第2話 無人島に到着した龍生ら、捜索を開始する
桃花と宝神を別荘に残し、龍生と東雲、そして鵲は、無人島へと到着した。
桃花には、『わたしも一緒に行かせてください』と頼まれたが、ヘリは五人乗りだ。
彼女も乗せて行ったら、結太と咲耶を、同時に運んで来ることが出来なくなる。
それを伝えたら、どうにか諦めてはくれたのだが、不安で仕方がないらしく、暗い顔でうつむいてしまった。
気持ちはわかる。
ただ待っているだけの状態が、どれほど辛いか。龍生も昨夜、嫌というほど思い知らされたのだから。
(だが、あれだけ荒れた後だ。足元もぬかるんでいるだろうし、無人島では、何があるかわからないからな。伊吹さんのようなか弱い女性を、同行させるわけには行かない。危険な目に遭うのは、我ら男だけで充分だ)
桃花にそれを伝えていたら、『か弱くなんかありません! わたし、女子の中では、力持ちの方なんですよ?』と返していただろう。
しかし、それを聞いていたとしても、龍生は決して、首を縦には振らなかったはずだ。
〝か弱い〟というのは、力だけのことではないし、前時代的な考えなのだろうが、〝女性は男が守るもの〟と、幼い頃から、龍之助に教え込まれている。
こればかりは、いくら周りから意見されようとも、変えるつもりはなかった。
島に降り立った龍生は、東雲には砂浜一帯を、鵲には、森の表側を探すよう指示した。
自分は裏側を捜索すると決め、『見つけたら、即座にスマホに連絡を入れること』とだけ二人に申し伝え、早足で歩き出す。
裏側に回るには、まずは砂浜を、森の周囲に沿って、ぐるりと歩いて行かなければならない。
一応、島の地図は頭に叩き込んであるが、初めて行くところなので、どの程度時間が掛かるかわからないのが、もどかしいところだった。
通れなくなっている場所などが、なければよいのだが。
そう思いながら、龍生は黙々と歩いた。
気持ちとしては、走りたいくらいだったが、焦って、自分が怪我などをしてしまっては、元も子もない。
ここは慎重に、確実に事を進めなければならないのだと、逸る心を必死に抑え、龍生は己に言い聞かせた。
三十分ほど歩いた頃、ようやく、森の裏側に着いた。
何故、それがわかるのか?
管理人がいた頃、休憩と宿泊のために使用されていた小屋は、地図で確かめると、島の裏側の方にあった。
その小屋らしきものが、木々の隙間から、チラリと見えたのだ。
(二人共、あそこに避難してくれていればいいんだが……。小屋にもいないとなると、この島では、他に雨風を凌げるところなどない。捜索は困難になるし、二人の無事も、いよいよ危しくなって来てしまう)
どうかそこにいてくれと、祈るような気持ちで、龍生は小屋に近付いて行った。
すると突然、
「ユウくんっ! ユウくんしっかりしてっ!」
咲耶の、切羽詰まったような声が聞こえて来て、龍生はハッと息を呑み、足を止めた。
「ユウくん、ユウくん、ユウくん、ユウくんっ!!」
……なんて切ない声なのだろう。
今まで聞いたことのない――龍生の知らない、咲耶の声だった。
いったい誰のために、こんな泣き出しそうな声を……?
(『ユウくん』、だと?……結太のことか? たった十数時間で、『ユウくん』などと呼ぶようになるほど、二人の距離は縮まったとでも言うのか? それとも……)
考えている間にも、咲耶の悲痛な声は、絶えることなく聞こえていた。
龍生は再びハッとすると、雑念を追い払うように、大きく首を振る。
(何をしている! そんなこと、どうだっていいだろう! 今は、咲耶と結太の無事を、確認する方が先だ!)
小屋に向かって駆け出すが、昨夜の雨で地面がぬかるんでいて、少しでも気を抜いたら、転倒してしまいそうだった。
龍生は慎重且つ迅速に、二人の元へ走った。
「結太! 咲――っ、」
着いたとたん、衝撃の光景が目に飛び込んで来た。
大きな枝が、結太の両脚に覆い被さっている。
結太は苦痛に顔を歪め、咲耶はその側で、悲鳴のように『ユウくん』と叫び続けていた。
「結……太……」
めまいがし、足元がよろめく。
想像以上の惨事に、さすがの龍生も、すぐに行動を開始することは出来なかった。
だが、それも数秒のこと。
我に返って駆け寄ると、両手で結太の脚の上の枝を持ち、力を込めて、上へと引っ張った。
「く――っ!」
太い枝だったが、思ったより重くはない。
これくらいなら、一人でもなんとか出来そうだ。
龍生は歯を食いしばり、ありったけの力を込めて、枝を持ち上げた。
「ユウくんっ!! ユウくん死なないでっ!!――お願い、死なないでぇえええッ!!」
隣で、咲耶が泣き叫んでいる。
耳をふさぎたくなるほどの悲しい響きに、胸が痛くなった。
「う――っ、ぁああああああッ!!」
結太も、苦しげな声を上げ続ける。
龍生は、結太の脚から完全に枝を離した後、思いきり脇へと放り投げた。
「――結太っ、大丈夫か!?」
傍らに膝をつき、両肩を掴んで訊ねると、顔を覗き込む。
結太は苦痛に顔を歪めたまま、僅かに首を横に振った。
我ながら、『大丈夫か』などと、バカなことを訊いたと思った。
このような状態で、『大丈夫』なはずがないではないか。
「すまん、結太。俺のせいで……」
思わず、口からこぼれた言葉。
しかし今は、謝るより先に、やらなければならないことがある。
龍生は上着のポケットからスマホを取り出し、すぐに小屋まで来るよう、東雲と鵲にメッセージを送った。
(ここから救助ヘリの要請をしても、到着するまで、どれだけ掛かるかわからない。ならば、東雲と鵲に、結太をヘリまで運んでもらい、そのまま、へリポートまで飛んでもらった方が早い。病院への連絡は、お祖父様にお願いしよう。その方が、手続きもスムーズだろう)
龍生は、徐々に冷静さを取り戻しつつあった。
そうすると、気になって来てしまうのが、隣で『ユウくん』と呼び続けている、咲耶のことだ。
この取り乱しようは、普通ではない。
言葉遣いも、いつもとは違っている。
龍生は、そっと咲耶の肩に手を置き、
「咲――っ、……保科さん。いったい、どうしたと言うんだ? 泣き叫ぶなど、君らしくない。ここで、何があったんだ?」
刺激しないよう、なるべく穏やかに訊ねる。
それでも咲耶は、泣いて『ユウくん』を連呼するばかりだった。
取り乱す咲耶を前に、これ以上、どうしていいのかわからず、龍生は頭を抱えた。
こうなったら、東雲と鵲が着くまで、待つしかないだろう。
自分にはもう、どうすることも出来ない。
龍生は、痛みを堪えて横たわる結太と、泣き叫び続ける咲耶の間に挟まれ、悔しげに唇を噛み締めた。
為す術なく、見守ることしか出来ない自分を、とても惨めな存在だと感じながら……。