第3話 ダイニングルームは御馳走天国?
どうやら、桃花と咲耶が寝かされていた部屋は、二階だったらしい。
螺旋状の階段を下りて行くと、まず、上質そうな絨毯が床一面に敷き詰められている、エントランスが目に入った。
置かれているソファやテーブル、その他の調度品も、素人が見ても、一目で高価だとわかる存在感を放っている。
「どこなんだここはホントに!? 高級ホテルか何かか!?」
周囲をぐるりと見回しながら、咲耶が大声を張り上げた。
部屋を出る前に、龍生の口から、ここは『秋月家の別荘』だと聞いてはいたが……。
あまりにも豪華過ぎて、見れば見るほど、個人の別荘とは思えなくなって来る。
龍生が、〝超が幾つ付くかわからないほどのお金持ち〟なのだということを、改めて思い知らされた感じだ。
案内のため、先頭を歩いている龍生は、クスッと笑って振り向く。
「いくらなんでも、高級ホテルは言い過ぎだよ。この程度で高級だなんて、世界の名だたるホテルに対して失礼だ」
何でもないことのように言い、再び前を向いて歩き出した龍生の背に、
(……って、世界基準かよッ!?)
結太と咲耶は、ほぼ同時に、心の中でツッコミを入れた。
さすがに、世界基準で考えてはいなかったが、庶民から見れば、〝この程度〟でも、充分高級な部類なのだ。
(……ったく。〝この程度〟で高級とか思って悪かったな! 庶民感覚、なめんじゃねーぞッ!?)
結太も咲耶も、そして桃花も、嫌と言うほど、龍生の感覚との大きな差を、認識させられていた。
「お福。食事の用意は出来ているかい?」
家の奥の方にあるドアを開けると、龍生は中へと声を掛けた。
すると、結太にとっては聞きなじみのある声、桃花にとっては、つい最近聞いた声、咲耶にとっては、初めて聞く声が響いた。
「はい! もちろんでございますとも、龍生坊ちゃま。本日も、腕によりを掛けてお作りいたしました」
龍生の後から部屋に入って行くと、中央に、十人以上は座れそうな長いテーブルが置かれ、その上に、サンドウィッチや、数種類のオードブル、サラダやスープ、デザートまでもが、所狭しと並べられていた。
天井には煌めくシャンデリア、正面の壁には大きな肖像画(誰かはわからないが、描かれている人物は、龍之助に面差しが似ていた)が掛けられ、大きな窓からは、柔らかい陽光が降り注いでいる。
以上のことから察するに、ここは、間違いなくダイニングルームだろう。
「お福はフランス料理も得意だから、フルコースにすることも考えていたんだけれどね。堅苦しいのは嫌いだろうと思って、ビュッフェ形式の昼食にしてもらったんだ。――さあ、どうぞ。好きなものを好きなだけ皿に盛って、思う存分食してくれ」
龍生の言葉に、真っ先に目を輝かせたのは咲耶だった。
「何っ、本当か!? ここにあるもの、好きなだけ食べていいのか!?」
「もちろん。たくさん食べてくれた方が、お福も喜ぶよ」
その通りだと言うように、宝神も力強くうなずく。
「ええ、ええ。どうぞご遠慮なく、たーんとお召し上がりくださいな。そうしてくださった方が、私も、お作りした甲斐があるというものです」
「そうか! ならば遠慮なく、いただくことにしよう!……おおっ! すごいぞ桃花! 桃花の好きそうな可愛らしい菓子が、たくさん並んでいる!――ほらっ、早く来てみろ桃花! スコーンがあるぞ! ジャムと、クロテッドクリームまで添えてある!」
珍しく、咲耶がはしゃいでいる。
呼ばれた桃花も、慌ててテーブルに近付くと、感嘆の声を上げた。
「わあっ、ホントだぁ! 美味しそうで可愛らしいデザートが、こんなにたくさん……! どーしよー咲耶ちゃんっ。デザートだけで、お腹いっぱいになっちゃうよ~~~っ」
「ハハハハッ! 相変わらず少食だなぁ、桃花は。私など、デザート以外も、全種類制覇する自信があるぞ!」
女子二人が、キャッキャウフフと盛り上がっている中、結太は一人、後れを取っていた。
腹が減っているのは同じなのだが、どうしても、あの中に入って行く勇気が持てなかったのだ。
(うぅ…っ。伊吹さんに、自然に話し掛けたいのに……。保科さんの圧が強過ぎて、全然近付けねーっ。……どーする? このままじゃ、誤解なんて解くチャンスねーまま、一日が終わっちまうぞ)
龍生が作ってくれた、誤解を解く機会。
無駄にしようものなら、後で何を言われるかわからない。
結太は、横目でちらりと龍生を窺った。
龍生は腕組みしながら、薄笑いなど浮かべている。
何を言われているわけでもないのだが、結太が負い目を感じているからだろうか。無言のプレッシャーを、掛けられているような気がした。
「どうした、結太? おまえは食べないのか?」
急に話し掛けられ、結太の肩がビクッと揺れる。
「まあ、結太坊ちゃま。お腹でも壊していらっしゃるのですか? これだけお料理が並んでいましたら、いつもなら大喜びで、端から平らげて行ってくださいますのに」
宝神は、心なしかションボリとして見え、焦った結太は、思いきり首を振った。
「ちっ、違ーって! べつに、腹なんか壊してねーよ。……けどさ、それはともかく……。お福さん。その〝結太坊ちゃま〟っての、いー加減やめてくんねーかな? 龍生ならわかっけど、オレは、坊ちゃまでも何でもねーんだからさ」
桃花に、そう呼ばれているところを見られでもしたら、恥ずかしくて、ますます声が掛けられなくなる。
そんな気がして、宝神にお願いしてみたつもりだったのだが、彼女はケロリとした顔で。
「まあ、何を今更。お小さい頃から、こう呼ばせていただいておりますのに。どうしていけないのです?」
「……いや。いけねーってワケじゃ、ねーんだけどさ……」
「ならば今まで通り、『結太坊ちゃま』と呼ばせていただきます。龍生坊ちゃまも結太坊ちゃまも、私にとりましては、同じように可愛らしい、大切なお方なのですから」
「……あー、そー……。そりゃどーも……」
宝神には、結太も昔から世話になっているので、強くは出られない。
呼び方を変えてほしいという願いは、これから先も、叶えてもらえそうにないな……と半ば諦め、結太はガクリと肩を落とした。
「結太。そろそろ食べ始めないと、全て平らげられてしまうぞ?」
「……へっ?」
まさかと思ってテーブルに目を移すと、桃花と咲耶は、いつの間にか端っこの方の席に着き、何種類も盛り付けられた皿を、自分達の前に並べ、ニコニコ顔で食べ始めていた。
桃花は、一枚目の皿にサラダ、二枚目の皿に、一口サイズのサンドウィッチとデザートを、それぞれ三種類ほど、盛り付けているだけだったが――。
咲耶はと言うと、数種類のオードブルを盛りつけた皿が五枚、サンドウィッチだけを盛った皿が三枚、サラダの皿が二枚、デザートの皿が三枚。……ほとんど、〝大食い大会〟状態になっていた。
「げげぇッ!!……嘘だろ!? 一人で、あんだけの量食うのかよ!?」
驚愕する結太に、龍生はさらっと、こんな情報を付け加えた。
「そう言えば、大盛り料理ばかりを提供する洋食店で、保科さんは、〝超特盛りミックスフライ&唐揚げ&ハンバーグカレー〟とやらを、女性でたった一人、食べ切ったことがあるそうだぞ」
「――はぁっ!? 『洋食屋・もりパク』の〝超特盛りミックスフライ&唐揚げ&ハンバーグカレー〟を食い切っただとぉ!?」
その店に行ったことはなかったが、結太も、昔から噂だけは耳にしていた。
もりパクのカレーは、確か、五~六キログラムはあるという話だった。
「マジの大食い女じゃねーか!!……クソッ。こーしちゃいらんねーっ!」
結太はとたんに目の色を変え、猛然とテーブルへとダッシュした。
育ち盛りの高校生には、一食抜きなど、耐えられない苦行なのだ。
「……いいな。結太は単純で」
皮肉か、それとも本心なのか。
龍生は、結太の後姿を、少し離れた場所から眺めながら、誰にも聞こえないほどの小さな声で、ポツリとつぶやいた。