表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/297

第13話 結太、大波乱の夜を越え穏やかな朝を迎える

 翌日。

 うつ伏せのまま目を覚ました結太は、のろのろと寝返りを打ち、仰向けになった。


 昨夜は、眠れない夜を過ごす覚悟をしたはずだった。

 しかし、結局眠気には勝てず、いつの間にか、眠ってしまったようだ。


 慣れない姿勢で眠っていたせいで、体中が痛い。

 夜はあまり気にならなかった、体中に巻かれた新聞紙はガサガサするし、その上から被せられたポリ袋は、シャカシャカとうるさい。


 結太は上半身を起こし、辺りを見回した。


 ……咲耶はどこにいったのだろう?

 ログハウスの中に、彼女の姿はなかった。


 ふと視線を床に移すと、結太が昨日着ていた服が、たたんで置いてある。

 手に取り、袖や裾を触ってみたら、少しだけ湿っていた。



(……ま、着れねーほどじゃねーよな。こんくれーなら、着てるうちに体温で乾きそーだし。……保科さんが、ここまでしてくれたんだよな。昨夜はムチャクチャな人だなって、呆れちまってたけど……あの人がいてくんなかったら、オレ、マジで死んでたかもしんねーんだ……)



 そう考えたら、昨夜、〝豚の丸焼き(咲耶は『豚《肉》の丸焼き』と言っていた)〟にされて、食べられそうになった(咲耶の夢の中で、だが)ことなど、大したことではない気がして来た。


 ……いや。

 むしろ、『ご馳走(ちそう)を食べる夢を見ていたらしい咲耶に、寝惚(ねぼ)けて噛み付かれた』などということが、彼女のファンにバレたら、無事では済まないかもしれない。



(……噛まれたことは、ぜってー秘密にしよう)



 強く心に誓ったが、結太は気付いていなかった。

 彼の後ろの首元には、クッキリと、咲耶の()()が残されていたことを……。




 結太は、咲耶が被せてくれたポリ袋を、体から全て外し、巻いてくれた新聞紙を取り去ると、ゴミ箱として使用していたらしい、一斗缶に捨てた。(分別しなければいけないのはわかっているが、ここにはこれしかない。とりあえず、一緒のところに捨てておくことにする)


 一斗缶の中には、咲耶の体に巻かれていたらしい新聞紙と、ポリ袋も入っていた。

 ――ということは、咲耶は、とっくに元の服に着替え、外の様子を見に行っているのだろう。


 着替え終わってから、結太は窓辺へと近寄り、外を窺ってみた。

 昨夜の荒れ模様が、嘘のように静まり返っている。木々の隙間からは、(さわ)やかに晴れ渡った空が見えた。


 ドアを開け、咲耶が近くにいないか、周囲を窺ってみたが、どこにもいない。


「ホントにどこ行ったんだ、あいつ……?」


 つぶやいて、ドアを閉める。

 すると足元に、昨日、東雲から渡されたリュックが、無造作(むぞうさ)に置かれているのを発見した。


 腕を伸ばし、持ち上げてみる。

 雨がたっぷり()み込んでしまったためか、かなり重く感じられた。


 結太はリュックを逆さにし、中に入っている物をぶちまけた。

 個別包装されたクッキーやキャンディー、未開封のポケットティッシュなどが、バラバラと床に落ちる。


「あー、そーだった。クッキーがあったんだよな。昨夜は死にそーになってたから、そこまで頭回らなかったぜ」


 それらを拾い上げながら、『量はそれほどねーけど、これで朝食は問題ねーな』と、結太は胸を撫で下ろした。

 すごくお腹が空いていたので、今すぐにでも食べたかったが、咲耶に断りなく、一人で食べるわけにも行かない。戻るまで待つことにした。


 しかし、いつ戻って来るかわからない。

 軽いストレッチでもして、空腹を(まぎ)らわせようと、結太は体を動かし始めた。


「うぅ…っ。体が、なんか……あちこち、イテーな……」


 それはそうだろう。

 咲耶は体は細いが、結構上背(うわぜい)がある。その分、小柄な細め女子よりは、体重もそこそこあるのだ。

 その咲耶が、一晩中上に乗っていたのだから、体だって悲鳴を上げるはずだ。


「……うん……まあ……、もーいっかな。急に動かし過ぎるのも、よくねーし……」


 結太はそうつぶやくと、早々にストレッチを終了した。――どうやら、痛みに負けたらしい。

 残念ながら結太には、自分の体を(いじ)め抜いて、バッキバキの筋肉を作り上げる、ボディビルダーになる素質はないようだった。


 ――まあ、桃花は筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の体つきの男性には、どちらかと言えば、見惚れるよりも、恐怖を感じてしまうタイプだ。

 彼女の受けを考えるのであれば、あまり(きた)えない方がいいのかもしれない。


「あーーーっ、それにしても暇だな! オレも、外の様子でも見に行ってみっか!」


 結太のような現代っ子には、スマホもPCもない空間で、長時間過ごすというのは、かなりの苦痛を(ともな)うことなのだろう。

 個別包装のクッキーを幾つか掴み、ハーフパンツのポケットに突っ込むと、結太はドアを開けた。


「おっ、楠木! 目が覚めたのか!」


 とたん、十数メートル先の森の小道から、咲耶がひょっこりと姿を現し、駆け寄って来た。

 咲耶は結太の前で足を止めると、


「もうすぐだぞ、楠木! もうすく迎えが来る!」


 息を弾ませ、嬉しそうにニコリと笑う。


「朝起きたら、ヘリの音が聞こえてな。慌てて、そこら辺を見に行ってみたんだ。でも、砂浜までは結構掛かりそうだったから、諦めて引き返して来た。――だが、ヘリは着いてるわけだし、あいつらも、ここの存在は知ってるんだろうから、ここで待っていれば、必ず迎えは来るはずだ! もう大丈夫だぞ。安心しろ!」


 興奮気味にたたみ掛けられ、結太は目をぱちくりさせた。

 ホッとするより先に、『朝っぱらから元気だな』と、感心してしまったのだ。


 だが、咲耶のこのパワフルさがあってこそ、自分は救われたのだろうなと、改めて思う。


「ああ、よかったな。……それから、昨夜はホントに世話になった。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう、保科咲耶さん。あんたのお陰で、オレは死なずに済んだ。この恩を、どうやって返せばいいかは、まだわかんねーけど……。でも、何か困ったことがあったら、いつでも言ってくれ。オレに出来ることなら、何でもする」


 戻って来るなり、結太に真剣な顔で礼を言われ、咲耶は驚くと同時に、妙に照れ臭くなってしまった。

 プイッと顔をそらせると、


「な…っ、何だいきなり? 昨日も言ったが、私は出来ることをやっただけだ。べつに、大したことはしていない。礼を言われることなど……」


 そう言った後、小声で、『寝惚けて、首元に噛み付いてしまったようだしな』とつぶやいたが、結太には聞こえなかったらしい。『ん?――何て言ったんだ?』と訊ねられてしまった。


「なっ、何でもない!……と、とにかく、そこまで深刻に(とら)える必要はない。気にするな。大袈裟(おおげさ)にされると、かえって迷惑だ」


 昨夜の自分の()()()を思い返され、ツッコまれては堪らない。

 咲耶は慌てて話をそらした。


「……ん、まあ……あんたがそーゆーんなら、これ以上は言わねーけど」

「そうだ、言うな! もう言うな二度と言うな! この話はこれで終わりだっ!」

「……あ、ああ……。そーか、わかった」


 礼を言われるのが、そこまで迷惑なのだろうか?

 結太はますます、咲耶を『変なヤツ』認定したが、決して、嫌いな意味での『変』ではなかった。


 とにかく、ここで待っていさえすれば、東雲か鵲か、または龍生かはわからないが、誰かが迎えに来るのだろう。

 結太は、木々の間から覗く青空を見上げ、『大波乱の夜だったなぁ』としみじみ思いながら、大きく伸びをした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ