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第14話 龍生の変化に咲耶の心は揺れる

「コノハナサクヤヒメ?」


 龍生の言葉を聞いたとたん、咲耶は怪訝(けげん)な顔つきをした。


「そう。木花咲耶姫命このはなさくやひめのみことのことだ。桜の語源になったとされている、日本神話の女神の名前だよ。古事記では、本名を神阿多都比売(かむあたつひめ)。別名は木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)。日本書紀では、本名を神吾田津姫(かみあたつひめ)神吾田鹿葦津姫(かむあたかあしつひめ)と言い、別名は、木花開耶姫(このはなのさくやびめ)とされている。木花咲耶姫(このはなさくやひめ)は、数多くある別名の中でも、最も親しまれている呼び名なのではないかな。――君の名前は〝咲耶〟だろう? この日本神話の女神の名から、取られたのではないかと思ってね。……違ったかな?」


 龍生に問われ、咲耶は特に考えることもせず、即答した。


「さあな。名前の由来など、今まで気にしたこともなかったし、親に訊ねたこともない。だから、おまえの言うように、その女神の名が由来なのかどうかは、わからん」

「……そうか。それは残念」


 ほんの一瞬、龍生の顔に、失望の色が浮かんだ気がして、咲耶はきょとんとして首をかしげた。


「残念? 何がだ?」


 龍生は自嘲(じちょう)気味に微笑して、ひょいと肩をすくめる。


「……べつに。予測が当たったか外れたか、確認出来なくて残念――と思っただけだよ」



 ……本当に、それだけなのだろうか?



 何となくスッキリしない気持ちで、咲耶は龍生をじっと見つめた。

 だが、龍生は咲耶から視線を外すと、いつもの〝王子様スマイル〟を顔に張り付け、用は済んだとばかりに、早口で告げる。


「そろそろ行こうか。今連絡を入れれば、砂浜に戻る頃には、ヘリも着いているはずだ」

「ん?……あ、ああ。そうだな」


 龍生の態度が、急に素っ気なくなったように感じられ、咲耶は、自分でも意外に思うほどに、動揺(どうよう)していた。

 せっかく、素晴らしい景色を見せてやったのに、あまり喜んでいないようだと、ガッカリされたのかと思ったのだ。



(そのように見えたのだとしたら、申し訳なかったな。桜は好きだし、この場所もすごく綺麗だと、最大限の感動を表したつもりだったんだが……。どうにも私は、喜びの感情表現が不得手(ふえて)なようだ。反省すべきだな)



 正確に言えば、龍生は、咲耶があまり喜んでいないように感じられたから、ガッカリしていたわけではないのだが。

 この時龍生が、何を考えていたかなど知る由もない咲耶は、スマホで迎えを呼んでいる龍生の横顔を眺めながら、誤解されやすい自分の性格を、密かに恥じていた。




 二人が砂浜に着いたとほぼ同時に、迎えのヘリが、空から降りて来るのが目に映った。

 この島は、三分の一ほどは砂浜だ。ヘリが上陸するのは容易い。


 二人は、ヘリが巻き上げる砂を被らなくて済むよう、少し離れた場所から、着陸するのを待っていた。


 しばらくすると、着陸したヘリの中から、龍生専属のボディガードの東雲(しののめ)が降りて来て、二人に向かって手を振った。


(ぼっ)ちゃーん、お待たせして申し訳ございませーん! すぐ離陸なさいますかーーーっ!?」

「ああ! もうここに用はない! 今すぐ、向こうの島に戻る!」


 東雲は『承知しましたー!』と返事して、またヘリに乗り込んだ。

 龍生は咲耶を振り返り、


「さあ、行こう。僕の気まぐれに付き合ってもらって、悪かったね。……でも、約束の方は、しっかり守ってもらうよ。僕が伊吹さんの本当の気持ちを、君に示すことが出来たら……ね」


 そう言って、ニコリと笑った。

 咲耶はうなずきつつも、先程から、得体の知れないモヤモヤしたものが、胸の奥で渦巻(うずま)いているのが気に掛かり、妙に落ち着かない気持ちでいた。


 この島に、騙されて連れて来られた時、確かに咲耶は怒っていた。激怒していた。

 それなのに、今はどうだろう? 怒りよりも、龍生に対する罪悪感の方が、大きくなってしまっている。


 ……罪悪感?

 何故、そんなものを感じなければならないのだろう?


 あれだけ最低なことをされたのだ。

 どれだけ綺麗な景色を見せられようとも、その怒りは、簡単に(おさ)まるわけがない。

 むしろ、もっと怒り続けていてもいいはずだ。


 ……それなのに、何故?


 何故、今自分は、罪悪感など抱えていなければならないのだろう?

 感動を思うように伝えられなかったとして、それが何だと言うのだ?


 悪いのは、どう考えても龍生だ。

 人の弱みにつけ込んで、ムリヤリ協力させようとするなど、卑劣な人間のすることだ。



(そうだ。私は悪くない。悪いのはあいつだ。あいつだけだ。……そのはず、なんだ……)



「保科さん!?」


 少し遠くから名を呼ばれ、咲耶はハッとなって顔を上げた。

 前を見ると、ヘリの後ろ側のドアが開けられ、咲耶が乗り込むのを、龍生は、ドアを押さえて待っているようだった。


「あ……ああ。――すまん、今行く!」


 砂浜を、足早にサクサク歩く。

 ヘリに近付くにつれ、ローターからの風が強まり、咲耶の髪や服を、激しく揺らした。


 スカートやワンピースを着ていたら、両手で押さえなければならないくらいの風だったが、基本、咲耶の普段着はパンツスタイルなので、片手で髪を押さえるだけで済んだ。


 龍生の脇をすり抜け、後部座席に乗り込むと、龍生も隣に腰を下ろし、即座にシートベルトを装着する。

 それから、ふと隣に目を移した龍生は、咲耶が膝に両手を置いて、じっとしているのに気付き、素早く咲耶の耳元に顔を寄せた。


「保科さん、シートベルトを忘れているよ?」


 エンジン音がうるさくて聞こえないだろうと思い、耳元で注意を(うなが)しただけなのだが、咲耶はひどく驚いて、龍生が座っている方とは逆に向かって、大きく体をのけ反らせた。


「……保科さん?」


 龍生がポカンとしていると、咲耶はハッとし、体を元の位置に戻して、数回咳払(せきばら)いした。

 そして、言い訳するように口を開く。


「わ、わかっている。シートベルトだろう? 今、装着しようと思っていたところだ」

「……そう? なら、いいけれど……」


 咲耶の様子がおかしいことに気付き、龍生は、どうかしたのかと訊ねようとした。

 だが、東雲に『坊ちゃん、離陸してよろしいですか!?』と大声を出されたため、訊くことが出来なかった。


 ヘリは島から離陸し、結太と桃花の待つ、元の島目指して飛び立った。


 到着するまでの間、咲耶はずっと無言のまま、窓の外を眺めていた。

 何故か、声を掛けることが出来なかった龍生もまた、窓の外の景色を、何となしに見ていることしか出来ないのだった。

龍生を失望させてしまったのかと、何故か落ち着かない心持ちになる咲耶。

相変わらず、謎行動ばかりとる龍生。

彼の真の目的とは、いったい何なのか――?


……というわけで、第3章はここまでとなります。

お読みくださり、ありがとうございました!

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