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第1話 桃花、誰かに呼ばれた気がして目を覚ます

 ふいに。

 誰かに呼ばれた気がして目を開けると、桃花はゆっくりと上体を起こした。


 まだ、頭がぼんやりとしている。

 自分はいったい、何をしていたんだっけ――と周囲を見回し、窓辺に人影があるのを認めると、ハッと目を見開いた。


 窓辺にいるのは、龍生だった。

 他には、誰の姿も見当たらない。

 彼は桃花に背を向け、ずっと窓の外を見つめていた。


 ……誰かに呼ばれたような気がしたのは、気のせいだったのだろうか?


 桃花が不思議に思っていると、気配を感じたのか、急に龍生が振り向いた。


「――ああ、目が覚めてしまったんだね。もう少し、眠っていてもよかったのに」


 窓辺から離れ、龍生が桃花に歩み寄って来る。


「いえっ、あの……すみません。わたし、いつの間にか眠っちゃってたんですね。こんな大変な時に……」


 咲耶と結太と、連絡が取れない状況だというのに。何を呑気に、居眠りなど……と、桃花は自分が恥ずかしくなった。

 龍生は静かに首を振り、


「いや。いつ、どんな状況であろうと、眠気には勝てるものではないよ。健康な証拠だ。恥じる必要はないさ」


 桃花を気遣ってか、穏やかに微笑む。


「でもっ! 秋月くんは、ずっと起きていたんでしょう?」

「ああ……まあ、そうだね。眠る気には、なれなかったから」


 そう言って目を伏せる龍生は、とても疲れているように見えた。

 たった一晩で、やつれてしまったようにすら感じられる。


「秋月くんも、少し眠った方がいいです。今度はわたしが起きてますから、お部屋に行って、横になってください。雨風が止んだら、すぐに知らせに行きます」


 龍生の憔悴(しょうすい)しきった様子が気掛かりで、桃花が申し出ると、龍生は弱々しく首を振った。


「いや。心配してくれるのはありがたいが、それは出来ない。僕は責任者だからね。最初から最後まで、状況を把握(はあく)しておかなければいけないんだ。眠っている暇などないよ」


 毅然(きぜん)と言い切る態度は、いつもの龍生だ。

 しかし、それが余計に、桃花を不安にさせた。


「責任者と言ったって、秋月くんはまだ高校生です。大人じゃありません。そんなに、全部一人でしょい込むことないと思います。ここには、宝神さんや鵲さん、東雲さんっていう大人の方々が、ちゃんといらっしゃるじゃないですか。その人達を、もう少し頼ってもいいんじゃないでしょうか? そうでなきゃ、秋月くんが参ってしまいます。お願いですから、もっとご自分を大切にしてくださ――」


「大切になどしていられるわけがないだろう!? 今、こうしている間にも、二人は危険な目に()っているかもしれないし、生死の(さかい)をさまよっているかもしれないんだ!!……この、俺のせいで……。俺が二人を危険に(さら)したようなものなのに、悠長(ゆうちょう)に眠ってなどいられるものか!!」


「でもっ! 秋月くん、さっきわたしに言ってくれたじゃないですか。『眠気には勝てるものではない』って。『健康な証拠だ』って。『恥じる必要はない』って!」


「俺と君とでは立場が違う! 君には何の責任もない! だが、俺は――っ」


「そんなことありません! わたしにだって責任はありますっ!……だって、ホントはわたしが行くはずだったんです。あの場所には。なのに、咲耶ちゃんを代わりに行かせてしまって……」


「それだって、君のせいではない! 俺が、あんな計画を立てたりしなければ――」

「違いますっ!! 秋月くんは悪くありませんっ!!」


 ひと(きわ)大きい声で、桃花は龍生の主張を否定する。

 龍生は驚いたように目を見開き、桃花を黙って見返した。


 桃花はうつむき、しばらくためらっているようだったが、意を決した様子で顔を上げると、


「だってわたし、嬉しかったんです。もし、わたしが咲耶ちゃんに代わってもらうことなく、指定された場所へ行っていたら……楠木くんと、二人で無人島に行けてたんだなって。二人でお話する機会が出来てたんだって……それがわかった時、すごく嬉しかったんです。……それに、秋月くんは、こんな天気になるって、最初からわかってたわけじゃないでしょう? ううん。秋月くんだけじゃない。誰も知らなかったじゃないですか。あんなに晴れていたのに、ここまで荒れた天気になるなんて。天気予報だってわからなかったことを、素人にどうこう出来るわけないんです! だから、そんなに自分を責めないでください!……秋月くんはただ、わたしと楠木くんに、楽しんでもらおうって……そう思ってただけなんでしょう? 悪気なんて、ひとつもなかったんでしょう? だったらやっぱり、秋月くんは悪くありません! これは不幸な事故です! 誰にも予測出来なかった、不運な出来事に過ぎないんです!」


 普段は控えめな桃花が、目に涙を溜めながら、懸命に自分の気持ちを伝えてくれている。

 そう感じた瞬間、ほんの少しだが、龍生の表情が(やわ)らいだ。


「伊吹さん。やはり君は――」


 次の言葉を発しようとした時だった。

 厚い雲の隙間(すきま)から、(まぶ)しい朝日が覗いた。

 その光は、まっすぐテーブルに差し込んで来て、二人は、ハッとして窓の方を向いた。


「外が――!」


 龍生は慌てて窓辺へ駆け寄り、桃花も後に続く。


「雨が止んでいる!……風もだいぶ弱まっているようだ。この程度なら、ヘリも飛ばせるかもしれない!」


 空を見上げながら龍生が告げると、


「ああ……よかった……。咲耶ちゃん、楠木くん……!」


 桃花は胸の前で両手を組み合わせ、心で神に感謝した。


 だが、二人の無事が確認出来るまでは、そう喜んでもいられない。

 龍生は桃花を振り返ると、早口で次のことを指示した。


「伊吹さん。すまないが、お福――宝神を起こし、軽食を用意してくれるよう、頼んで来てくれないか? 宝神の部屋は、ここを出て、廊下をまっすぐ行った先の、左側にある」

「は、はいっ! わかりました!」

「俺は、鵲と東雲を起こして来る! では、よろしく頼む!」


 龍生はダイニングルームを出ると、桃花に指示した方とは、逆の方向へ走った。



(まずは東雲を起こし、この程度の風でもヘリが飛ばせるか、確認しなければ。二次災害は、絶対に避けねばならんからな。――飛ばせるようだったら、皆で軽い朝食。その後、ヘリで島に渡って、捜索開始だ。何事かあった時、すぐに対処出来るよう、鵲にも共に行ってもらおう。お福と伊吹さんには、ここで待機していてもらう。それから……)



 東雲の部屋へ向かいながら、頭の中で、これからやるべきことを整理しておく。


 本音を言えば、飛べようが飛べまいが、すぐにでもヘリを向かわせたかったが……。

 どんなに気が急こうとも、危険を伴う飛行は、絶対にさせるべきではない。それは龍生にもわかっていた。


 結太も咲耶も大事だ。

 しかし、龍生にとっては、鵲も東雲も――そして宝神も、幼い頃から共に過ごして来た、大切な家族なのだ。出来るだけ、危険な仕事はさせたくなかった。



(結太。咲耶。すまない! 俺が、軽い思い付きなどで、島に向かわせたりしなければ……!)



 何度も何度も、胸の内で繰り返した言葉。


 罪悪感は、決して拭えるものではないが、今だけは、忘れるように(つと)めよう。

 二人を、無事に救出することだけを考えるのだ。


 後悔など、後でいくらでも出来る。

 今はただ、前を向いて――自分に出来ることは何か、それだけを考えなければ。


 決意を胸に、龍生は、東雲の部屋の前で足を止めた。

 それからドアを数回叩き、大声で、暴風雨が止んだことを告げた。

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