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第6話 大男に投げ飛ばされた結太は……

 時を少し戻そう。


 結太が大男に一本背負いを決められた後、その場は一瞬、シンと静まり返った。


 龍生は、その男が結太を受け止めてくれると思い、珍しく、気を抜いてしまっていたし、桃花は、突然のことに頭が追い付かず、呆然(ぼうぜん)としてしまっていたし、咲耶は、大男の見事な一本背負いに、見惚(みと)れてしまっていた。


 なので、彼らの事態に対する反応は一拍(いっぱく)遅れ、結太は、床に大の字になって失神したまま、数秒間放置(ほうち)される羽目になった。


 しかし、一番最初に反応し、行動を起こしたのは、やはり龍生で、


「結太っ!!――(かささぎ)、何をやっている!? そいつは、不審者(ふしんしゃ)でも暴漢でもない! おまえも昔からよく知っている、結太だぞ!?」


 明らかに、自分より年上と思われる大男を(しか)りつけると、素早く結太に駆け寄り、慎重に抱き起こす。


「結太、大丈夫か!? おいっ、しっかりしろっ!!」


 桃花も咲耶も、ようやく我に返り、慌てて駆け寄って来て、結太の側に(ひざ)をついた。

 龍生に『かささぎ』と呼ばれた大男はと言うと、おろおろと結太の周りを歩き回り、


「あああ……申し訳ありません、(ぼん)~~~! 結太さんだとわかってはいたんですが、ぶつかると思った瞬間、体が勝手にぃいい~~~~~!」


 などと、情けない声を上げながら、ひたすら謝罪の言葉を繰り返していた。

 龍生はキッと顔を上げ、


「謝るのは俺にじゃなく、結太にだろう!?……いや。今はそんなことを言っている場合ではないな。早く部屋に運び、ベッドに寝かせなければ。――鵲! いつまでも狼狽(うろた)えていないで、結太を部屋まで運んでくれ!」

「はっ、はいっ!」


 龍生に『鵲』と呼ばれた大男は、結太と床との間に両手を差し入れ、そのままガバッとすくい上げて、お姫様抱っこをした。そしてその足で、どこかを目指して走り出したのだが、すかさず龍生に呼び止められる。


「違う! そちらではなく、この上の階だ! 客間ならばどこでもいい。ベッドに寝かせろ!」

「はっ、はぃいっ!!」


 鵲はくるりと方向転換すると、猛ダッシュで階段を上って行った。

 それを見送った後、龍生はハァと息をつき、桃花たちを振り返る。


「すまない、お騒がせしてしまって。あの男は、秋月家のボディガードのような仕事をしてもらっている、鵲という者なんだが、少々そそっかしいところのある男でね。結構失敗もするんだが、まさか、結太を投げ飛ばすとは思わなかったよ。あらゆる武道を習得しているらしいから、向かって来られると、勝手に体が反応してしまうんだそうだ。やっかいなものだね」

「あの、でも、気を失っちゃうだなんて、よっぽど強く、頭を打ったってことじゃ……ないんですか? 楠木くん、大丈夫ですよね? このまま目を覚まさないなんてこと、ないですよね?」


 心配そうに訊ねる桃花に、龍生は(やわ)らかく微笑んだ。


「大丈夫。結太も、少しの間だけだけれど、武道を習っていたことがあるから。自然に体が反応して、一応、受け身は取れていると思う」

「あ……、そうなんですか。……よかったぁ」


 桃花はホッと息をついたが、まだ少し、不安そうだった。結太が運ばれて行った二階を、気遣(きづか)わしげに見つめている。

 咲耶は桃花の肩に手を置き、安心させるように微笑み掛けた。


「そんなに心配するな。大丈夫だと、秋月も言っているだろう? あいつ、男にしては体が小さい方だが、意外と頑丈(がんじょう)そうだしな。この前、秋月の家まで自転車で飛ばした時も、門の前ですっ転んでしまったんだが、ケロリとした顔で立ち上がっていたぞ」

「えっ!? 家の前で転んじゃったの!?――楠木くん、ケガしなかった?」

「ああ。してないんじゃないか? 特に痛そうな顔もしてなかったしな。足を引きずってる様子もなかった」

「……そっか。なら、大丈夫かな……」


 桃花は再び、二階へと視線を走らせた。

 龍生は、ふと何かを思いついたようで、桃花に向かって笑い掛けると、こんな提案をした。


「そんなに結太の様子が気になるのなら……伊吹さん。悪いが、あいつの側に、ついていてやってくれないか?」

「――えっ!? わたしが……ですか?」


 いきなり指名されて戸惑(とまど)う桃花に、龍生は更に続ける。


「うん。僕がついていても構わないんだけれど、あいにく、他にやらなければならないことがあってね。結太だって、僕がついているよりも、君みたいに可愛い女の子がついていてくれた方が、嬉しいと思うしね」

「えっ?……あの、でも……」



(楠木くんが好きなのは、秋月くんなんだから……秋月くんについててもらった方が、嬉しいに決まってるよね……?)



 龍生の言葉に疑問を感じた桃花は、問い掛けようと口を開くが、龍生はポンと、彼女の肩に手を置き、素早く(かが)んで、耳元に口を寄せた。


「伊吹さん。保科さんは事情を知らないんだから、『秋月くんがついていた方が、喜ぶんじゃないですか?』なんて、言ってはダメだよ?」



(あ――っ!……そっか。二人の事情を知ってるのは、わたしだけなんだった)



 桃花は自分の失念に気付き、慌てて『ごめんなさい』とつぶやく。

 だが、それに耳聡(みみざと)く反応した咲耶が、


「おい、秋月! 今、桃花に何を言った? 謝らせるようなことを言ったのか?」


 怒気(どき)(ふく)んだ声で訊ねると、桃花は慌てて首を振り、咲耶の上着の(すそ)(つか)んだ。


「違うの、咲耶ちゃん! 秋月くんに謝らせられたとかじゃなくって、わたしが間違いに気付いたから、勝手に謝っただけ。秋月くんは何も悪くないの。ね、誤解しないで?」

「……本当か? 無理をしているわけではないんだな?」

「違うよ! 秋月くんはただ、楠木くんのことお願いって……。ホントに、それだけなの」


 咲耶はふぅ、と小さくため息をつき、苦笑しながら、そっと桃花の頭に手を置いた。


「わかったわかった。何でもないなら、それでいいんだ。……秋月、疑って悪かったな」


 咲耶の謝罪を無言で受け取ると、龍生は僅かに首を振り、切なげに睫毛(まつげ)を伏せた。

 それから、気を取り直したように顔を上げ、二人に向かって笑い掛ける。


「とにかく伊吹さんは、結太が目を覚ますまで、側についていてあげてほしい。容体が急変するようなことはないと思うが……もし、何か妙なところを見つけたら、部屋の外に鵲を待機させておくから、いつでも呼んでくれていいよ。保科さんは――……」


 そこで言葉を切り、龍生は咲耶をまっすぐ見つめた。

 咲耶はきょとんと、龍生を見返していたが、


「保科さんは、これから少し、僕に付き合ってほしい」


 そう言われたれた瞬間、『はぁああ~~~っ?』と不満げな声を上げた。

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