第14話 結太、魅惑のデートプランにときめく
龍生に指定された場所に行くと、既に、東雲が操縦するはずのヘリコプターが待機していた。
今は、夜の八時少し前。
龍生に言われた時間は八時なので、遅刻はしていない。
(こ……この中に、伊吹さんがいる……のか?……いや。ちょい早めに来ちまったから、まだ来てない可能性も……。ああ~~~っ、けど、緊張するぅ~~~っ!! これからヘリで、二人っきりのナイトクルージングかぁ……。高校生のデートにしちゃあ、かなり贅沢だよなぁ。……うん。やっぱ持つべきものは、金持ちの幼馴染だな!)
結太は心でガッツポーズを決め、ドキドキしながらヘリへと近付いて行った。
「は!? 伊吹さんと!? 今夜、ヘリでクルージング!? その後、無人島で二人っきり!?」
龍生からの電話の内容は、桃花とのデートプランの提案だった。
結太はいきなりの申し出に呆気に取られ、しばらくは、次の言葉が発せられなかった。
『結太?……おい、聞いているのか?』
結太はハッとし、両手でスマホを持ち直してから、龍生の声がよく聞こえるよう、耳へピッタリと押し当てた。
「きっ、聞ーてる聞ーてるっ! 伊吹さんと、ヘリで二人っきりのクルージングだろっ? 今夜っ。は、八時にっ」
『ああ、そうだ。保科さんの協力を得られない今、伊吹さんと結太が二人きりで話をするには、これくらいしか手はないと思ってな。伊吹さんには、保科さんの目を盗んで伝えてくれるように、もうお福に頼んである。指定の場所へ時間通りに向かえば、東雲がヘリを待機させて待っているはずだ。そこに乗り込め。いいな? 時間より前に着くならいいが、遅れたりするなよ? 伊吹さんが長いこと側を離れていたら、保科さんが捜し始めるに決まっているからな。そこを突き止められたら、即アウトだ』
「わ……わかった! 遅れないよう気を付ける!」
『よし、それでいい。では、健闘を祈る』
「おっ、おうっ!!」
――そうして、龍生からの電話は切れた。
結太は興奮のためか、顔を真っ赤にし、いつの間にか、ベッドに正座までしていた。
(伊吹さんと……伊吹さんと、二人っきり……。ヘリ……ナイトクルージング……。その後、無人島で……ふ、二人っきり……っ!)
ドックドックドックと、心臓が大きく脈打っている。
龍生には、一人で頑張れと突き放されるわ、咲耶に嫌われるわで、もうダメだと思っていたが、龍生はまだ、自分を見捨ててはいなかったのだ。
それどころか、ここまで魅力的なプランを考えていてくれたとは!
やはり、持つべきものは友達想いの金持ちの幼馴染だと、結太は心の底から感動していた。
(……あっ! けど、着てく服がねーぞ!? まさか泊まるとは……しかも、二泊もするとは思ってなかったから、着替えなんて持って来てねーしっ!……ど、どーしよー? せっかくのデート……おまけに、ヘリでクルージングなんてゆー、豪華過ぎるプランなのに、服がこれじゃあ、台無しだよな……?)
……などと、結太は蒼くなっていたが。
桃花と咲耶の家族同様、当然、結太の家族(母親)にも、話は通っていた。
結太には内緒で、二泊することになっている。荷物に、こっそりと着替えを入れておいてほしい。――龍生の家の者が、そうお願いしているはずだった。
だが、結太はそれを知らず、また、自分の荷物の中を確認するようなことも、している暇がなかったので、着替えはないと思い込んでいた。
(うぅ……こんな軽装……。ちっともカッコよかねーけど、しゃーねーか。これしかねーんだもんな。……うん。服装は諦めよう)
結太はガッカリしながらも、早々に気持ちを切り替えた。
あと一時間ほどしかない、約束までの時間を、ドキドキソワソワしつつ、過ごしたのだった。
そして、今である。
今、このヘリの中には、桃花がいる(かもしれない)。
結太はギュッと目をつむり、バクバクする胸を片手で押さえながら、ヘリにエイヤっと乗り込んだ。
「おっ、お待たせしましたっ! 伊吹さ――っ」
つむっていた目を開いた瞬間、飛び込んで来たのは、桃花の姿ではなかった。
――あまりのショックに、言葉さえ出て来ない。
結太は口をポカンと開けたまま、しばらくその場で固まっていた。
「ああ、待ったぞ。よく来たな、楠木結太。……いや。よくものこのこと来れたもんだな、楠木?」
「……ほ……保科……さん……」
――そう。
ヘリに乗っていたのは桃花ではなく、咲耶だったのだ。
「なっ、なん――っ!……何、で……保科さん……が?」
蒼ざめつつ訊ねると、咲耶はニッと笑って。
「残念だったなぁ、楠木? ここにいるのが桃花じゃなくて。……だいたい、甘いんだよ。私に黙って桃花を連れ出すなど、簡単に出来ると思っていたのか?」
「う――っ。……そ、それは……」
結太が言い返せずに口ごもっていると、
「結太さん! 発進しますから、早く座ってください!――あっ、シートベルトも忘れずに!」
「えっ?……でっ、でもっ」
東雲に急かされ、結太は焦って咲耶をチラ見した。
彼女はシートにふんぞり返り、余裕の笑みなど浮かべている。
「ほう? クルージングを共にする相手が、私では不服か?」
「えっ!……あ、いっ、いやっ。……そーゆー、ワケじゃ……」
「では、早く座れ。操縦士に迷惑だろう?」
「あ……。は、はい……」
結太はすっかり観念し、シートに座って、シートベルトを装着した。
――が、隣からの圧がハンパなく、生きた心地がしなかった。
「んじゃ、行きますよー!」
東雲の合図の下、ヘリは離陸を開始する。
上昇して行くのを感じながら、
(ああ……。サヨナラ、伊吹さんとのデート……。サヨナラ、ロマンチックな、二人だけのナイトクルージング……。サヨナラ、二人っきりの無人島……)
ほとんど泣きたい気分で、結太は窓からの景色を眺めていた。
桃花とのデートプランに心躍らせていた結太だったが、待っていたのはまさかの咲耶だった。
一気に落ち込む結太、そして不敵に笑う咲耶の、夜のデートの結末は?
……というわけで、第4章はここまでとなります。
お読みくださり、ありがとうございました!