第8話 鵲、土下座して結太に許しを請う
「申し訳ありませんでしたぁああッ!! この鵲、いかなる罰でも受ける所存。結太さんのお気の済むまで、蹴るなり殴るなり、お好きなようになさってくださいッ!!」
部屋の外にいて、何故、結太が目覚めたことがわかったのか。(結太や桃花の驚く声が聞こえたから――かもしれないが、そう考えると、部屋に入って来るまでの時間が遅いようにも感じる)
とにかく、結太が目覚めて2~3分経ってから、鵲が部屋に入って来た。
そして、謝罪の言葉を口にしたと思ったら、その場で土下座し、冒頭の台詞が続けて発せられた――というわけだ。
「ちょ…っ、やめてくれよサギさん! サギさんに背負い投げされたってことは、たった今、伊吹さんから聞いたけどさ。その前にあったこととかは、実は、あんまり記憶にねーんだよ。だから、どーしてこうなったかは覚えてねーんだけど……。サギさんは、ボディガードの役目を果たそうとしただけなんだろ? サギさん、昔から仕事熱心だし、いつだって一生懸命だもんな」
結太の言葉に、鵲は大きく首を振り、
「いいえ、違うんです結太さん! 確かにオレは、坊のボディガードとして、この島に連れて来てもらいました。ですが、島についてすぐ、『ここにいれば安全だ。鵲を必要とする場面は、たぶん、今日はないだろう』と坊がおっしゃいまして。たまにはゆっくりするといいと、お暇をくださったんです。坊のお気持ちは、大変ありがたかったんですが、一人ではやることも思いつかなくて……。しばらくは、島内をブラブラしたり、海をボーっと眺めたりしていました。でも、すぐにそれにも飽きてしまい、やはり、坊のお側にいさせていただこうと、別荘に戻って来たんです。その時、誰かがこちらに向かって、突進して来るのが目に入り……。すぐに結太さんだと気付いたんですが、受け止めようとしたとたん、何故か、体が勝手に動いてしまいまして。ハッと我に返った時には、結太さんが、床で大の字に……」
そこで鵲は、再び何度も何度も頭を下げ、結太に許しを請うた。
結太は、『気にしてない』『大丈夫だから』『罰なんて必要ない』というようなことを繰り返し伝えたが、鵲は納得しない。どうしても罰を与えてほしいと、しつこく懇願してくる。
結太はほとほと困り果て、数回頭を掻いてから、ベッドの上であぐらをかいた。頭を右に左に捻り、上を向いたり下を向いたりと、しばらくは、落ち着かない様子だったのだが……。
ふいに、何か思いついたかのように瞳を輝かせ、鵲に向き直った。
「サギさん! じゃあさ、罰とかじゃなくて、ひとつ、オレのお願い聞いてくれねーか?」
「……は? お願い……ですか?」
「ああ!……あのさ。オレって小学生の頃、柔道とか剣道とか、本格的じゃーなかったけど、ちらっとだけ、サギさんに教えてもらってたことあっただろ? あれ、また教えてくんねーかな?」
鵲は体をゆっくり起こし、床についていた手を膝に置き、正座すると、結太を仰ぎ見た。
「柔道や剣道を、また結太さんに?……それはべつに構いませんが……お教えするだけでは、罰にならないでしょう? 俺はもっと、身体的にも肉体的にも苦痛を感じるような、罰らしい罰を与えてほしいんです!」
(身体的にも肉体的にも苦痛を感じるような罰ぅ?……サギさん、まさか……実は、Mだったりするのか?)
結太は一瞬、ゾワッとしてしまったが、とりあえず今は、そのことは考えないことにして、話を続けた。
「いや、身体的にも肉体的にもって……。サギさんは、それでいーのかもしんねーけどさ、オレはヤダよ。サギさんが、ホントにオレに対して悪いって思ってくれてんなら、自分が納得出来る罰ってもんより、俺が望むことの方を、優先してくんねーかな?」
結太の言葉を聞いたとたん、鵲はカッと目を見開いた。
「俺が納得出来る罰より、結太さんの望むことを……?――そうだ! 俺は何を勘違いしていたんだ! 俺が納得出来るか出来ないかなど、どうでもいい! 結太さんに対し、申し訳ないという気持ちがあるなら、結太さんの願いを叶えてこそ、罪を償えるってもんなんじゃないか!……そうか。そうだったのか!」
鵲は素早く立ち上がり、結太に歩み寄ると、両手で結太の手を取り、ギュッと握った。
「結太さん、申し訳ありません! 結太さんのおっしゃる通りです! 俺が間違ってました! 柔道でも剣道でも空手でも、いくらでもお教えいたします!」
強面の大男に間近で手を握られ、結太は少しずつ、体を後方へと傾けた。
鵲のことは幼い頃から知っているし、嫌いなわけでもないのだが、やはり、同性(しかも、自分より遥かに大きい男)にここまで接近されると、自然と拒否反応が出てしまうようだ。
「あ……あー、そー……。じゃあ、まあ……近いうちに、教わりに行く……よ」
「はいっ! いつでもお待ちしてますのでっ!」
鵲はそれだけ言うと、一礼して部屋を出て行った。
結太は大きく息を吐き、しばし脱力していたが、突然、ハッと顔を上げ、先ほどまで桃花がいた方へと、慌てて視線を走らせた。
桃花は、まだそこにいた。
両手を胸の前で重ね合わせ、身の置き所もない様子でたたずんでいる。
「あ……。ごめんっ、伊吹さん! なんか、一人だけ放っとく形になっちゃって……」
「う、ううんっ、大丈夫!……それより、楠木くん……平気? もう、どこも痛くない?」
桃花の言葉に、結太は思わずジーンとしてしまった。
真っ先に、自分のことを心配してくれるのかと、嬉しくなってしまったのだ。
「うん! もう何ともない。……あ、ありがとう」
赤面しながら伝えると、桃花もポッと顔を赤らめ、
「ううんっ。……あの……えっと……」
そう言ったきり、何故か黙り込んでしまった。
「……伊吹さん?」
結太の声に、桃花はビクッと肩を揺らし、
「あ、あの……。え、と……え~っと……。あ――、秋月くん、そろそろ用事済ませて帰って来てるかも! わたし、ちょっと見て来るねっ?」
「えっ?――あっ、あの――っ、伊吹さん? 急にどうし――っ」
問い掛けに答えることなく、桃花は部屋の外へと出て行った。
結太はベッドの上に取り残され、
「……な……何で、いきなり……?」
呆然とつぶやいて、身じろぎもせず、しばらくの間、ドアを凝視していた。