第7話 結太と咲耶、危機的状況下で口論する
その頃、無人島では。
咲耶の下着が透けていることに気付いた結太は、なるべく見ないようにしていた。
だが、それが気に入らなかったのか、咲耶はとうとうブチ切れ、
「いい加減にしろッ!! いったい、いつまでそうやっているつもりだ!? 目をそらしたところで、私は消えて無くなったりしないぞ!? 観念してこちらを向け!! 背中を向けて人の話を聞くなど、失礼千万!! 許されることではないんだからなッ!?」
そう言って結太の肩を強く掴み、自分の方へ向けようとして来る。
結太はそれでも踏ん張って、必死に抵抗していた。
(あーもーっ! 何でこんなにしつこいんだっ!? オレがどうやって話を聞こうが、勝手じゃねーか!……ったく。いー加減気付けよ! 下着が透けてるっつってんだろーがッ!!)
本当は、こんなことをしている場合ではないのだ。
雨風は一層激しさを増し、二人の体を容赦なく打ち付けている。一刻も早く、避難出来る場所を探さなければ、完全に体が冷え切ってしまうだろう。
それくらい深刻な状況だというのに、思春期の少年少女は、一筋縄では行かないのだ。
「楠木ッ!! こちらを向けと言ってるだろーがッ!! 何故そうまで頑ななんだ!?」
「だーかーらーーーッ!!……あああっもーメンドクセーッ!! こうなったら言っちまうからな!? 覚悟しろよ!?」
「はあ!? 覚悟!?――いったい何の覚悟だ!?」
咲耶は、結太の肩を掴んでいる手の力を、一切緩めることなく問い掛ける。
出来ることなら、自分で気付いてほしかった。
だが、こうなっては仕方がない。
結太は覚悟を決め、雨風の音に掻き消されないで済むよう、めいっぱいの声で叫んだ。
「あんたの下着がッ!! さっきから、透けて見えてんだってばよおおおおおーーーーーッ!!」
「――っ!」
咲耶の手から、一気に力が抜けた。
そのとたん、結太はバランスを崩し、
「わっ!?――ぅ、ぎゃあッ!!」
側にあった木の幹に、頭から突っ込んだ。
「――ッ!!……ってぇ~~~……」
頭部を強かに打ち、結太は呻き声を上げる。
痛みに顔を歪め、頭をさすりながら振り向くと、咲耶はランタンを足元に落とし、両腕で胸の辺りを隠すようにして、顔が見えないくらい深く、うつむいていた。
「……保科……さん?」
やはり、咲耶も普通の女性だったということか。
恥ずかしさに耐え兼ね、結太の顔が、まともに見られなくなっているのだろう。
(なんだ。保科さんも可愛いとこあんじゃねーか。……だよな。そりゃー、誰だって恥ずかしーよな。下着見られるなんて)
咲耶の女性としての一部分を、ようやく確認出来た気がして、結太はホッとしていた。
今までの咲耶の言動があまりにもガサツ――もとい、男前過ぎて、正直引いていたのだ。
「……す……」
「――へ?」
ふいに。
咲耶が何事かつぶやいたが、暴風雨のせいで聞き取れず、結太は首を捻った。
「潰すッ!!――潰す潰す潰す潰すッ!! 貴様の目を潰してやるからさあ早くそこへ直れぇええええッ!!」
咲耶は恐ろしい言葉を連呼すると、結太の肩をガシッと掴み、片手を人差し指と中指を突き出した(ピースサインをする時のような)形にして、両目の前でスタンバイした。
「わあああああッ!!――ちょ…っ、待っ――! 待って待って保科さんッ!! その手やめてッ!! 怖い怖いッ、怖いからッ!!」
「いいや潰すッ!! 今潰すすぐ潰す即潰すぅッ!! そしてその辺の棒切れで五十回ほど貴様の頭を殴打し、確実に息の根を止めるッ!! その後、この森のどこかになるべく深く穴を掘って貴様の亡き骸を放り込み、土を被せて踏み固めて落ち葉をビッシリばら撒いて、完全犯罪を成立させてやるわッこのエロエロ魔人めがぁああああッ!!」
「うわあああ何それッ!? 何その、やたら大雑把だけどある意味細かくて長ったらしい殺人予告ッ!? 頭棒切れで五十回殴打とかって、それ完全にスプラッターだろ!? ミステリー通り越してホラーになっちまうからやめてッ!? オレ大の苦手なんだよスプラッターホラー!!」
「貴様が苦手だろうが得意だろうが関係ないわッ!! とにかく潰すッ!! 貴様のような最低エロ大魔神は私の手で確実に殺してやるぅううううーーーーーッ!!」
「わああああーーーーーッ!! 暴力反対殺人反対ッ!! 第一、犯罪犯したその後で、伊吹さんの顔まっすぐ見られんのかよッ!? 伊吹さんそーゆーの絶対ダメだろッ!? あんなに優しい伊吹さんに、親友のアンタが悲しい想いさせてどーすんだよコノヤロォオオオーーーーーーーッ!!」
顔の前で腕を交差させ、防御の構えをしたまま静止していた結太だったが、急に咲耶の声がしなくなった。
しばらくの間、沈黙が辺りを支配する。
急激な寒気が襲い、身震いして、結太が恐る恐る咲耶を窺うと、彼女は無言で立ち尽くし、ただただ雨風に打たれていた。
「……え……と……。保科さ……ん?」
当たり前だが、相変わらず下着は透けたままだ。
しかし、咲耶の説明しがたい表情に気を取られ、恥ずかしがる余裕すら、その時の結太からはなくなっていた。
やがて、咲耶は落としたランタンを拾い、くるりと背中を向けると、
「だいぶ時間を無駄にした。森の中を進むのは危険かもしれんが、もう、これしか方法がない。どこかに、雨風を防げる場所がないか、歩き回って探すぞ。おまえも、このまま死にたくなかったら、黙ってついて来い」
そう言い放ち、まるで、何事もなかったかのように歩き出した。
(な……なんだ? 急に大人しくなったな。……やっぱ、〝伊吹さん〟の名前を出したのが効いたのか……?)
訝しく思いながらも、咲耶がどんどん歩いて行ってしまうので、見失ってはそれこそ一大事だと、結太は慌てて後を追った。