た目の印象だけで考えると、大人しそーで、守ってあげたくなっちゃうような可愛らしさを(かも)し出してた、小柄な子の方――かしらぁ~?」


 …………当たっている。

 ただの勘なのか、母親としての、息子に対する理解の深さと言うべきなのか……まったく、恐るべしだ。


「……なるほど」


 感心してうなずくと、菫はパッと顔を輝かせ、


「ねっ? どーだった、私の予想っ? 当たってた? ピッタリ当たっちゃってたかしらっ、もしかしてっ?」


 やや興奮気味に訊ねる。

 教えるかどうか迷っていた龍生は、やはりやめておくことにし、ニコリと笑うと、


「さあ、どうでしょう? 結太の気持ちを、僕が勝手にバラすわけには行きませんからね。お知りになりたければ、ご自分で結太にお尋ねください」


 などと言ってはぐらかした。


「えーーーッ!?」


 菫はすぐさま、不満げな声を上げて抗議する。


「ズルいわ龍生くんっ。自分から訊いておいて、それはないでしょーっ? 意地悪しないで、教えてちょーだいよー。もーもーもーっ」


 口をとがらせて()ねる様子は、とても四十代とは思えない。

 普通なら、ややイタいと感じてしまうところなのだろうが、そう思わせない不思議な魅力が、菫にはあった。


 菫の夫、将太が他界してから、既に五年。

 彼女ほどの魅力的な女性なら、再婚する気さえあれば、いつでも出来たはずだ。

 しかし、新しい相手が現れたという話は、ついぞ聞かない。


 将太とは、十歳差の年の差婚だったそうだが、ベタ()れだったのは、菫の方だったらしい。

 それが事実であるならば、夫に先立たれてからも、なかなか再婚する気になれないのは、無理のないことなのかもしれなかった。



(男の俺から見ても、()()れするほど清々(すがすが)しく、人を()き付けずにはおかない人だったからな、将太さんは。彼を超えるほどの魅力を持った人を見つけるのは、さぞかし大変だろう)



 龍生も、彼にはかなり世話になったものだ。


 ()()()()の後。

 その時に負った精神的ダメージのせいなのか、龍生は一時期、味覚を失っていたことがあった。


 何を食べても、美味(おい)しいとも不味(まず)いとも感じられず、食事は、胃袋に食物を流し込むだけの作業。――そう思えていた時期があったのだ。


 そうなってしまっては、当然、食事の時間が、楽しく感じられるはずもない。

 どんどん食が細くなって行き……結果、毎回食事を作ってくれていた宝神を、とても苦しませていた。


 そんなある日。

 日に日に()せて行く龍生を心配し、龍之助が見込んで連れて来たのが、将太だった。


 将太は根気強く、味覚を取り戻す手助けをしてくれた。

 それこそ、手を()え品を替え、ありとあらゆる調理法や、味付け、盛り付けなども工夫し、時には、心にも寄り添いながら。龍生が〝味〟というものを思い出すまで、力を()くしてくれたのだった。



(俺が今、こうして元気でいられるのも、全て将太さんのお陰と言っても、決して過言(かごん)ではない。あのまま、食に対する興味を失くし、食欲も戻っていなかったら、相当軟弱な体になっていただろう。下手(へた)をすると、栄養不足や飢餓(きが)状態にまで(おちい)り、死亡していてもおかしくなかった。……フッ。秋月家から餓死者(がししゃ)が出ていたら、それこそ、世の笑い者になっていただろうな)



 そんなことを考えていたら、思わず笑みを()らしてしまった。

 すかさず菫に発見され、


「あらっ。何がおかしいの龍生くんっ? 私、そんなに笑えるよーなこと言ったかしらっ? ねえねえ、言っちゃったかしらっ?」


 などとツッコまれる。

 龍生は薄く笑いながら、ゆるゆると首を横に振った。


「いえ。菫さんのことで笑ったのではありませんよ。……少し、将太さんのことを思い出してしまって」

「えっ?……将太さんを?」

「はい。将太さんと出会えていなかったら、僕は今頃、ここにはいられなかったかもしれないと、そんなことを考えていて……。幼少期の僕の話、将太さんから聞いていませんか? 味覚を失っていて、だいぶご迷惑をお掛けしたでしょう?」


「ああ――。その話なら、もちろん聞いてるわよー。何を作っても食べてくれないって、毎日のよーに(へこ)んでたもの。……ウフッ♪弱いとこなんてぜーんぜん見せてくれない人だったから、私は嬉しかったけど。珍しく、甘えるようなこと言って来ちゃったりしてねっ。そんな時は、後ろからこう……ギューッと抱き締めて、(なぐさ)めてあげるの。……うふふふふふっ。ヤ~ダもうっ。ラブラブな頃のこと思い出しちゃったわっ。ウフフフフフフフ…………あっ! ごめんね龍生くん! あなたにとっては辛い時期だったでしょうに。私ったら、思い出に(ひた)っちゃったりして……」


 たちまちショボンとうな()れて、素直に()びる。

 こういう、自分に正直で、まっすぐなところも、菫の美点のひとつだろうなと、龍生は、腹を立てるどころか、微笑ましくさえ思った。


「いいんですよ。もう過ぎたことですから。それに、僕が思わず笑ってしまったのは、秋月家から餓死者が出ていたら、さぞかし滑稽(こっけい)だったろうなと……そんなことを、考えてしまったからなんです。本人ですら、この調子ですから。菫さんが気にする必要など、どこにもありませんよ」

「……龍生くん……」


 本当に大人だわと、菫は感嘆(かんたん)のため息を漏らした。


 彼に比べたら、結太は少し、子供っぽ過ぎるかしら……と一瞬思いはしたが、『ううん! 龍生くんが、出来過ぎている子なだけよ』と、即座に考え直す。


 なんだかんだ言っても、結局は親バカなのだ。


 龍生はちらりと、ラウンジの壁掛け時計を見やり、


「では、そろそろ病室に戻りましょうか。結太も、女性二人に囲まれて、困っているかもしれませんしね」


 ニコリと笑って、おもむろに席を立った。

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