表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/297

第10話 結太、咲耶のお陰で窮地を脱する

 結太と同じく、体に新聞紙を巻き終えた咲耶は、ポリ袋で作った簡易(かんい)服(ポリ袋の三箇所に穴を開けたもの)を首から被り、両脇の穴から交互に腕を出した。


 次に、下半身にポリ袋を巻きつけ、腰の横で縛る。(巻きスカートのように見えなくもない……かもしれない)

 両足は、新聞紙を巻き付けた上からポリ袋を被せ、太ももの辺りで縛ってブーツ風にした。(かなり不格好で、ゴワゴワシャカシャカした感じではあるが)


「あ~あ。こんな格好を人に見られたら、大笑いされてしまうだろうな。……うん。でも、思ったより温かい。これなら、一晩くらいは楽勝で過ごせるかもしれん」


 己の姿を見下ろして(なげ)いてみせた後、咲耶はその場でくるりと一回転し、満足気に微笑んだ。


 それから結太の側に行き、膝をついて様子を窺うと……気のせいだろうか。先程よりは、顔色が良くなって来ているように見える。

 彼の頬に手を添え、(ひたい)(さわ)って確かめたが、発熱はしていないようだった。


「楠木、大丈夫か? 寒くないか? 少しは、具合良くなったか?」


 咲耶の言葉に、結太はゆっくりと首を動かし、咲耶を見て薄く笑う。


「ああ。……だいぶ、良くなった気がする」


 朦朧とした状態は脱したようだ。言葉がハッキリして来た。

 咲耶はホッと胸を撫で下ろすと、再び立ち上がって、結太と自分が脱いだ服を手に取った。


「びしょ濡れのままじゃ、明日着られないからな。この天気じゃ乾かないだろうが、絞って、広げた新聞紙の間にでも挟んでおこう。多少はマシになるだろう」


 そう言ってドアを開けると、二人の身に着けていたものを、一枚ずつ、ドアの外で絞り始めた。


 結太の下着を手に取った時は、さすがに『う…っ』となったが、恥ずかしがっていても仕方がない。目をつむって絞った。

 次に、固く絞った服を広げて持ち、上から下に思いきり振り下ろして水分を飛ばす。


 それらを、数枚残っていた新聞紙の上に広げて置き、もう一枚の新聞紙を被せて、端からそっと押して行く。こうすれば、残りの水分も多少は吸い取れるだろう。

 その工程を、衣服の枚数分繰り返す。


 全て終えると、咲耶は結太の側に戻って腰を下ろしたのだが、やるべきことをやってしまうと、どうしていいかわからない。沈黙は長く続いた。



「……なあ、楠木?」


 十分ほど経った頃、ようやく咲耶が口を開いた。

 しかし、結太からの返事はない。


「おいっ、楠木!?」


 嫌な予感がして、結太の肩に手を置いて顔を見ると、完全に目を閉じている。

 咲耶はヒヤリとし、慌てて頬を叩いた。


「おいっ、バカッ! 眠るなって言っただろーが! 死にたいのかッ!?」


 最初は恐る恐る叩いていたペチペチという音が、反応がないと知るや、パチパチ、バチバチに変わる。


「楠木ッ!! こらっ、起きろッ!!……起きろって言ってるだろーがッ!! お、き、ろぉおッ!!」


 叩く手が、片手から両手になる。

 それでもまだ、反応がない。

 咲耶は結太の体に馬乗りになり、必死に両頬を叩き続けた。


 すると、


「い……痛っ……。い、(いて)ぇ……。や、やめ……っ、やめ、て……」


 弱々しい声が聞こえ、咲耶はハッとして叩くのをやめた。

 結太の顔を見ると……マズい。両頬が真っ赤になっている。


「あ……。す、すまん! つい、夢中で……」


 あわわとなって体から下り、横に座り直すと、咲耶は気まずく顔を(そむ)けた。

 夢中だったとは言え、病人になんてことをしてしまったのだろうと、恥ずかしくなる。


 それから、数秒後。


「……ふ……、ハハッ。……ま、まさか、こんな状態で……暴力、振るわれるとは……思わなかっ――、クフッ、ハハハッ!」


 横たわったままの結太が、さもおかしそうに笑い出し、咲耶は思わずポカンとしてしまった。

 つい先ほどまで、死にそうな顔で震えていた人間とは思えない、陽気な笑い声だった。


「く……楠木……。おまえ、そんなに笑って……だ、大丈夫なのか? もう、具合悪くないのか?」


 結太はひとしきり笑ってから、咲耶の方に顔を向けた。


「ああ。もう大丈夫みたいだ。体の感覚が戻って来た。……きっと、おまえの処置が早かったお陰だな」


 結太は咲耶の目をじっと見つめ、しみじみした様子で『ありがとう』と言った。

 瞬間、咲耶の頬に赤みが差し、


「べっ、べつに、大したことはしていない。出来ることをやっただけだ」


 らしくなくモゴモゴとつぶやくと、照れ臭そうに目をそらす。

 結太はまたクッと笑って、『照れてやがんの』とつぶやいた。


「な――っ!……お、おまえ、急に態度変わってないか!? 倒れる前までは、敬語だったクセに!」


 咲耶はカッとなって抗議したが、結太は涼しい顔で。


「あー、そーだな。ちょっと前までは、いつも(えら)そーだし、言葉遣いは男みてーだし、圧が(つえ)ぇーし、苦手意識があったのは確かだな。なんでこんな女が、伊吹さんの親友なんだって、不思議で仕方なかった」

「な――っ! 何をぉッ!? 貴様、それが命の恩人に向かっ――」


「でもさ。ボーっとした意識の中で、あんたが一生懸命、オレのこと助けよーとしてくれてたの見てさ、反省したんだ。『オレは今まで、この人の何を見てたんだろーな』って。高圧的だとか言葉が男みてーだとか、そんなどーでもいーとこばっか気にして……。あんたが、ホントはすげー優しくて、よく気が付いて、可愛いとこもちゃんとある人だってこと、知ろーともしなかった」


 結太はそこまで言うと、咲耶を見てニカッと笑った。


「今まで悪かったな。あんたのこと誤解してた。……あんたは命の恩人だ。マジで感謝してる」


 直球で感謝を述べられ、咲耶は真っ赤になって固まった。

 いつもまっすぐに人の目を見て話す咲耶だが、逆に、向こうからまっすぐ来られると、どうしていいかわからなくなるらしい。


「そ……そんな、今更()めたところで、何も出んぞ?……高圧的だとか男女だとか、好き放題言っておいて……今更……」

「いや、男女とは言ってねーだろ。『高圧的』と、『言葉が男みてー』とは、言ったと思うけど」


「う――っ! こ、言葉が男っぽくて悪かったな! いつの間にかこんな風になってたんだ! 仕方ないだろ!」

「……いや。だから、悪いとは言ってねーって。言葉が男みてーだと、高圧的なとことか偉そーなとことかが余計際立(きわだ)って、損してんじゃねーかなって思っ――」

「誰が高圧的だ! 誰が偉そうだ!? 私はべつに、そんな態度取った覚えはないぞ!?」


 結太は口をぱっくりと開け、しげしげと咲耶を見つめていたが、やがて小さくため息をつき、小声でつぶやいた。


「それで自覚ねーとかって……。マジかよ……」


 とたんに咲耶はムカッとしたが、相手は病人だと言い聞かせ、どうにかキレずに済ませると、何度か深呼吸し、気持ちを落ち着かせた。

 それから改めて結太に向き直り、


「そんなことより……なあ、楠木。ちょっと頼みがあるんだが」

「――あ? 頼み?」


 咲耶はこくりとうなずいてから、居住(いず)まいを正した。


「さっきから言おうと思ってたんだがな。眠るなって言ってるのに、おまえが寝落ちしたりするから、機会を(いっ)してしまっていた」

「ああ……そーか。それは悪かったな。……で、頼みってーのは?」

「うん。すまんが、おまえの隣に、私も寝かせてもらえないか?」

「隣? べつにいーけど、狭――……」


 あまりにもあっさり言われたものだから、結太はうっかり了承してしまった。

 しかし、すぐに何かが引っ掛かり、言われたセリフを頭の中で反芻(はんすう)し、その意味を理解すると、間の抜けた声を上げた。


「はぁあぁあ~~~ッ!? とっ、……隣に寝るぅうぅう~~~~~ッ!?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ