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第6話 龍生と咲耶、桃花を迎えに一時島に戻る

 遅い朝食をとった後、しばらくしてから。

 再びヘリを操縦し、東雲が、二人を迎えに戻って来た。


 東雲には、ヘリで何往復もさせてしまっている。

 少しは休ませてやりたかったが、心配して待っているであろう、桃花のことも気になった。


 東雲には悪いと思ったが、病院へ直行するのではなく、まずは、別荘のある島の方へ、戻ってもらうことにした。


 ヘリが着陸してから、急いで別荘に向かうと。

 ドアを開ける前に、桃花が中から飛び出して来て、ギュッと咲耶に抱きついた。


「咲耶ちゃんっ!……よかった。無事で……」


 桃花がホッとしたようにつぶやく。

 咲耶が名を呼び、彼女の背に手をやると、その背は、(かす)かに震えていた。



(桃花……。すまない。こんなに心配させて……)



 堪らずに、咲耶もギュッと抱き締め返す。

 しかし、二人で無事を喜び合っている暇はなかった。一刻も早く、結太の元へ向かわなければ――。


 咲耶は桃花を抱き締めたまま、


「ああ、私は大丈夫だ。何の問題もない。ただ……すまん。桃花、落ち着いて聞いてくれ。ユ――……楠木が、私を庇って怪我をしたんだ。今はヘリで運んでもらって、秋月の知り合いの病院にいる」

「――えっ!?」


 桃花は息を呑み、慌てて咲耶から体を離した。


「怪我……って……。楠木くん、怪我ってどこを!? 咲耶ちゃんを庇ってって……どーゆーことなの咲耶ちゃん!?」


 咲耶を見上げる桃花の顔色は、真っ蒼を通り越し、真っ白と言っていいくらいに変わってしまっている。

 咲耶は目を伏せ、手短に、事の経緯を告げた。


「二人で迎えを待っている時に、大きな木から、枝が落下して来たんだ。私は気付けなかったんだが、楠木がいち早く気付き、私を突き飛ばしてくれて……。だが、そのせいで、楠木の脚――ふくらはぎ辺りに、枝が落ちた」

「……脚に、枝が……。枝って、そんなに大きかったの? 病院に直行しなきゃいけないくらい、(ひど)い怪我なのっ?」


 桃花は顔色の悪いまま、咲耶の服の袖を、震える手で掴んだ。

 咲耶は軽く首を振り、


「……わからない。細い枝なら、かすり傷くらいで済んだのかもしれないが……。結構太い枝で、かなり上から落ちてきたようだから……骨が折れている恐れもあるだろうし、もしかしたら、神経まで傷付けてしまっている可能性も――……」

「そんな……!」


 桃花はそれきり沈黙し、両手を胸の前に当て、うつむいてしまった。

 咲耶は小さく、『すまん』とつぶやいて、やはりうつむく。


 その様子を後方で見ていた龍生は、(はや)る気持ちを押さえつつ、


「伊吹さん。ショックを受けているところ申し訳ないが、これからすぐ、病院に向かわなければならない。予定より一日早いが、帰り支度をして来てもらえないだろうか? 保科さんも、疲れているだろうけれど、早急に頼むよ」


 なるべく穏やかに、強めの口調にならないように気を付けながら、二人に要求を伝える。

 二人はハッとしたように振り向き、無言でうなずくと、階段を駆け上って行った。



 桃花と咲耶が、帰り支度をしている間。

 龍生は結太の荷物をまとめるため、彼が泊まるはずだった部屋に向かった。


 部屋に入ってベッドに近付くと、サイドテーブルの上には、桃花からのプレゼントらしき、綺麗に包装された小箱と、腕時計と、スマホが並べられていた。

 龍生はスマホを手に取り、



(これさえ忘れて行かなければ、すぐに小屋のある場所を調べ、教えることが出来たろうに。……今時、スマホを忘れて行く奴がいるか?)



 思わずため息が漏れてしまったが、『……いや』と思い直した。



(わざと置いて行った、ということもあり得るか……。結太は咲耶でなく、伊吹さんとデート出来ると思っていたんだからな。彼女といる時は、時間を気にせずにいたい――という思いが、あったのかもしれない)



 デート出来ると浮かれていたであろう、昨夜の結太を思うと、龍生の胸はチクリと痛んだ。

 うまく行けば、楽しい時を過ごせていただろうに……。



(……いや。もうよそう。何度後悔したって、過去に戻って、やり直したりは出来ないのだから。今はただ、結太のために、何が出来るのかを考えるんだ)



 龍生は自分に言い聞かせると、結太の荷物をまとめ始めた。




 一方。

 桃花と咲耶は、無言で自分の荷物をまとめていた。

 咲耶は、気まずくて話し掛けられずにいたし、桃花は、結太のことだけで頭がいっぱいで、話をする余裕すらなかった。



(桃花は私のことを、許せない気持ちでいるだろうか?……そうだよな。桃花が行くはずだったところに、私がしゃしゃり出て行ったばかりに、こんなことになってしまったんだ。許せないと思われて当然だ。……どうして私は、いつも余計なことばかりしてしまうんだろう? ただ、桃花のことが心配なだけなのに……。誰よりも、幸せでいてほしい――だけ、なのに……)



 祖父と同居するために引っ越して来た時、初めて出来た友達は『ユウくん』だ。

 だが、彼と遊んだ日の記憶は、とても短い。たぶん、一ヶ月もなかったように思う。

 だからこそ、長い間忘れてしまっていたのだろうが――。


 桃花と出会ったのは、ユウくんと会わなく(会えなく?)なってから、すぐのことだった。


 公園で、一人で木登りをして遊んでいた咲耶は、誤って、木の上から落ちてしまった。

 それほど大きな木ではなかったので、打ち身とすり傷くらいで済んだのだが……『イテテ』と腕を抱えている時に、そっと絆創膏(ばんそうこう)を差し出してくれたのが、桃花だった。


 他人に話し掛けるのが苦手そうな、内気な印象の、可愛らしい女の子。

 それでも、顔を真っ赤にして、『だ……だっ、だいじょーぶ?』と、懸命に話し掛けて来てくれた。


 ユウくんと遊べなくなり、寂しさを抱えていた咲耶は、一瞬で桃花が大好きになった。


 桃花の優しさ、そして、『ありがとう』と言って絆創膏を受け取った後の、ホッとしたような笑顔。

 その笑顔を見た時、『こんなに可愛い女の子がいるんだ』と、心が震えるほどの感動を抱いたのを、今でも覚えている。


 大好きだったユウくん。

 大好きな桃花。


 ……それなのに、ユウくんは咲耶の目の前で、大怪我を負った。

 その後会えなくなったのは何故なのか、今でも思い出せないが……きっと、その怪我が原因だったのだろう。



(私は、好きな人を不幸にしてしまうような、強い負の力でも持っているんだろうか? 今度は、桃花自身が怪我をしたわけではないが、桃花の好きな人を……。まだ、確信が持てたわけではない。だが、さっきの桃花の蒼ざめた顔を見る限りでは、やはり……)



 認めたくなかった。

 桃花が、結太のことを気にしている――好きだなどとは。


 身勝手だとわかっていても、出来るだけ長く、桃花を(ひと)()めしていたかった。



(……最低だな、私は。桃花のことが心配だ、誰よりも幸せになってほしい……などと思っていても、結局は自分のため。自分のことしか考えていないじゃないか。こんなだから、私の大切な人は――……)



「咲耶ちゃん!」


 ハッとして顔を上げると、桃花が咲耶の腕に手を置き、不安げに覗き込んでいた。

 咲耶は桃花のまっすぐな視線から目をそらし、沈んだ声で、言い訳めいたことを漏らす。


「ああ……すまん。ぼうっとしてしまっていた」

「……咲耶ちゃん」


 咲耶が、自分から目をそらした。

 それが、桃花にはショックだった。


 きっと、結太が怪我したのは自分のせいだと、気に病んでいるのだろう。

 だが、結太の怪我は、あくまで事故。決して、咲耶のせいではない。

 それは桃花にもわかっていた。


 そのことを伝えて、ほんの少しでも、咲耶の気持ちを上向きにしてあげたかったのだが……目をそらされたことで、桃花の心の方が折れてしまった。


「帰り支度が整ったなら、もう行こう。桃花も、早く楠木の容態を知りたいだろう?」

「えっ?……あ、う――うん……」


 荷物を持ち、背を向けながら訊ねる咲耶に、桃花は暗い気持ちでうなずいた。


 お互いを気遣うばかりで、気持ちを伝え合うことが出来ないでいる、咲耶と桃花。

 そのせいで、気持ちが少しずつすれ違いつつあることに、二人はまだ、気付いてはいなかった。

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