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第4話 結太、ドア越しの会話に悶々とする

 結太は全神経を耳へと集中させ、廊下の声や音を、一言、一音でも聞き漏らすまいと、必死になっていた。


 何故なら、龍生が部屋を出て行く時、ちらっとだけ、廊下にいる桃花の姿が、目に飛び込んで来たからだ。


 だが、龍生がすぐにドアを閉めてしまったため、彼女の姿を見ることも、声を聞くことも、まるきり出来なくなってしまった。



(チクショウ、龍生のヤツ! 何でドア閉めちまうんだよ!? 伊吹さんと、廊下で何話してんだッ!?)



 二人が小声で話しているのか、建物に使用されている防音材が、よほど優れているのか。

 どれだけ必死に耳を澄ませようとも、声どころか、物音ひとつ聞こえて来ない。



(ああああっ、龍生の大バカヤロウッ!! ちったぁ気ぃ()かせろよなッ!? オレの気持ち知ってるクセに、知ってるクセに、知ってるクセにぃいいいッ!!)



 ベッドの上で半身を起こしていた結太は、(こぶし)で掛け布団をバシバシ叩きながら悔しがった。

 桃花に出て行かれてしまった時は、かなり落ち込んだが、戻って来てくれたことで、一気に浮上出来そうだったのに。



(だいたい龍生のヤツは、オレを何だと思ってんだ? さっきだって、心配して来てくれたのかと思ったら、入って来るなり、『どうだ? 伊吹さんの誤解は解けたか?』だし。まだだって言ったら、『なんだ、まだなのか。せっかく俺が、二人きりになるチャンスを与えてやったのに。何をやっているんだ? 本当に誤解を解く気があるのか?』とかって、責めて来やがるし……)



 結太は深々とため息をつき、ベッドに仰向(あおむ)けになった。

 天井を睨みながら、桃花が出て行ってしまった時のことを、思い返してみる。



(あの時オレ、伊吹さんに嫌がられるようなこと、何かしちまったんだっけ? 身に覚えはねーけど、突然出てっちまったしなぁ……。自分でも気付かねーうちに、気に(さわ)るよーなことしちまってたのかな? それとも……やっぱ、龍生以外と二人っきりになるのは嫌だった、とか……)



 そう思った瞬間、胸に(にぶ)い痛みが走った。


 桃花はやはり、龍生のことが気になっているのだろうか?

 それとも、(すで)に好きになってしまっている……?



(……まあ、だとしても無理ねーよな。龍生は、男のオレから見ても、すっげーカッコイーし。頭だっていーし、金持ちだし、スタイルもいーし……って、またオレ、こんなことばっか考えて……)



 結太は再びベッドに起き上がり、思い切り頭を振った。


 コンプレックスばかりに(とら)われていたら、少しも前に進めない。

 告白なんて、夢のまた夢だ。


 何でもいいから、自信が欲しい。

 龍生のように――なんて、贅沢(ぜいたく)は言わない。たったひとつだけでいい。

 ひとつだけでいいから、何かに自信を持ちたい。


 そうすれば、きっと……。


 きっと、前に進める。進む勇気が、持てる気がするのだ。


「とにかく、今のままじゃダメだ。こんな、ちっぽけな自分じゃ……」


 つぶやいたとたん、ドアが数回ノックされた。

 ビクッと、大きく結太の肩が揺れる。


「え……誰……? 龍生か?」


 龍生は、『他に用がある』と言って、出て行ったばかりではないか。

 ……何か、言い忘れたことでもあったのだろうか?


 それとも――……。


「あ、あのっ、楠木くんっ? 中、入ってもいーですかっ? わたし、あの――っ、い、伊吹なんですけどっ」

「伊吹さんっ!?」


 結太は慌ててベッドから飛び下り、スリッパも()かずにドアへと駆け寄ると、素早くドアを開けた。


「きゃっ!」


 待たせては悪いと、気持ちが(はや)ってしまった。

 ドアを開けるまでの時間が、異常に早かったのだろうか。驚かせてしまったようだ。


「あ……。ご、ごめんっ!」


 結太は焦って謝った後、視線を下に移した。

 桃花は、綺麗な包装紙で包まれた、リボン付きの小箱を、両手で大事そうに抱えていた。

 自然とそれに目が行き、凝視(ぎょうし)してしまっていたが、


「あっ。……え、えっと、これは――」


 まるで隠すように、桃花は小箱を後ろ手に持ち直した。

 その行動に、結太は少し傷付いたが、何でもない風を(よそお)って、ニコリと笑い掛ける。


 笑った……つもりなのだが、どうだろう? うまく笑えたかどうか、自信はなかった。

 思い切り、ひきつってしまっていたかもしれない。


「えっと――。オレに、何か用?」


 早く何か言わなければと、とっさに口から出た言葉に、ヒヤリとする。



(……マズい。隠されたのがショックで、()()ねー訊き方になっちまったかも……)



 即座に後悔したが、言ってしまったことは、取り消すことなど出来ない。

 内心ヒヤヒヤしていたが、結太は微妙な笑顔を浮かべたまま、返事を待った。


 桃花は、やはり、結太の言葉に冷たい響きを感じ取ったのか、うつむいてしまっていたが、しばらくしてから、思い切ったように顔を上げると。


「あのっ! わたし、楠木くんに、ちょっとお話があって!……で、ですから、あの……出来ればっ、お部屋に入れていただきたいんですけどっ、あのっ……だ、ダメでしょーかっ!?」


 どこまでも真剣な、(うる)んだ瞳で見つめられ、結太の胸は、〝キュンッ〟という音を立てて射貫(いぬ)かれた。


 彼はふるふると首を振り、


「いやっ、全然っ! 全っ――然っ、ダメなんかじゃないですっ!……どっ、どどっ、どーぞどーぞっ! 何のおもてなしも出来ませんが、どーぞ中へっ!」


 言うが早いか、体を横にして、ドアの端に体がつくほど退(しりぞ)いた。


「あ……ありがとう。それじゃあ、お邪魔します」


 桃花はホッとしたように微笑み、おずおずと部屋に入った。

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