第17話 結太とイーリスによる玄関での攻防戦
「だ、か、らっ!! 手伝いは出来ねーって言ってんだろッ!? いー加減諦めろよッ!!」
「そんなぁー! いーじゃない。せっかく家に来たんだから、ちょっとだけ寄ってってよー。引っ越しの整理は手伝わなくていーからぁーっ!」
「だったらますます寄る必要なんてねーだろッ!? とにかくオレは嫌なんだよッ、彼女でもねー子の家に一人で入るなんてッ!! 妙な噂立てられたら困るんだってッ!!」
「え~~~っ? 妙な噂なんて立たないわよ。引っ越して来て早々じゃない」
「引っ越して来て早々だから立つんだよッ!! 新しい住民はどんなヤツかって、みんな好奇心丸出しで、様子窺ってる頃だろーがッ!!」
玄関先にムリヤリ引き入れられてから、結太は出て行こうとしてドアノブを掴み、イーリスはそれを阻止するため、玄関から一歩上がった廊下(と言えるほど長くはないが)で、結太の片手を両手で引っ張り続けている。
それぞれの体勢だけ見れば、マンション前での二人(散歩に行こうとする飼い主と、それを拒否する犬)を、まるっきり逆にしたような感じだった。
「もーっ、仕方ないわねぇ」
イーリスは、ぷうっと頬を膨らませると、渋々結太の手を離した。
ようやく諦めたかとホッとし、結太は表情を和らげる。
……が、どうやら違ったらしい。
イーリスは、『はいはい、そこ退いて』と、ドアノブを掴んでいた結太の手を強引に引きはがし、自分が握ると、ドアを全開にする。
「ほら、これでいーでしょ? ドアは開けてあるから、妙なことしようとしたら、外に丸聞こえだもの。アタシが結太に襲い掛かろうとしたって、大声上げられたら終わりよ。――ね? これで安心した?」
そう言って、ニッコリと笑うイーリスに、結太は唖然とした。
(今みてーな台詞は、普通、男の方がゆーもんじゃねーのか? 『これで安心した?』……って……)
まじまじとイーリスを見つめると、彼女は『名案でしょ?』とでも言いたげにニマッと笑い、両手を腰に当てて、得意げに胸を張る。
その様子が、褒めてほしそうにしている、小さな女の子を連想させ、結太は思わず、プッと吹き出してしまった。
「フフッ――、ハハハッ! なんだよそれ! 『褒めて褒めて』って、顔に書いてあるぞ?」
ブハハと笑い転げる結太の反応が、予想外だったのだろう。
イーリスは、『え? え、なに? なんで笑ってるの?』と、戸惑いを隠せない様子で、しきりに不思議がっている。
ひとしきり笑った後、結太は目元の涙を拭い、
「しょーがねーな。女子にそこまでやられて断んのも、逆にカッコ悪ぃーか」
観念したように告げると、靴を脱ぎ、『お邪魔しまっす』と言って、イーリスの家に足を踏み入れた。
「――で? 手伝ってほしいってゆーのはどこだよ? 荷ほどきか? それとも、男手が必要そうなところか?」
居間に入り、キョロキョロと周囲を見回してから、結太はイーリスに訊ねた。
訊ねられたイーリスはと言うと、気まずそうに『あー……』とつぶやき、目をそらす。
「ん?……イーリス?」
首をかしげる結太に、イーリスは顔の前で両手を合わせ、頭だけをペコリと下げて。
「ごめんなさいっ。引越しの手伝いをしてほしい――なんて嘘なの。ホントは、片付けはとっくに済んでるの」
「……へ?」
あれだけしつこく家に誘ったのは、引っ越しの手伝いをしてほしかったからではなかったのか? 結太はまたしても唖然としてしまった。
「嘘……って……。ハァ~……。なんだよそれ? じゃあ何のために、家に来いなんて言ったんだよ?」
もはや疲れ切ってしまい、怒る気力すらない。結太はその場にしゃがみ込み、呆れ果てて訊ねる。
イーリスは体を左右に振り、モジモジしながら、
「何のため、って言われても……。アタシはただ……結太と、お話したいなって思って……」
恥ずかしそうに答えるが、結太はしゃがみ込んだまま、顔だけ上に向け、『はあ? なんだそりゃ……』とつぶやいた。
「話なんか、学校でだっていくらでも出来んだろ。わざわざ、家でしなきゃいけねー話って、何なんだよ?」
「学校じゃ、落ち着いて話せないじゃない! みんな、アタシのこと珍しがって、やたらジロジロ見て来るし……何かと言うと、話し掛けて来るし。アタシは結太と話したいのに、結太ったら、授業中と昼休み以外は、教室の隅っこでずっとボーっとしてて、まともに話す暇なんてなかったじゃない!」
不満げにそう言うと、イーリスもその場にしゃがみ込み、ふくれっ面で睨みつける。
(あー……。まあ、確かに。教室じゃ浮いちまってるから、身の置き所がないんだよなー。だからつい、ボーっとしちまうっつーか、ボーっとしてるしかないっつーか……。伊吹さんとも話してーけど、昼休み以外は、なーんか話し掛けづれーんだよなぁー。オレなんかが話し掛けたりしたら、伊吹さんに迷惑掛けちまうかなって……なんか、そんな気がして……)
べつに、いじめられているわけではないのだし、普通に話し掛ければいいとは思うのだが……。
桃花も、いじめられているわけではないのに、一人でいることが多い。男の自分が話し掛けたりすると、悪目立ちしてしまうのではないかとか、いろいろと、余計なことを考えてしまうのだ。
「んー……。話してーつってもさ。オレみてーなヤツと一緒にいると、イーリスに迷惑掛けちまうと思うんだよな。オレ、あのクラスじゃ浮いちまってるし。イーリスと友達になりてーって思ってるヤツらなんか、きっとたくさんいるんだろーし、邪魔したくねーっつーか。……ってか、なんでオレなんかに構うんだよ? 病院で知り合ったから……って言ってもさ、大した話なんかしてねーだろ? あの学校ん中じゃ、一番に知り合ったからって、無理してダチになろーとしなくてもいーんだぜ?」
そう言ってから、『〝ぼっち〟には慣れてるしな』と、心でつぶやく。
イーリスは、何故かムッとしたように結太を見返すと、
「なによ、それ? アタシが、無理して結太と友達になろうとしてる――って思ってるの? だとしたら、バカにしないで。アタシ、そんな理由で、友達になりたいなんて思わな――」
視線が結太から逸れたとたん、イーリスがビクッと肩を揺らして固まった。
みるみるうちに顔色が悪くなり、どうしたのだろうと、結太が目をぱちくりさせていると、
「キャーーーーーーーッ!! イヤァアアアアアーーーーーーーーッ!!」
耳をつんざくような悲鳴を上げて、結太に抱きついて来た。