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主人公降格!? ~協力者のはずの幼馴染に主役の座を奪われました~  作者: 金谷羽菜
第5章

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第8話 結太と咲耶、吹き荒ぶ風と雨の中を彷徨う

 森の中を、一時間ほど歩き続けただろうか。


 結太も咲耶も、スマホは部屋に置いて来てしまったので、正確な時間はわからないが……。

 二人の体内時計が正しければ、たぶん、そのくらいは経っているはずだ。


 雨も風も、相変わらず、情け容赦なく降り続けている。

 今や、二人の体は完全に冷え切り、震えが止まらない状態だったが、それでも、何とか気力を振り絞り、前へ前へと進んでいた。


 咲耶は、昼間この島に来て、森の中にも入っていたが、あの時は、龍生が先に立ち、道案内してくれていたから、迷わずに済んだのだ。

 今は、案内してくれる者は誰もいない。(かん)を頼りに進むしかなかった。


 とにかく、何でもいい。

 少しでも雨風を避けられるところがあれば、足を止められる。体を休めることが出来る。


 そう思いながら、必死に歩いているのだが、似たような樹木が()(しげ)るばかりで、雨風を防げそうな場所など、いっこうに見当たらなかった。



(参ったな。闇雲(やみくも)に歩き回っているだけでは、無駄に体力を消耗(しょうもう)するだけだ。……だが、歩みを止めたところで、もうどうしようもないじゃないか。引き返したって、砂浜には何もない。それは(すで)にわかっている。だったら、この森に希望を(たく)すしか……もう、それしかないんだ。それしかないのに……)



 咲耶は(あせ)っていた。

 手足はかじかんで、感覚が(にぶ)くなって来ている。

 もう、ランタンを持っているのもやっとだった。


 このままでは、朝まで持たない。

 本当に、凍死してしまうかもしれない。



(マズい……。マズいぞ。意識がハッキリしているうちに、何とかしなければ……)



「楠木、おまえは大丈――」


 結太の様子を確認しようと振り返った咲耶は、絶句して立ち止まった。


 結太の姿が見えない。

 まさか、はぐれてしまったのだろうか?


「楠木ッ!!……楠木、どこにいる!? 近くにいるなら返事しろッ!!」


 辺りを見回し、かじかむ手を懸命に上げて、周囲を照らした。


「楠木ッ!! 楠木ぃいいいいーーーーーーーッ!!」


 気力も体力も()(しぼ)り、名を(さけ)ぶ。

 すると、ランタンの光の先に、小さく結太の姿が見えた。


「楠木ッ!!」


 咲耶も限界に近いはずだが、気付いた時には走り出していた。

 走って走って、結太の近くまで来ると、思い切り両肩を掴んで揺さぶる。


「おいっ、大丈夫かッ!? しっかりしろ楠木ッ!!」


 ……返事がない。


 ヒヤリとして、大きく結太の体を揺さぶりながら、繰り返し呼び続けると、ようやく反応があった。


「……(わり)ぃ……。ちっと……確かめたい、ことが……あって……。見に、行ってたんだ。そしたら、追いつけなく……なっちまっ……て……」

「確かめたいこと?――何だそれは?」


 結太は(かす)かに笑うと、片手をゆっくりと上げ、親指で後ろを指し示した。


「向こう……に……み、見つけ……た」

「見つけた? 何を?」

「こ……や……。休めそ……な、小屋……」


 咲耶はハッと息を呑み、結太のかを強く掴んだ。


「本当か!? 本当に小屋があったんだな!?」

「ああ……。間違い、ねー……」


 ――やった!

 これで助かる!


「よし、もう大丈夫だ! よく見つけてくれたな、楠木!」


 希望が()いたからか、急に元気が出て来た。

 ゲームでたとえれば、ポーションを飲むか、ヒーラーに回復魔法を掛けてもらって、HPが(わず)かに回復した状態――と言ったところか。


「こっち、だ……。ついて……来て、くれ」


 結太の方は、かなり弱っているようだ。

 声にも張りがなく、弱々しい。やっとのことで、絞り出している感じだった。


「おい、大丈夫か? 具合が悪いんじゃないか?」


 心配になって咲耶が訊ねても、結太は『大丈夫だ』と苦しそうに繰り返すばかり。案内するため、先に立って歩く足元は、かなりふらついていた。



(この様子……。もしや、熱でもあるんじゃあるまいな? だとしたら大変だぞ。その小屋とやらに、何か、体を温められるものがあればいいんだが……)



 結太の身を案じ、咲耶の心は、大きくざわついていた。

 だが、とにかく今は、一刻も早く、小屋に着くことだけを考えよう。

 そこに毛布や暖房器具などがあることを祈りつつ、咲耶は結太の後について行った。




「ほら……。ここ……だ」


 数分ほど歩いた後、結太は、ある場所で足を止めた。

 咲耶がランタンをかざして前を照らすと、こじんまりとした、ログハウスが現れた。


「おおっ、すごいな! 立派なもんじゃないか! 小屋って言うから、もっとオンボロな、倉庫みたいな建物かと思っていた」


 咲耶は声を弾ませて、ログハウスのドアの前に立った。


 問題は、ドアに鍵が掛かっているか(いな)かだ。

 掛かっていたら、軒先(のきさき)で雨宿りは出来るけれど、強風から身を守り、体を温めることは出来ない。


 祈るような気持ちでドアノブに手を掛け、右に回した。


「おおっ、開いたぞ! 中に入れる!」


 咲耶はドアを開け放ち、中へと足を踏み入れた。


 ランタンの(あか)りで照らして見ると、目測では二十畳程度と、結構広さはある。

 しかし、今は誰も使っていないのだろうから、当たり前だが、家具などはほとんどなかった。


 端の方に、木製の椅子が一脚、転がっている。

 反対側には、ゴミ箱にでもしていたのだろうか。(ふた)なしの一斗缶(いっとかん)が置かれていた。

 中には、ねじった新聞紙が、五部ほど突っ込まれている。


「毛布! どこかに毛布はないのか!?」


 咲耶は転がっていた椅子を立て、そこにランタンを置くと、壁側に収納棚、床に収納庫などがないかを見て回った。

 だが、壁には大きな窓と小さめの窓があるだけで、収納棚などはどこにも見当たらなかった。


「収穫なし、か……。マズいな。濡れた服を着たままでは、体温が奪われるばかりだ。服を脱いで毛布を被れば、寒さを(しの)げると思ったんだが。……なあ、楠木。せめておまえだけでも、服を脱いでおけよ。そこに新聞紙があるか――ら……」


 振り返ると、結太は未だ、入り口に突っ立っていた。

 自分の体を抱き締め、ガクガクと震えている。顔色は、もはや真っ蒼を通り越して、白いと形容してもいいくらいに、血の気が失われていた。


「楠木?……おいっ、大丈――」


 声を掛けたとたん、結太の体がグラリと揺れた。

 そのまま(ひざ)から(くず)れ落ちるように、床へと倒れる。


「楠木ッ!?」


 慌てて駆け寄り、咲耶は結太の体を抱き起こした。

 膝に頭部を乗せ、頬を数回叩く。


「おいっ! おいっ、楠木ッ! しっかりしろ楠木ッ!!」


 すると、結太はうっすら目を開き、


「……悪ぃ……。なんか……頭が……ボーっと、して……」


 弱々しく言葉を返すが、その間にも、体の震えが激しく、いっこうに止む気配がなかった。



(意識が朦朧(もうろう)として、震えが止まらない状態……。まさかこれは、〝低体温症(ていたいおんしょう)〟とかいうヤツではないだろうな?)



 低体温症――深部体温が三十五℃以下の状態を指し、これによる死が、〝凍死〟だ。


 咲耶も、それほど詳しいわけではない。

 以前にちらっとだけ、どういう症状なのか、軽度の場合と重度の場合の違いは――ということを、耳にしたことがある程度だった。



(……マズい。本当にそうだとしたら、楠木が危ない!……どうすればいい? どうすれば……!)



 震える結太を抱きかかえ、咲耶は一人、途方に暮れていた。


 〝このままではダメだ〟ということだけはわかる。

 しかし、咲耶も普段の状態ではなく、心も体も疲れ切っているのは、結太と同じなのだ。すぐに〝どうすべきか〟などという考えが、浮かんで来るはずもなかった。



(……とにかく、一度落ち着こう。焦っていては、いい案など浮かばない。今、こいつを……楠木を助けられるのは、私だけなんだ。私がしっかりしなくては――!)



 咲耶の胸に、熱い使命感が湧き上がった。



 しばらくしてから、咲耶は結太の体を膝から持ち上げ、そっと床に横たえた。

 そして立ち上がり、開いたままになっていたドアを、早足で閉めに向かう。


 ドアを閉め、振り返って、改めてログハウスの中を見回すと、一斗缶に突っ込まれた新聞紙に目が留まった。

 何か思いついたのか、コクリとうなずき、咲耶は一斗缶へと近付いて行った。

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