第4話 咲耶、無人島完全犯罪の夢を見る
「あ~、食った食った。これ以上はもう、軽食くらいしか入らんな」
自分の腹をさすりながら、咲耶が言う。
(ゲッ!……あんだけ食って、まだ軽食くらい入るとか言ってやがる)
見た目からはとても想像出来ない、咲耶の強靭な胃袋に、結太は恐怖に似た感情を覚えた。
ビュッフェ形式の昼食を終え、ダイニングルームから出て来た結太ら四人だったが、龍生以外は、〝そう言えば、なんとなく釣られるように歩いて来てしまったけれど、この後の目的地が不明だ〟ということに気付き、一斉に足を止めた。
「おい、龍生。昼飯食ったまではいーけど、この後どうするつもりなんだよ? ここ、おまえんとこの島なんだろ? お前が率先して動いてくんなきゃ、オレ達、どうしていーかわかんねーぞ」
「――はぁッ!? 秋月んとこの島ぁ!?」
結太の言葉に反応し、咲耶が大声を上げる。
「島って、いったいどーゆーことだ!? 秋月んとこの島って……まさか、個人所有の島だなどと言わないだろうな!?」
「ええっ!? 個人所有の島っ!?」
今度は咲耶の言葉に、桃花が驚く。
龍生はニコリと笑って。
「ああ、そう言えば、まだ伝えていなかったね。――そう。ここは秋月家所有の島。ちなみに無人島。今この島には、僕達と、使用人数人しかいないんだ」
三人は、それぞれ数秒固まった後、
「……なっ、何ぃいいいいーーーーーーーッ!?」
「嘘だろっ、無人島かよっ!?」
「ふ……っ、ふぇええええええええっ!?」
三人三様、驚きの声を上げた。
「無人島……。私達以外、使用人数人しかいない……だと?……そんな……まさかこれは……!」
咲耶はブツブツとつぶやいた後、ハッとしたように顔を上げ、龍生を指差して叫んだ。
「わかったぞ! 秋月、貴様……私達を次々に殺して行くつもりだなッ!? 秋月家所有の無人島ということなら、使用人の口さえ封じれば、完全犯罪だって可能だ!!」
唐突に、何を言い出すのやら。
他の三人が唖然とする中、咲耶は一人で興奮し、尚もブツブツとつぶやいている。
「……ん? いや、それより、使用人に手伝わせるという手があるか。共犯にしてしまった方が、何かと都合がいいしな。ただ黙らせるだけとなると、いくら金を積んで脅したとしても、後々に良心の呵責に耐えかね、密告――という結果も、充分あり得る。……うん。共犯にして、捕まりたくないという心理を利用した方が、より確実か」
「……あ……あの……。咲耶、ちゃん……?」
桃花は、どう言って咲耶の暴走を止めればいいのか思いつかず、おろおろとしてしまった。
そして思い出していた。
咲耶は、文学や恋愛小説などには全く興味がなかったが、ミステリーや冒険小説の類は、昔から大好きだったのだ。
(そう言えば、小さい頃も『探検に行くぞ!』とか言って、廃墟っぽいところに勝手に入ってったり、近所の森の高い木に登って、ターザンごっことかしてたっけ。わたしは怖がりだったから、側でハラハラしながら見てただけだったなぁ……。最近では、さすがにそこまで無茶なことはしなくなったけど、やっぱり咲耶ちゃんは、あの頃のまま。ただ純粋に、ワクワク出来ることを求めてるんだよね……)
そう思ったら、無性に嬉しくなって来てしまった。
いつもいつも、向こう見ずな咲耶について回りながら、やれ怪我したりしないか、やれ変な大人に目をつけられたりしないかと、気が気ではなかったものだが。
結局自分は、そんな咲耶が大好きなのだと、改めて思い知らされた気がしたのだ。
「フフッ。咲耶ちゃんったら。秋月くんが、完全犯罪を目論んでるだなんて」
思わず笑ってしまったら、ようやく咲耶は我に返り、振り向いた。
「ん?……なんだ、笑ったりして? 私は、そんなにおかしなことを言ったか?」
「おかしーに決まってんだろ! 何だよ、龍生が完全犯罪って?……まあ、そりゃー龍生は、普段から何考えてるかわかんねーし、何仕出かすか、わかんねーよーなとこもあるけどよ。でも、これでも結構、正義感みたいなもんもあったりすんだぜ? だから、犯罪に手を染めるなんてこたぁ、ぜってーねーから!」
キッパリと言い切る結太に、龍生は笑顔を崩さぬまま、
「……へえ。『普段から何考えてるかわかんねー』に、『何仕出かすかわかんねー』……ね。結太は日頃から、僕のことをそんな風に思っていたのか。唯一心を許せる友だと思っていたのに、悲しいな」
何故か、かばったはずの彼を、責めるようなことを言う。
結太は、『しまった! 余計なことまで言っちまったか?』とは思ったが、時既に遅しだ。
しばし、微妙な空気が流れ、誰しもが沈黙した。
すると突然、龍生がプッと吹き出し、
「すまん、結太。冗談だ。おまえがそんな風に思っていることくらい、昔から知っていた。今更、気分を害するはずがないだろう? むしろ、そういう人間だと感じていても、変わらず側にいてくれるおまえは、ありがたい存在だと思っているよ」
そう言って、結太の肩にポンと手を置く。
彼は一気に赤面し、
「な――っ、なんだよいきなり!? そーゆーこと、滅多に言ったりしねー男だろーがおまえはっ!? まだ春なのに、雪降ったらどーすんだよっ!?」
よほど、言われ慣れていない言葉だったのだろう。結太の顔は、ますます赤く染まって行く。変な汗まで、浮かんで来たりもして……。
とうとう居た堪れず、結太はその場から駆け出した。
「あっ、おい! 結太!」
「うるせーっ! オレのことはほっといてくれーーーっ!!」
もの凄いスピードで走って行く結太の進行方向には、身長二メートルほどはありそうな、巨大なスーツ姿の男が見えた。
だが、下を向いて走っている彼は、そのことに気付かない。
「危ないッ!!」
「きゃああっ!!」
龍生達が『ぶつかる!』と思った瞬間。
大男が結太に気付き、大きく両手を広げて身構えた。――結太を受け止めるつもりなのだろうか。
そう思い、龍生達がホッとしたのも束の間。
その大男は、受け止めるどころか、目にも留まらぬスピードで結太の襟元を掴むと、
「どっせぇええーーーーーいッ!!」
大きな掛け声と共に、柔道の一本背負いをした。