第10話 結太、咲耶のお陰で窮地を脱する
結太と同じく、体に新聞紙を巻き終えた咲耶は、ポリ袋で作った簡易服(ポリ袋の三箇所に穴を開けたもの)を首から被り、両脇の穴から交互に腕を出した。
次に、下半身にポリ袋を巻きつけ、腰の横で縛る。(巻きスカートのように見えなくもない……かもしれない)
両足は、新聞紙を巻き付けた上からポリ袋を被せ、太ももの辺りで縛ってブーツ風にした。(かなり不格好で、ゴワゴワシャカシャカした感じではあるが)
「あ~あ。こんな格好を人に見られたら、大笑いされてしまうだろうな。……うん。でも、思ったより温かい。これなら、一晩くらいは楽勝で過ごせるかもしれん」
己の姿を見下ろして嘆いてみせた後、咲耶はその場でくるりと一回転し、満足気に微笑んだ。
それから結太の側に行き、膝をついて様子を窺うと……気のせいだろうか。先程よりは、顔色が良くなって来ているように見える。
彼の頬に手を添え、額も触って確かめたが、発熱はしていないようだった。
「楠木、大丈夫か? 寒くないか? 少しは、具合良くなったか?」
咲耶の言葉に、結太はゆっくりと首を動かし、咲耶を見て薄く笑う。
「ああ。……だいぶ、良くなった気がする」
朦朧とした状態は脱したようだ。言葉がハッキリして来た。
咲耶はホッと胸を撫で下ろすと、再び立ち上がって、結太と自分が脱いだ服を手に取った。
「びしょ濡れのままじゃ、明日着られないからな。この天気じゃ乾かないだろうが、絞って、広げた新聞紙の間にでも挟んでおこう。多少はマシになるだろう」
そう言ってドアを開けると、二人の身に着けていたものを、一枚ずつ、ドアの外で絞り始めた。
結太の下着を手に取った時は、さすがに『う…っ』となったが、恥ずかしがっていても仕方がない。目をつむって絞った。
次に、固く絞った服を広げて持ち、上から下に思いきり振り下ろして水分を飛ばす。
それらを、数枚残っていた新聞紙の上に広げて置き、もう一枚の新聞紙を被せて、端からそっと押して行く。こうすれば、残りの水分も多少は吸い取れるだろう。
その工程を、衣服の枚数分繰り返す。
全て終えると、咲耶は結太の側に戻って腰を下ろしたのだが、やるべきことをやってしまうと、どうしていいかわからない。沈黙は長く続いた。
「……なあ、楠木?」
十分ほど経った頃、ようやく咲耶が口を開いた。
しかし、結太からの返事はない。
「おいっ、楠木!?」
嫌な予感がして、結太の肩に手を置いて顔を見ると、完全に目を閉じている。
咲耶はヒヤリとし、慌てて頬を叩いた。
「おいっ、バカッ! 眠るなって言っただろーが! 死にたいのかッ!?」
最初は恐る恐る叩いていたペチペチという音が、反応がないと知るや、パチパチ、バチバチに変わる。
「楠木ッ!! こらっ、起きろッ!!……起きろって言ってるだろーがッ!! お、き、ろぉおッ!!」
叩く手が、片手から両手になる。
それでもまだ、反応がない。
咲耶は結太の体に馬乗りになり、必死に両頬を叩き続けた。
すると、
「い……痛っ……。い、痛ぇ……。や、やめ……っ、やめ、て……」
弱々しい声が聞こえ、咲耶はハッとして叩くのをやめた。
結太の顔を見ると……マズい。両頬が真っ赤になっている。
「あ……。す、すまん! つい、夢中で……」
あわわとなって体から下り、横に座り直すと、咲耶は気まずく顔を背けた。
夢中だったとは言え、病人になんてことをしてしまったのだろうと、恥ずかしくなる。
それから、数秒後。
「……ふ……、ハハッ。……ま、まさか、こんな状態で……暴力、振るわれるとは……思わなかっ――、クフッ、ハハハッ!」
横たわったままの結太が、さもおかしそうに笑い出し、咲耶は思わずポカンとしてしまった。
つい先ほどまで、死にそうな顔で震えていた人間とは思えない、陽気な笑い声だった。
「く……楠木……。おまえ、そんなに笑って……だ、大丈夫なのか? もう、具合悪くないのか?」
結太はひとしきり笑ってから、咲耶の方に顔を向けた。
「ああ。もう大丈夫みたいだ。体の感覚が戻って来た。……きっと、おまえの処置が早かったお陰だな」
結太は咲耶の目をじっと見つめ、しみじみした様子で『ありがとう』と言った。
瞬間、咲耶の頬に赤みが差し、
「べっ、べつに、大したことはしていない。出来ることをやっただけだ」
らしくなくモゴモゴとつぶやくと、照れ臭そうに目をそらす。
結太はまたクッと笑って、『照れてやがんの』とつぶやいた。
「な――っ!……お、おまえ、急に態度変わってないか!? 倒れる前までは、敬語だったクセに!」
咲耶はカッとなって抗議したが、結太は涼しい顔で。
「あー、そーだな。ちょっと前までは、いつも偉そーだし、言葉遣いは男みてーだし、圧が強ぇーし、苦手意識があったのは確かだな。なんでこんな女が、伊吹さんの親友なんだって、不思議で仕方なかった」
「な――っ! 何をぉッ!? 貴様、それが命の恩人に向かっ――」
「でもさ。ボーっとした意識の中で、あんたが一生懸命、オレのこと助けよーとしてくれてたの見てさ、反省したんだ。『オレは今まで、この人の何を見てたんだろーな』って。高圧的だとか言葉が男みてーだとか、そんなどーでもいーとこばっか気にして……。あんたが、ホントはすげー優しくて、よく気が付いて、可愛いとこもちゃんとある人だってこと、知ろーともしなかった」
結太はそこまで言うと、咲耶を見てニカッと笑った。
「今まで悪かったな。あんたのこと誤解してた。……あんたは命の恩人だ。マジで感謝してる」
直球で感謝を述べられ、咲耶は真っ赤になって固まった。
いつもまっすぐに人の目を見て話す咲耶だが、逆に、向こうからまっすぐ来られると、どうしていいかわからなくなるらしい。
「そ……そんな、今更褒めたところで、何も出んぞ?……高圧的だとか男女だとか、好き放題言っておいて……今更……」
「いや、男女とは言ってねーだろ。『高圧的』と、『言葉が男みてー』とは、言ったと思うけど」
「う――っ! こ、言葉が男っぽくて悪かったな! いつの間にかこんな風になってたんだ! 仕方ないだろ!」
「……いや。だから、悪いとは言ってねーって。言葉が男みてーだと、高圧的なとことか偉そーなとことかが余計際立って、損してんじゃねーかなって思っ――」
「誰が高圧的だ! 誰が偉そうだ!? 私はべつに、そんな態度取った覚えはないぞ!?」
結太は口をぱっくりと開け、しげしげと咲耶を見つめていたが、やがて小さくため息をつき、小声でつぶやいた。
「それで自覚ねーとかって……。マジかよ……」
とたんに咲耶はムカッとしたが、相手は病人だと言い聞かせ、どうにかキレずに済ませると、何度か深呼吸し、気持ちを落ち着かせた。
それから改めて結太に向き直り、
「そんなことより……なあ、楠木。ちょっと頼みがあるんだが」
「――あ? 頼み?」
咲耶はこくりとうなずいてから、居住まいを正した。
「さっきから言おうと思ってたんだがな。眠るなって言ってるのに、おまえが寝落ちしたりするから、機会を逸してしまっていた」
「ああ……そーか。それは悪かったな。……で、頼みってーのは?」
「うん。すまんが、おまえの隣に、私も寝かせてもらえないか?」
「隣? べつにいーけど、狭――……」
あまりにもあっさり言われたものだから、結太はうっかり了承してしまった。
しかし、すぐに何かが引っ掛かり、言われたセリフを頭の中で反芻し、その意味を理解すると、間の抜けた声を上げた。
「はぁあぁあ~~~ッ!? とっ、……隣に寝るぅうぅう~~~~~ッ!?」