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第14話 結太と咲耶、迎えを待ちながら語らう

 咲耶がヘリの姿を見た時から、三十分ほどが過ぎた。

 だが、周辺に人の気配はなく、結太達を捜しているような声も、どこからも聞こえて来なかった。


 二人はとっくにログハウスから出て、外で迎えが来るのを待っていたのだが、


「昨夜、私達はどれだけの時間、森をさまよっていたんだろうな?」


 いい加減、待つことにも飽きて来たのか、唐突に、咲耶がそんな質問をして来た。

 結太は首をかしげ、


「さーなぁ? なんせ、スマホも腕時計も持って来なかったし、正確な時間まではわかんねーけど……感覚的に、一時間ってとこじゃねーか?」

「ああ、そうだな。私もそのくらいに感じていた。だが、昨夜は疲労困憊(ひろうこんぱい)だったし、己の感覚より、実際は、もっと短かった可能性もあるとは思わないか?」

「え?……ああ、まー……そー言われてみると、そんな感じもしねーでもねーけど……」


 昨夜はお互い雨風に(さら)され、歩き回って疲れていた。

 感覚が狂っていたとしても、仕方のない状況ではあっただろう。


 楽しいことをしている時間は短く感じ、辛さに耐えている時間は長く感じる。


 二人共に、『この辛さはいつまで続くんだ?』などと考えていたから、実際の時間より、長い時間が過ぎているように感じられたとしても、何ら不思議はない。


「――で? 歩き回ってた時間が、実際より短かったとして、それが何なんだ?」

「ああ。だからな? 私達がここに辿り着くまでに掛かった時間より、迎えが来る時間の方が、短いんだろうなと思っていたんだ。しかも、あっちは島の所有者だろう? この島については、誰よりも詳しいに違いない。それに、秋月が詳しくなかったとしても、家の者に連絡すれば、この小屋の存在だって、すぐにわかるはずだ」


「まあ、そりゃそーだろーな。……うん」

「だから、散々さまよった私達より、迎えの者達の方が、ここに着くまでに掛かる時間は、絶対に短いと思う。だが、ヘリが着いてから、結構時間が経っているのに、まだ声すら聞こえて来ない。……とすると、思っていたより、この島は広いのかもしれん。――そんなことを考えていた」


 初めてここに来た時は、一時間もあれば一回り出来てしまうほどの、小さな島だと思っていた。

 だが、実際は、もっとずっと広いのかもしれない。


「ん~……。でもさ、オレ達がここにいるとは思ってねーって可能性もあるだろ? オレはこの島に来たの初めてなんだから、小屋の存在、知るはずねーし。おまえだって知らなかったろ? だから、ここに来る前に、あちこち捜し回ってんのかもしんねーぜ?」


 結太の言葉に、咲耶は『なるほど』とうなずいた。


 確かに、島の所有者である龍生達が、この小屋の存在を知っていたとしても、二人が知っているとは思っていないだろう。

 だから、真っ先にここを目指して来るとは、限らないわけだ。


「そうか。……そうだな。ここに私達がいるとは、思っていないのかもしれない。実際、ここを見つけられたのは、楠木が気付いてくれたからだ。私は全く気付かず、通り過ぎてしまったのだから……。そうか。まずは、他の場所を捜しているのかもしれないな」


 咲耶は納得してうなずいたが、だとすると、ここに迎えが来るのは、いつになるのだろうと、うんざりした気持ちにもなった。


 第一、昨夜ここに着いてから、何も食べていない。

 咲耶にとっては、それが一番辛いことだった。


「……腹が減ったな……」


 咲耶が腹を押さえてつぶやくと、結太はハッとしたように顔を上げ、ハーフパンツのポケットに片手を突っ込んだ。そしてまさぐりながら、


(わり)ぃー悪ぃー。忘れてた。――ほいっ、これ」


 ポケットから出した彼の(てのひら)の上には、個別包装のクッキーが二個、載せられていた。


「リュックの中に入ってたの、すっかり忘れててさ。さっき取り出しといたんだ。……えーっと……〝チョコチップ〟と〝ベリー&ナッツ〟、どっちがいい?」


 結太は両手にそれぞれを持ち、咲耶に示してみせる。

 咲耶は即座に『ベリー&ナッツ!』と答え、結太からクッキーを受け取った。


 二人は包装の切れ目から袋を裂き、中身に同時にかぶりつく。

 モグモグしながら味わうと、予想していたよりも優しい甘さが、口いっぱいに広がる。


「うん、美味い。……でもこれ、ソフトクッキーでまだよかったよな。普通のクッキーだったら、何か飲み物でもねーとキツイだろ。口の中の水分、全部持ってかれる」

「ん――、そうだな。そう言えば、昨夜から、水すら飲んでいなかったんだよな。人間の体の半分以上は、水分で出来てるっていうのに、よく耐えられたな。雨にはかなり打たれたから、肌から吸収して……ってことも、あり得るのか?」


「えーっ、肌からかぁ? まっさかー!……あ。でも、アルコールは肌からも吸収されるってのは、聞いたことあるな。さすがに、酔っ払うってとこまでは、行かねーらしーけど」

「ああ! それは私も聞いたことあるぞ。酔うことはないが、アルコールに弱い人は、肌が赤くなるって話だった」


 他愛のない話をしながら、ひたすらに時間を潰す。

 そうしている間にも、誰か来ないかと、二人はキョロキョロと辺りを見回していた。


「……にしても、来ねーなぁ。このログハウスって、そんなにわかりにくいとこに建ってんのか?」

「ああ。そうじゃないのか? 夜とは言え、ランタンを持っていた私が、見逃したくらいだからな。むしろ、あの真っ暗の中、ヘロヘロの状態だったおまえの方が、ここを見つけられた――ってのが、不思議で堪らないよ」

「……あー……。そっか。そーだよな。何で見つけられ…………ん?」


 何かの異変を感じ、結太は上を(あお)ぎ見た。

 その表情が、一瞬にして強張(こわば)る。


「楠木?」


 咲耶が続けて、『どうかしたか?』と、訊ねようとした時だった。


「どけッ!!」


 結太の鋭い声がしたと同時に、もの凄い力で突き飛ばされた。

 抗議する余裕もないまま、咲耶は後方へと倒れ込む。


「――っ!」


 思い切り尻餅(しりもち)をつき、痛みに顔が(ゆが)んだ。

 結太のいきなりの暴挙(ぼうきょ)にカッとなり、


「おいッ!! いきなり何す――っ」


 文句を言おうとした咲耶の目に、太い枝の下敷きになっている、結太の姿が映った。


「……え?」


 昨夜の暴風雨で、樹木の枝に亀裂(きれつ)が入っていたのだろう。

 それが今になって、自らの重さに耐え()ね、落ちて来たものと思われた。


 結太はうつぶせに倒れ、太い枝は、両足のふくらはぎを(おお)うような形で、落下していた。

 その顔は歪み、痛みのあまりか、『ぐ…っ、ぅああああッ!』というような、呻き声を上げている。


 咲耶は尻餅をついたまま、真っ蒼な顔で、呆然とその様子を見つめていた。

 そして、結太が〝自分を(かば)った〟のだと理解した瞬間、脳裏に、ある出来事が横切る。


 それは、咲耶がまだ幼かった頃。


 自分の目の前で、ある男の子が怪我をしたのだ。――やはり、咲耶を庇って。


 咲耶は、今この瞬間まで、すっかり忘れていた。

 だが、それを思い出したとたん、


「あ……。あ……ああっ……」


 そんな声を漏らし、蒼い顔のまま、ぶるぶると震え出した。

 そして、


「……ユ……くん……。ユウ……く……。――ユウくん――っ!」


 再び、何かを思い出したのだろうか。『ユウくん』という名を連呼すると、素早く起き上がり、結太の元へと駆け寄る。


「ユウくんッ!! ユウくんしっかりして!――ユウくん、ユウくん、ユウくん、ユウくんッ!!」


 普段の咲耶とは、全く様子が違っていた。


 今ここに、他の者がいたならば、気が触れてしまったのかと、不安に思ったかもしれない。

 それほどに、咲耶が『ユウくん』と連呼する様子は、鬼気迫るものがあった。


「ユウくんっ! ユウくん頑張って! 死なないでっ!――お願い、誰か……。誰かユウくんを助けてぇえええッ!!」


 咲耶の絶叫(ぜっきょう)が、空しく森に木霊(こだま)する。


 彼女が口にする『ユウくん』とは、()太を意味する『()()』なのか。

 それとも、全く違う者の名なのか――。


 その答えも、咲耶の泣き叫ぶ声も、結太の苦痛に満ちた声すらも。

 全てを呑み込み――森はただ、沈黙を守り続けていた。

結太、危うし!

様子のおかしい咲耶も、どうなってしまうのか?


……というわけで、第5章はここまでとなります。

お読みくださり、ありがとうございました!

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