第4話 小動物系少女は親友に溺愛される
駅前の目立たないところで、龍生の車から降ろしてもらった後、桃花は一人で駅へと向かっていた。
そして歩きながら、龍生から言われたことを思い返す。
(秋月くん、『僕の恋愛対象は女性』って言ってた。……ってことは、つまり……楠木くん、振られちゃったんだ……)
何故だか、胸がツキンと痛んだ。
結太とは、会話したこともなければ、挨拶ひとつ、交わしたこともない。
彼に対し、特別な感情を抱いていたわけでもないはずなのだが、結太が振られたという事実(桃花にとっての事実、ではあるが)は、意外にも、桃花にかなりのダメージを与えた。
(楠木くん、昨日、すごく真剣な顔してた。告白だって、きっと、とっても勇気が必要だったに違いないのに……)
今日、結太の顔を見ても、普通にしていられるだろうか?
変な態度を取ってしまったら、どうしよう?
そんなことを思いつつ歩いていたら、あっという間に駅についてしまった。
桃花は、親友の保科咲耶との待ち合わせ場所――駅へと続く階段の横側へと、視線を走らせた。
かなり早く駅についてしまったからだろう。咲耶の姿は見当たらない。
桃花はハァ、と息をつき、咲耶が来るまで大人しく待っていようと、歩を進めた。
すると、
「見ーたーぞーーー」
そんな声が、突然頭上から降って来て、『えっ?』と思って顔を上げようとした時には、誰かに背後から抱きつかれていた。
「いったいどういうことなんだ、桃花!? 私という者がありながら、朝っぱらから、他のヤツと同伴だと!?――しかも、よりにもよって、あのいけ好かないボンボンなんかと!!」
「さっ、咲耶ちゃん?……あの、そんなにギュウギュウ抱きつかれたら、苦しい、よ……」
首元で交差している咲耶の両腕に手を添え、桃花は必死に訴えたが、そんな言葉はまるっきり無視し、咲耶は腕の力をますます強めてくる。
「うるさい!……強く抱きついてるのは、わざとだ。これは、お仕置きなんだからな。苦しさを感じるくらいでなければ、意味がないだろう?」
「……お、お仕置きって……。いったい、何の……?」
桃花が振り返ろうとすると、咲耶の頬と自分の頬がピトッとくっつき、瞬間、咲耶の体が僅かに跳ねた。
「あ、ごめ――」
慌てて顔を離そうとしたが、咲耶はそれを阻止するかのごとく、自ら頬を擦りつけて来た。
「にゃ…っ!?」
びっくりして、奇妙な声が出てしまう。
「さっ、咲耶っ――ちゃんっ?……っど、どーしたっ、のっ?」
「あぁあ~~~っ!! ズルいぞ、桃花! どうして桃花は、いつもそんなに可愛いんだ!? 可愛すぎて、頭からバリバリ食べちゃいたいくらいだぞ!?――まったく、可愛いにもほどがある。私の心を、朝から萌えに燃えたぎらせるとは! どう責任を取るつもりだ!?」
「え、えぇ?……せ、責任って……。あの、咲耶ちゃん……?」
『また始まった……』
――と、ここが高校の構内であったなら、誰しも思ったことだろう。
保科咲耶は、一見、良家のお嬢様風の顔立ち(分類はクールビューティー系)で、八頭身の、スラリとしたモデル体型(にしては、胸は意外と大きい)だったりする。
男性はもちろん、女性ですら、一瞬で虜にしてしまいそうな、魅惑的な少女なのだが。
ただ、たったひとつ、大きな弱点と言うか、欠点があり……そのせいで、彼女は周りから、残念な美少女扱いされていた。
その残念な部分とは、彼女の異常なまでの桃花愛だ。
親友の桃花のことが好きすぎて、想いが加速し、時折、周囲の者達がドン引きしてしまうほどの、暴走っぷりを披露するのだ。
咲耶に愛されすぎている桃花はと言えば、咲耶ほどの超絶美人ではないにしろ、小柄で華奢な体型に加え、常に潤んで見える輝く瞳や、小さめのプルプルな唇などは、王道少女漫画の主人公のごとく可憐ときている。
おまけに、彼女の人見知りや消極性による、オドオドと人を窺う上目遣いは、否応なく、周囲の者達の庇護欲を掻き立てるのだった。
咲耶と桃花が並び立てば、某歌劇団の男役と娘役、はたまた、お嬢様学校の〝お姉様と妹の関係性〟を連想させ、密かに、二人まとめてのファンなども存在したりする、ある意味、向かうところ敵なしのコンビなのだが……。
咲耶の暴走があまりにも激しい時は、
『この二人、もしや……コンビなんかじゃなく、GLカップルなんじゃ……?』
という誤解を生んでしまうこともあり、彼女らの高校での立場は、今や、微妙なものになりつつあった。
しかし、咲耶はともかく桃花の方は、そのような噂があるなどとは、少しも気付いていない。
咲耶の態度も、知り合った当初からこのような感じだったので、今のように抱きつかれても、頬擦りされても、じゃれつかれている感覚しかないのだ。
「もう、咲耶ちゃんったら。こんなことしてたら、遅刻しちゃうよ?」
たしなめるように言ってみたが、咲耶は全く気にする様子がない。
「構わん! 高校に行くことより、桃花を愛でることの方が、私にとっては重要事項だ! 一度や二度の遅刻が何だ! 教師にとがめられることなど、私は少しも怖くないぞ!」
(……わたしは怖いよ、咲耶ちゃん……)
心でつぶやくと、桃花は咲耶にぎゅむぎゅむと抱き締め続けられながら、そっとため息をつき、観念したように目を閉じた。