第12話 結太(咲耶の抱き枕)、眠れぬ夜を過ごす
(……眠れねー……)
咲耶に後ろから抱きつかれ、身動き出来ない(寝返りすら打てない)状態の結太は、たった一人で、長い夜を持て余していた。
咲耶はと言うと、結太に抱きついてから三分と経たないうちに、スースーと寝息を立て始め……どうやら、熟睡してしまっているようだ。
(クッソ~~~っ! 一人で早々と眠っちまいやがって! こいつ、いったいオレを、何だと思ってん――……って、ああ。〝抱き枕〟なんだっけか)
勝手に押し付けられた自分の役割を思い出し、結太はイラッとした。
(あ~~も~~~っ! 完全に眠ったら、自然と両手も離れんだろーと思ってたのに、全然離れやしねーし! ずーーーっと背中に張り付いてやがって……こいつ、完全にオレを抱き枕だと思ってんのか!? 男として見てねーだけじゃなく、人間とすら思ってねーってのか!?)
やけくそで、『この背中を抱き枕と思って、存分にお使いください』とは言った。
確かに言ったが、まさか、ここまで完璧に物扱いされるとは、結太も思っていなかったのだ。
「うぅ~ん……」
ふいに、結太の背中側で、咲耶が小さく呻いた。
ピッタリとくっついているせいで、息が首元に掛かり、結太はゾクッとして身をすくめる。
更に、腹辺りにある咲耶の左手が、もぞもぞと胸元に移動し、左足が結太の両足に絡まって来た。
「く――っ!」
思わず声が漏れ、慌てて歯を食いしばる。
更に密着度が増した上に、咲耶の唇が、微かに首の後ろに触れ、豊かな胸まで押し付けられていているのだ。これはこれで、拷問のようなものではないだろうか。
「う、うぅ~~……ん。……もう……食べられ……な……。ムニャムニャ……」
おまけに、必死に平静を保とうとしているところに、お約束のような、咲耶の寝言だ。
いい加減、ブチ切れそうになった。
(……ックショーーーッ! 何が『もう食べられない』だッ!? 夜歩き回って疲れたし、腹減ってんだろーから、無理ねーのかもしんねーけど、首の後ろで言うなバカヤローッ!! 息が掛かってくすぐってーんだよッ!! おまけにむっ、胸っ……胸押し付けて来んなっつーんだ、胸をぉおーーーーーッ!!)
結太にとっては、生き地獄のような夜だった。
ここにいるのが咲耶ではなく、桃花であったなら、辛い中にも、まだ喜びを見出せたかもしれないのだが。
桃花の親友である咲耶が相手では、ほんの少しの間違いでもあってはならないと、終始気が抜けず、緊張の度合いが、ハンパないったらない。
(伊吹さん……。あー、伊吹さんに会いてーなぁ……。あの温かい笑顔……可愛くて柔らかな、癒し系ボイス……。小柄で華奢で、抱き締めたら折れちまうんじゃねーかって、思わず心配になっちまうんだけど……。オレ、知ってんだ。あの体型で、意外と力持ちなんだよな。重い荷物軽々と持ち上げて、周りのヤツらをギョッとさせたりもしてたっけ。そーゆー時でも、照れ臭そうにニコニコ笑ってて……。ああっ、伊吹さん……っ!)
結太の方こそ、今は抱き枕を〝ギュッ〟としたい気分だった。
それなのに、現状と言えば、熟睡中の咲耶に抱きつかれ、ろくに身動きも出来ないと来ている。
結太は、まんじりともしない夜を、どうやり過ごそうか、ひたすらそればかりを考えていた。
すると突然、
「痛ッ!!」
首元に痛みが走り、何事かと、僅かに顔を傾けると……。
なんと、咲耶がガジガジと、首元に噛み付いているではないか。
先ほどの寝言から察するに、何かを食べる夢でも見ているのだろう。結太のことを、食物だと勘違いしているのだ。
(こんのぉ…っ! 『もう食べられない』って、さっき言ってたじゃねーかッ!! なのに、何食ってんだよ夢ん中でッ!? しかも、首元噛み付くとかって……おまえが犬や狼なら、オレ、死んでんだろーが危ねーなッ!!)
「あむ……。あむっ、あむ……。フフッ……肉ぅ……。豚肉の……丸……焼きぃ……。ヒャヒャッ、ヒャ……。あむっ。……あむっ。」
……食べられている。
夢の中で、確実に結太は食べられている。
〝豚肉の丸焼き〟として……。
(やぁあめろぉおおおーーーーーッ!! もーーーぉやめてくれぇえええーーーーーッ!! 首がよだれでベタベタになるぅううーーーーーっ、もーーーっイヤァアアアアーーーーーーーッ!!)
最初の一噛み以降は、ほとんど甘噛みではあったが、咲耶は結太の首を、ガジガジと噛み続けている。
そのうち、首を噛みちぎろうとして来るのではないかと、結太は急に恐ろしくなった。
そこで、少しずつ体を動かし、咲耶との距離を取ろうとし始めたのだが……。
それが、かえってマズかった。
咲耶は、『肉が逃げる』とでも思ったのか、結太の体にまたがるようにして、全体重を掛けると、結太をうつ伏せにしてしまった。
「ぐっ!……う……く、苦っ――し……」
咲耶の体に押し潰され、結太はセリフ通りの、苦しげな声を上げた。
それでも咲耶は、全く起きる気配もなく、『肉……。肉ぅ~……』と、尚も寝言を漏らしながら、ガジガジガジガジと噛み付いて来る。
(もー……ダメ、だ……)
自分はこのまま、一晩中身動き出来ない状態で、夜を過ごすのだ
咲耶の下敷きになりながら、結太は、諦めにも似た想いを抱きつつ、そっと両目を閉じた。