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第5話 龍生、動揺を押し隠し更に頑丈な仮面を被る

 東雲からの二度目の連絡後、しばらく経ってからのことだった。

 龍生が、結太と咲耶の無事を祈りながら、窓の外を見つめていると、ノックの音がした。


「坊! トラ――っ、いえ、東雲から事情は聞きました! 結太さんと保科様が、大変なことになっていらっしゃるとのことで……。ですがっ、その――お心を痛めていらっしゃる時に、大変申し訳ないのですがっ、伊吹様のご様子が、かなり不安定でいらっしゃるそうなんです! それで、あのっ……今は、お福さんが側についているらしいんですが、出来れば、坊にもお出でいただけないだろうか――とのことでしてっ!」


 (かささぎ)だ。

 声の調子からして、かなり切迫しているように思える。



(不安定……って、伊吹さんが?)



 龍生はゆっくりと振り向き、ドアへと目をやった。



(……そうか。結太と咲耶が、今、どのような状況下にいるかを、誰かから聞いたんだな。だったら、不安定にもなるのも無理はない。親友と、気になっている者が、同時に危険に(さら)されているのだから。……あんなに優しい人に、いらぬ心配を掛けることになってしまった。全て俺のせいだ。俺が余計な真似をしなければ、こんなことには――)



 今更、後悔したって遅い。それはわかっている。


 だが、どうしても、繰り返し繰り返し思ってしまう。

 二人にもしものことがあったら、どうすればいいのだと――。



(落ち着け――。落ち着け、秋月龍生。今は、悔やんでいる場合ではない。こういう時こそ、冷静になれ。冷静にならなければ。また重大なミスを犯す。それだけは、絶対に避けなければ……)



「坊! 坊、大丈夫ですかっ!? 返事をしてください、坊ッ!!」


 ドアをドンドン叩きながら、鵲が大声で呼び掛けて来る。

 龍生は背筋を伸ばし、両頬を叩いて、自らに気合を入れた。



(しっかりしろ! お祖父様(じいさま)も父さんもいないこの場では、俺が秋月家当主代理。腑抜(ふぬ)けた顔を晒すわけには行かない)



 深く息を吸い込み、表情を引き締めると、鵲に向かって一喝(いっかつ)する。


「騒ぐな! ()くとも聞こえている!」


 ドアを叩く音が、ピタリと止んだ。

 龍生はドアへと近付いて行き、凛とした声で。


「うろたえるな、鵲! 俺は問題ない。それより、お祖父様に至急連絡を取ってくれ。もしもの時には、救助要請をしなければならない。事情は俺が説明する。頼むぞ」


 鵲は、普段通りの龍生にホッとしたのか、微かに笑みを浮かべると、『はいッ! 承知しました!』と返し、スーツの(ふところ)からスマホを取り出した。



 龍之助の携帯番号は、龍生には知らされていない。

 当主に直接連絡出来るのは、今別荘にいる者の中では、ボディガードの鵲と東雲だけだ。本家では、側近の赤城、運転手の安田、そして、今は外国に住んでいる、龍生の父くらいだった。


 何故、数名の者しか知らないのか?


 肉体的にも精神的にも、自分の身を守れる者でなければ、簡単に隙をつかれ、龍之助の携帯番号を外部の者に盗み見られたり、携帯ごと奪われたりする可能性があるからだ。

 龍之助の番号を悪用されないための、予防策というわけだった。


 ボディガードの鵲と東雲はもちろんだが、側近の赤城と運転手の安田も、護身術などの必要な能力は(そな)えている。そういう限られた者だけに、当主の携帯番号は知らされることになっていた。


 龍生も幼少期より、護身術は身に付けている。

 武術の達人などが相手ではない限り、自分一人を護り切るだけの能力はあるのだが、未成年であることと、内面はまだまだ未熟であるという理由で、未だ、龍之助には認められていない。


 龍生にとって、かなり屈辱的なことではあったが、今の時点では、それが現実だった。



「坊、龍之助様です」


 数十秒のやりとりの後、鵲はスマホを両手の上に乗せ、龍生の前に差し出した。

 龍生は、うなずいてスマホを手に取ると、一回深呼吸してから、耳元に当てた。


「お祖父様、龍生です。……はい。……はい。それが、こちらの手違いにより、結太と保科さんが、ほとんど何も持たないまま、無人島に置き去りに――。……はい。今、こちらの天気は大荒れで、まるで台風のようなのです。……はい。まさか、ここまで天気が崩れるとは……。申し訳ありません。全て私の責任です。……はい。……はい。そうしていただけると助かります。……はい。……はい。わかっています。それでは、よろしくお願いいたします。……はい。……は?……いいえ。私は大丈夫です。……はい。……はい。失礼いたします」


 電話を切ると、龍生は深くため息をつき、鵲にスマホを返した。


「坊。あの……龍之助様は、何とおっしゃっていたのですか?」

「……ああ。もしもの時は、救助ヘリと、秋月家が懇意(こんい)にしている病院に搬送するための、ドクターヘリの要請をしてくれるそうだ。あくまで、緊急を要する場合には、だがな。そうとわかるまでは、己でどうにかしてみせろ――だそうだ」

「己で、どうにか……」


 たちまち蒼くなる鵲に、龍生はフッと微笑む。


「どうしておまえが蒼くなる?……大丈夫だ。こちらでどうにか出来ることだけで済めば、それに越したことはないだろう? 結太も保科さんも、無事に見つかるということだからな」

「は……はいっ、そうですね! 我々の力だけで、必ずや、結太さん達をお助けいたしましょう! 微力ながらこの鵲、坊の手となり足となり、精一杯お手伝いさせていただきます!」


 龍生はうなずき、真顔になって言った。


「それで、伊吹さんはどこにいる? お福が側についていると言っていたから、キッチンか? ダイニングか?」

「あ――。は、はいっ。ダイニングにいらっしゃいます!」

「わかった。すぐに行く。おまえは先に行っていてくれ」

「はいっ。それでは、失礼いたします!」


 鵲が廊下を早足で行ってしまうと、龍生はドアを閉め、背中から寄り掛かって目を閉じた。


 年下とは言え、龍生は鵲の主人だ。

 主人が従者の前で、頼りない姿を見せるわけには行かない。


 だが、そうは言っても、龍生はまだ高校生だ。

 大切な人達に危険が迫っている。それがわかっているのに、平静を保っていなければならないのは、相当にキツいことだった。



(咲耶は俺のことを、『仮面王子』と呼んでいたな。……そうだ。今まで以上に頑丈(がんじょう)な仮面を被ろう。どんなことがあっても()がれない、完璧な仮面を)



 龍生はそう覚悟を決め、再びドアを開けて廊下に出た。


 きっと桃花は、男である自分よりも、不安に(さいな)まれているはずだ。

 桃花の前では特に、気丈にふるまわなければならない。



(……大丈夫だ。大したことではない。この暴風雨の中、寒さに震えているに違いない、結太と咲耶のことを考えたら、少しも辛くはない。……そうだ。やれる。俺は必ず、最後まで仮面を(かぶ)り続けてみせる)



 廊下を歩く龍生の足元は、少しもふらついてはいなかった。


 しかし、心臓は普段よりも大きく脈打ち、こめかみの辺りは、先程から、ズキズキと痛み始めていた。


 さすがに、己の内面までは(だま)せないらしい。

 そのことを痛感しながら、龍生はダイニングへと向かった。

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