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第6話 龍生、桃花の芯の強さに救いを見出す

 龍生がダイニングルームに行くと、桃花は椅子に座り、呆然とした様子でうつむいていた。

 その横には宝神が座り、桃花の手を握って、穏やかに話し掛けている。

 後方には、鵲と東雲が並んで立ち、心配そうに桃花を見下ろしていた。


「伊吹さん」


 龍生が声を掛けると、宝神と鵲、東雲が、同時に顔を上げた。

 だが、桃花は何の反応も示さず、うつむいたままだ。


 龍生は桃花の側まで行き、宝神とは逆側の椅子を引いて座ると、桃花のもう片方の手を握った。


「伊吹さん。……伊吹さん、聞こえるか?」


 やはり桃花は答えない。

 蒼ざめた顔で、ぼうっと一点を見つめている。


「伊吹さん、聞こえるなら返事をしてくれ! 俺だ。秋月だ!」


 ピクッと、桃花の肩が揺れる。

 ゆっくりと顔を上げ、やはりゆっくりと、龍生の方へ顔を向けた。


「秋月……くん」


 蒼い顔のまま、桃花がつぶやく。

 龍生は握った手を持ち上げ、もう片方の手を重ねると、ギュッと握った。


「伊吹さん。こんなことになってしまって、本当に申し訳ない。全て俺の責任だ。(うら)むなら、俺一人を恨んでくれ」


 桃花はハッと息を呑み、龍生の目をまっすぐ見つめると、思い切り首を横に振った。


「そんな! 恨むなんて、そんなこと!」

「……いや。君には、恨まれて当然だと思っている。俺の予測や計画が甘かったばかりに、君の大事な幼馴染と、大事な同級生を、同時に危険に晒してしまった」

「危険!?……そんなに、危険なんですか? 無人島って、本当に何もないところなんですか?」


 龍生を見つめる桃花の目が、見る見るうちに(うる)んで行く。

 龍生は目を伏せ、辛そうに声を絞り出した。


「……ああ。残念ながら、本当に何もないんだ。砂浜と、森ばかりの無人島だ」

「砂浜と、森……」

「そうだ。……だが、昔は、通いの管理人がいたらしいんだ。その頃管理人が使っていた小屋が、島のどこかにあるはずで……。裏側に近い方にあるそうだから、彼らに見つけられるかどうかは微妙なところだが、それさえ見つけてくれていれば――」



 ……やはり、昼に咲耶と行った時、島の様子を、見て回っていればよかった。

 そうしていたら、小屋がどの辺りにあるか、確かめておけたのに。


 あの時は、咲耶に遅咲きの桜を見てもらおうと、そのことばかり考えていて……小屋のことなど、思い浮かびもしなかった。

 小屋さえ見つけ出せていれば、咲耶もそのことを思い出し、すぐに避難することが出来ただろうに……。


 今更、『もしも』の話をしても仕方がない。

 それがわかっていても、どうしても、考えずにはいられなかった。



「……大丈夫……です。咲耶ちゃんなら、その小屋、きっと見つけ出します!」

「えっ?……伊吹……さん?」


 つい今しがたまで、蒼い顔でうつむいていたというのに。

 桃花の、妙にキッパリとした物言いに、龍生は思わず目を見張った。

 桃花は、龍生の顔をまっすぐ見つめ、笑顔まで浮かべている。


「咲耶ちゃん、昔から〝冒険〟とか〝探検〟、大好きだったんです。気が付くと、木の上に登っていたり、怪しい洞窟や空き家に、一人で入って行ったり、『宝探しだ』なんて言って、森の奥に、どんどん歩いて行っちゃったり……。わたし、いっつもヒヤヒヤしながら、咲耶ちゃんの後、ついて回ってました。咲耶ちゃんは、危険な状況に(おちい)った時ほど、燃えちゃう人なんです。サバイバルの本とかも、熱心に読んでたことありますし……。だから、きっと大丈夫です! 無事に決まってます!」


 蒼ざめていた顔が嘘のように、今は明るく輝いている。

 咲耶の(たくま)しい部分を思い出し、希望が()いて来たのだろうか。



(それだけ、咲耶を信じているということか。咲耶なら、どんなに困難な状況でも、きっと乗り越えてみせると)



 いつも咲耶に守られ、頼りなげに見えていた桃花が、急に頼もしく感じられ、龍生の顔は自然とほころんだ。


 勇気付けなければと気負っていた心が、少しずつ(ほぐ)れて行く。

 逆に勇気付けられてしまったなと、龍生は小さく息をついた。



(見た目はか弱そうなのに……。きっと、(しん)は強い女性なのだろうな。……まあ、そうでなければ、咲耶の友人は(つと)まらないか)



 龍生は軽くうなずき、再び桃花の手を握った。


「ああ、そうだね。二人とも、無事に決まっている。普段の結太は、少々、意気地のないところもありはするが……いざという時には、ちゃんと動ける男だ。それは俺が保証する」


 龍生の言葉に、桃花は無言でうなずく。

 龍生はフッと微笑んで、先を続けた。


「もともと結太は、自分を過小評価し過ぎる傾向があるんだ。見た目も中身も悪くはないのに、(はな)から、自分はダメだと決めつけている。……結太には、自信が必要なんだ。自信さえ持てるようになれば、あいつは、今よりもっといい男になれる。――ね、そうは思わない?」

「……えっ?」


 唐突に同意を求められ、桃花の頬は、淡いピンク色に染まった。

 その様子から、龍生はますます確信する。――やはり、桃花は結太のことが好きなのだと。


「あ、あの……っ。わ、わたし……えっと……」


 じぃっと見つめていると、顔だけでなく、耳や首元までが、赤みを帯びて行った。

 龍生はクスリと笑い、握っていた手を桃花の膝に戻してから、そっと離した。


「すまない。少し意地悪なことを言った。この話は、ここまでにしようか」

「えっ?……こ、この話……って?」


 真っ赤な顔のまま訊ねる桃花に、龍生はいつもの〝王子様スマイル〟で答えると、あえて何も言わずに席を立った。

 それから、後方に控えていた鵲と東雲に向かい、


「鵲、東雲。悪いが、今日は早めに就寝してくれ。天気が回復したら、東雲には、すぐ飛んでもらわねばならない。鵲にも、二人の捜索を手伝ってもらうことになるだろう。今から体力を温存しておいてほしい」

「えっ!……い、いや、しかし坊ちゃん! お二人が危ないって時に、呑気(のんき)に眠ってなんかいられませんよ! 俺はこのまま起きてます!」

「ダメだ!! 寝不足の状態で、ヘリを操縦させるわけには行かない。二次災害が起きたらどうするつもりだ!? それこそ、取り返しがつかないだろう!?」

「そ――っ、それは……。そう、なんですが……」


 龍生のもっともな意見に、東雲は口ごもり、暗い顔でうつむいてしまった。

 龍生は小さくため息をつき、


「……東雲。鵲もだ。今、自分達に何が出来るか、どうするのが一番良いのかを、よく考えてくれ。……心配なのはわかる。眠れそうにないのもわかるが……。眠れないのなら、横になるなり、目をつむるなりして、(わず)かでも、気力や体力を温存させる方法を考えるんだ。それが今、おまえ達が出来る最善のことだ。――違うか?」


 龍生の問いに、二人はハッとしたように目を開くと、顔を見合わせ、同時にうなずいた。


「いいえ! 龍生様のおっしゃる通りです!」

「我らは、少しでも体力気力を温存させるため、今夜は休ませていただきます!」

「……ああ、そうしてくれ」

「はいっ!――では、失礼いたしますっ!」


 二人は深々と一礼してから、ダイニングルームから出て行った。

 桃花は、その様子を横で見守りつつ、



(秋月くん、すごいなぁ……。お家の使用人さんではあるけど、大人の人達に対して、あんなにしっかりとしたことが言えるなんて。……やっぱりこの人は、生まれながらにして、人の上に立つことを定められた人なんだ)



 ひたすら感心し、尊敬の眼差しを龍生に(そそ)いでいた。

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