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第13話 桃花は落ち込み、結太は浮かれまくる

 結太の部屋を出た後、咲耶に手を引かれて歩きながら、桃花は咲耶に気付かれぬよう、小さくため息をついていた。


 プレゼントを、結太に渡せたのはよかったのだが……彼がどう思ったのか、感想を聞きたかったのだ。



(楠木くん、ビックリしてたみたいだった……。いきなり、手作りのクッキーなんて渡して、迷惑だったかな? 秋月くんが甘いもの苦手だってことだったから、お砂糖控えめにしちゃったけど、楠木くんが甘いもの好きだったら、甘さ足りないって思われちゃうかな?……ううん、その前に……ちゃんと、食べてくれるかな?)



 クッキーの感想だけではない。もっと、いろいろ話したかった。


 何が好きで、何が嫌いか。

 どんな時に笑い、どんな時に泣き、どんな時に、怒りを感じるのか。

 趣味は? 誕生日は? 血液型は? 家族構成は?


 知りたいことがたくさんあって、溢れ出しそうだった。


 ……どうしてだろう?

 どうしてこんなに、結太のことが知りたいのだろう?


 龍生については、こんな風に思ったことはないのに。


 結太のことを考えると、胸がドキドキして来て、顔が熱くなって来る。

 もっと近くに行きたいのに、いざ近付くと苦しくて、話そうと思っていたことが全部飛んで、真っ白になってしまう。



(どうしてなのかな?……もともと、男の人は苦手だったけど、楠木くんは、そういう苦手とは、ちょっと違ってて……。話したいって思うのに、話せないの。もっと仲良くなりたいって思うのに、近付けないの。……怖い……。楠木くんが怖いんじゃなくて、変なことしちゃったり、言っちゃったりして、楠木くんに『変な子』って思われるのが、怖い……。わたし、どうしちゃったのかな? こんな変な気持ち、初めてだよ。初めての気持ちばかりで、怖くてたまらない)



 少し前までなら、怖いことや、不安に思うことがあれば、すぐさま咲耶に相談していた。

 どんなに些細(ささい)なことでも、咲耶に相談に乗ってもらえば、嘘のように気持ちが楽になった。


 だが、今回は……今回のことだけは、咲耶に相談する気にはなれなかった。

 相談しては、いけないような気がしていた。


 それが何故なのかも、桃花にはわかっていなかった。

 わからないからこそ、余計に苦しくなるのだった。


「桃花? どうかしたのか?」


 ハッとして顔を上げると、心配そうな顔つきの咲耶と目が合った。


「えっ?……あ、ううんっ。何でもないよ?」

「だが、顔色が悪いぞ? 心配事でもあるのか?」

「ないないっ。そんなの全然ないってば。咲耶ちゃん、気にし過ぎだよ」


 相談出来ないことを、心苦しく思いながらも、桃花は精一杯笑ってみせた。



(ごめんね、咲耶ちゃん。心配してくれてるのに、わたし……)



 親友に話せない――相談出来ないことが、こんなにも辛いなんてと、桃花は泣けて来そうになった。

 だが、それだけは避けなければと、必死に涙を堪えていた。




 一方、沈み込んでいる桃花とは丸きり逆で、二人が部屋を出て行った後の結太は、浮かれまくっていた。


 何しろ、生まれて初めて、女の子からプレゼントをもらったのだ。

 しかも、大好きな子から、〝手作りのクッキー〟をもらえたのだ。

 今浮かれずに、いつ浮かれろと言うのだろう。



(フヘヘヘヘ……。伊吹さんっの手っづっくりっ♪伊吹さんっの手っづっくりっ♪手作りクッキーもらっちまったぜヘヘヘヘーーーイっ♪)



 ベッドの上で思い切り顔をニヤけさせ、即興(そっきょう)の歌などを脳内で流したりしながら、結太は両手に抱えたプレゼントの小箱を、上げてみたり下げてみたり、抱き締めたり、(ほお)ずりしたり、寝転がって足をバタバタさせつつ、両手を前に突き出したりと、大はしゃぎだった。


 残念なことと言えば、桃花に直接渡してもらえなかったことと、自分のためだけに作ったわけではないらしいこと、その二つだったが、今はもう、そんなことさえ、どうでもよくなっていた。



(義理だろーと何だろーと、伊吹さんの手作りだ。伊吹さんからプレゼントもらっちまったってことに、変わりはねーんだ。それだけでもー、充分だっ。オレは幸せ者だーーーーーっ!!)



 結太は、フヘヘ、フヘヘと、(ゆる)みっぱなしの顔で笑い続ける。


 情けない、みっともないと思われても、仕方のない有様だが、大目に見てあげてほしい。


 何せ、生まれつきの仏頂面(ぶっちょうづら)のせいで、女の子からプレゼントをもらったことなどないのはもちろん、話し掛けられたことすら、滅多(めった)になかったのだ。


 バレンタインは、龍生が山ほどもらって来るチョコを、毎年分けてもらっていたし、誕生日を祝ってくれるのは、家族と、龍生と、その家の人達だけだった。


 この十年ほどは(高校までは、学校こそ別だったにしても)、年がら年中、モテモテの龍生の側にいたのだ。それだけでも、かなりキツイものがあったに違いない。

 ほんの少し浮かれるくらい、何だと言うのだ。



(ああ……生まれて初めてもらったプレゼントが、好きな子からなんて!……今日は記念日だな! 手作りクッキー記念日だ! 家帰ったら、カレンダーの今日の日付に、花丸付けよう。……あっ! スマホのカレンダーとかスケジュールに、印付けときゃいーのか。うん、そーだ。そーしよー!)



 思い立ったが吉日とばかりに、サイドテーブルに置いてあるスマホに手を伸ばす。

 すると、手に取る前にスマホが鳴り出し、結太はビクッとして、一度手を引っ込めた。


「ぅあ~~、ビックリした~~~。……誰だ? 龍生か?」


 再び手を伸ばしてスマホの画面に目を落とすと、案の定、龍生の名が表示されていた。


 ……まあ、結太に電話して来るような相手は、龍生くらいしかいないのだが。


 結太はベッドの上に座り直し、左の指先で画面をタップすると、スマホを右耳に当てた。

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