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第1話 桃花、キッチンでクッキーを焼く

 桃花はドキドキしながら、オーブンの内側の様子を見守っていた。


 鉄板の上では、ハート形に抜かれたクッキー生地が、綺麗に整列している。焼き上がり予定時刻は、数分先だ。

 しかし、これ以上経過すると、()げて来てしまいそうな気がして、心配になった桃花は、慌てて宝神(ほうじん)を振り返った。


「あのっ、宝神さん! クッキー、もう焼き上がってる気がするんですけど……。取り出してみても構いませんか?」


 桃花は今、別荘のキッチンにいる。


 結太のいる部屋を飛び出して来てしまってから、行くところがなく、途方に暮れていたところ、ふいに浮かんで来たのが、宝神の顔だった。



(そーだ! 宝神さん、いつも一人で大変そうだし……。わたしにも、何かお手伝い出来ることがあるかもしれない!)



 そう思い立ち、一人でやって来たのだった。



 初め、宝神には、


「まあまあ。お気持ちは大変ありがたいのですけれど、坊ちゃまのお友達に、お手伝いなんてしていただくわけには参りません。私のことなどお気になさらず、お部屋でお(くつろ)ぎくださいませ」


 などと言われてしまったのだが、することがなくて落ち着かない、お願いだから手伝わせてくださいと頼み込んでいたら、『それでは、もう三時になってしまいますけれど、お菓子でもお作りしてみますか?』と提案してくれたのだ。


 宝神は、夕食の下ごしらえをしている最中だったので、お菓子作りは、桃花一人で挑戦することになった。

 何を作るかで数分迷ったが、クッキーならば、家で何度も作ったことがある。問題なく作業を進められるはずだと、張り切って作り始めたのだが……。


 生地作りや成形までは、何の問題もなく進められた。

 ただ、ここのキッチンのオーブンは、家庭用の小型のものとは全く違っている。焼き上がりまでの時間設定が、いつも通りでよかったのだろうかと、不安になって来てしまった。



 桃花に呼ばれた宝神は、


「あら。出来上がりました?」


 ニコニコしながら近付いて来て、桃花の横に立ち、オーブンの中を(のぞ)き込む。


「まあ、本当。美味(おい)しそうに焼けておりますわねぇ」


 宝神はオーブンを開けると、片手に(なべ)つかみをはめてから、用心深く鉄板を取り出した。


「あらあら。可愛いハートがたくさん。焼き具合も、ちょうど良いようですよ。本当に、とっても美味しそう。伊吹様、お上手(じょうず)でいらっしゃいますわ」

「い、いえっ。そんな……」


 宝神に()められ、桃花は真っ赤になってうつむいた。


 今までは、桃花に激甘(げきあま)の咲耶や、両親にしか作ってあげたことがなかった。

 他人の評価がどのようなものになるのか、不安で(たま)らなかったのだが、宝神が褒めてくれたことで、ようやく安堵(あんど)出来たのだ。


「このクッキー、どういたしましょう? こちらでお召し上がりになりますか? それとも、ご夕食後か、明日のおやつにいたしましょうか?」


 訊ねられ、桃花は少し迷ったが、思い切って、考えていた計画を伝えてみることにした。


「あっ、あのっ。出来れば、今日お世話になった皆さんに、プレゼントしたいんです。ラッピング用の箱とか包装(ほうそう)紙とか、こちらにあったりはしませんか? あったらお借りしたいんですけど……。あっ! でも、ここ……別荘ですもんね。そんなの、あるわけないですよね……」


 別荘に、わざわざかさばるものを持って来るわけがない。

 今更ながらそれに気付き、桃花の声は、どんどん小さくなって行った。


 だが、宝神は自慢げに胸を張り、


「ございますとも! このお(ふく)、一切抜かりはございません。ご心配なさらずとも、喜んでお手伝いいたしますよ」


 などと言い、嬉しそうに顔をほころばせた。


「えっ? でも、あの……宝神さん、夕食の準備とかでお忙しいですよね? ですから、あの……そんな、ご迷惑お掛けするわけには……。わたし、大丈夫ですから。不器用ですけど、一人で頑張りますっ」


 もともとは、手伝うつもりでここに来たのだ。

 全く役に立たなかったばかりか、お菓子作りのために、キッチンを使わせてもらっただけ――というのでは、あまりにも申し訳ない。

 その上、宝神の手を(わずら)わせるなど、絶対にあってはならない。


 そう思い、桃花は必死に、申し出を辞退し続けたのだが、宝神も頑固(がんこ)なので、手伝うと言って聞かない。

 結局は桃花の方が折れ、手伝ってもらうことになった。


「大丈夫ですよ。このようなことは慣れておりますので、それほど時間は掛かりません。今、包装紙などを用意して参りますので、ご一緒に、ちゃっちゃと済ませてしまいましょう」




 宝神と桃花はダイニングに移動し、龍生に(ともな)って来た使用人分と、龍生と結太と咲耶にプレゼントするための、クッキーの包装を開始した。

 手のひらサイズの小箱に、クッキーと、宝神が気を()かせて用意してくれた乾燥剤を入れ、綺麗な紙で包んで、最後にリボンを取り付ける。


 桃花は、龍生と結太、咲耶の分を担当したのだが、自分でも言っていたように、少々不器用だ。何度も、〝包み方を失敗しては、最初からやり直す〟という工程を繰り返した。


 そのせいで、包装紙を数枚しわくちゃにしてしまったが、宝神は、『どうかお気になさらないでください。これはこれで、他に使えるところがございますから』と言って、優しく頭を()でてくれた。


 そうして何とか出来上がった、桃花手作りのクッキーが入った、プレゼントの小箱三箱。

 それを両手に持ち、宝神にお礼の言葉と、彼女の分のクッキーを渡し、桃花はダイニングを後にした。


 使用人分のプレゼントは、宝神が責任持って渡してくれるということだったので、ありがたくお任せすることにする。

 あんなもので喜んでくれるかどうか、少し心配だったが、もうお願いしてしまったのだからと、考えないことに決めた。



(大人の男の人は、あんまり甘いの好きじゃないかもと思って、甘さ(ひか)えめにしておいたけど……。秋月くんも、甘いの苦手って言ってたもんね。受け取ってもらえないかもしれないな。……でも、こういうのは気持ちだし、受け取ってもらえなかったとしても、しょーがないよね。人それぞれ、好みがあるんだから。……あ。でも、楠木くんは、甘いもの平気かな? 宝神さんだったら、彼の好みも知ってたかもしれない。訊いておけばよかったな。……うぅ。楠木くんも苦手だったら、どーしよー? 渡したら、かえって迷惑だったりするのかも。やっぱり、やめておいた方がいいかな……?)



 考えながら歩いていたら、いつの間にかエントランスまで来ていた。

 桃花はしばし立ち止まり、階段の上へ目をやる。


 結太のいる部屋を飛び出して来てしまってから、(すで)に、一時間は経過している。

 今更、どんな顔をして戻ればいいのかわからなかったが、とにかく、行くだけ行ってみようと決意し、階段の一段目に足を置いた。


 すると、玄関のドアが開き、龍生と咲耶が入って来た。

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