第7話 咲耶、龍生の行動に驚愕する
「――で、話とはなんだ? サッサと話して、サッサと出て行ってくれ!」
ベッドにドスンと腰を掛け、腕と足とを同時に組むと、咲耶は面倒そうに言い放った。
苦々しい顔で迎え入れられた上に、突き放したような台詞を吐かれ、龍生は思わず苦笑する。
歓迎されるとは思っていなかったものの、ここまでハッキリ、嫌悪感を、表情や態度に表されてしまうと、さすがに良い気はしない。
「あんなことがあった後だ。警戒するのはわかるけれど、対応が露骨過ぎやしないか? 僕も一応、血の通った人間だからね。傷付く時は傷付くんだよ?」
「ハッ! 〝血の通った人間〟が聞いて呆れる!……まあ、血が通っているとしても、人の弱みにつけ込むような卑劣なヤツの血は、さぞかし奇妙な色をしているんだろうがな。――青か? 緑か? それとも黒か?」
口の端を上げ、皮肉に笑ってみせようとも、その目は少しも笑っていない。
すっかり嫌われたな――と思う反面、『望むところだ』という、闘志めいた感情も湧き上がって来るのだから、不思議なものだ。
「さあ、どうかな? お望みとあらば、実際にお見せすることも出来るけれど?」
「ほう? それは面白い。是非見せてほしいものだな、奇妙な色の血とやらを!」
無論、本気ではない。
血など見せてもらっても、面白くも何ともない。
ただの、〝売り言葉に買い言葉〟というヤツだ。
だが、龍生は平然とした顔で、『ああ、わかった』と言うと、人差し指を口元に持って行き、前歯で側面に噛み付いた。
「な――っ!」
ギョッとして声を上げる咲耶の目に、龍生の指先から流れる、一筋の血が映った。
「このバカッ!! 何やってるんだッ!?」
慌ててベッドから立ち上がり、駆け寄って、両手で龍生の指を掴む。
傷口は小さいように見えたが、それでも血は流れ続け、手の甲まで達していた。
「期待に沿えなくて申し訳なかったね。どうやら、血の色は普通の人間と変わらないらしいよ」
龍生の言葉に、咲耶はキッと顔を上げて睨み付け、
「本当にバカだなおまえは! そんなこと言ってる場合か!?」
大声で叱り付けると、ためらうことなく、人差し指を口に含み、舌先で血を舐め取り始めた。
「――っ!」
瞬間、龍生の背筋を電流のようなものが走り、ゾクゾクとした感覚が全身を満たして行った。
彼は為す術なくその感覚に身を任せ、呆然と咲耶を見下ろす。
「ん――。……ダメだな。血が止まらない。桃花なら、絆創膏を常に持ち歩いているんだが……。仕方ない。これでも巻いておくか」
咲耶は、龍生の視線に気付くこともなく、ポケットからハンカチを取り出した。それを端からくるくると巻いて行って長細くすると、彼の人差し指に巻き付け、
「まったく、人騒がせな奴だ。血の色を確認させるために、わざわざ指を噛むとは……。一瞬、気が違ってしまったのではないかと思ったぞ?」
ブツブツ文句を言いながら、両端を引っ張ってかた結びし、『よし!』とつぶやく。
そして再び顔を上げると、
「一応、傷口が他のものに触れないように、ハンカチを巻いておいたが……後でまた、ちゃんと消毒しておけよ? 傷は舐めときゃ治るという説は昔からあるが、逆に、雑菌が入ってよくないって説もあるからな」
言い聞かせるように、咲耶は龍生の顔を覗き込んだ。
しかし、彼は咲耶と目が合うと、驚いたように目を瞬かせ、スッと視線を外す。
「秋月?……おい。聞いてるのか? 後でまた、ちゃんと消ど――」
「わかっている。消毒だろう」
横を向いたまま、ぶっきらぼうに言い放たれ、咲耶は怪訝な顔つきで首をかしげた。
だが、すぐに気を取り直し、両手を腰に当てると。
「まあ、わかっているならいい。――それより、いつまでも訳のわからんことをしていないで、早急に本題に入ってくれないか? いつ桃花が戻って来るかわからんからな。おまえと、部屋で二人きりでいるところなど見られて、誤解されては困る」
龍生はそれには答えず、咲耶に背を向け、壁側のローチェストまで歩いて行くと、上着のポケットから、何やら長方形の物体を取り出した。
咲耶のいるところからは、彼の背が邪魔になって見えなかったが、それは、トランシーバーのような形状をしていた。
「秋月、何をしている? 早く本題を――」
「待ってくれ。もう少しだ」
背を向けたまま、龍生はトランシーバーのようなものをいじっている。
そして数秒後。
『あ、いやっ……それは……』
トランシーバーのようなものから、男の声がした。
その声は、どこかで聞いたことのある声で……。
「……楠木? 今の、楠木の声か? 何故、楠木の声が、そんなものから――……」
そこで言葉を切ると、咲耶は何かに思い至ったのか、足早に龍生に近付いた。
そして、体当たりする勢いで龍生の手からトランシーバーごときものを奪うと、素早く耳に当てる。
『ほっ、ほらっ。やっぱ、伊吹さんは龍生のこっ、……恋、人……だからさ。二人っきりの部屋……とか、あんまよくねーかなー……とかって、オレもいろいろ考えちまって。一応オレ、龍生のダチだし……さ』
やはり、結太の声だった。
咲耶は龍生を振り仰ぎ、そのトランシーバーのようなものを、彼の目の前に突き付けた。
「何だこれは!? 何故こんなものから、楠木の声が聞こえる!? これはまさか――っ」
「……ああ、そうだよ。君の思っているとおり。これは盗聴電波を受信するための機器。ハンディタイプの盗聴受信機だ」
何でもないことのように告げられ、咲耶は唖然として龍生を見つめた。
結太は、龍生の友人――幼馴染ではなかったか?
その友人がいる部屋に、何故、盗聴器などを仕掛ける?
「貴様…っ! こんなことをして、恥ずかしくないのか!? 友人を盗聴しようだなどと、どこまで見下げ果てた行為を――っ」
咲耶は龍生の腕を拳で叩き、思い切り非難してやるつもりで口を開いた。
すると。
『く――っ、楠木くんは、秋月くんのことが好きなんですよね? そんな楠木くんから見て、わたしって……わたしって、どんな存在ですか? やっぱり邪魔者……ですか?』
結太の声に続いて、受信機とやらから、桃花の声が聞こえて来て……咲耶は、愕然として固まった。