第15話 龍生ら、マンション前で合流する
「秋月っ、どーゆーことなんだ!? 楠木の家にイーリスが入って行ったって、本当なのか!?」
結太の家の前から、少しだけ離れた場所で、咲耶達の到着を待っていた龍生は、その声がしたとたん振り返った。
振り向いた先には、酷く腹を立てた様子で突進して来る咲耶と、ちょうど車から降りたところらしい桃花と、秋月家の車が見えた。
車は正面に置くと目立つので、家から数十メートルほど離れたところにある、小さな駐車場に停車させたようだ。
「秋月っ、ホントにホントなのか!? 間違いなく、楠木の家に、イーリスは入って行ったのか!?」
龍生の元まで来た咲耶は、彼の腕を掴んで引っ張ると、先ほどと同じような質問を繰り返す。
龍生は、咲耶の後ろから一生懸命駆けて来る、桃花が到着するのを待ってから、口を開いた。
「外から見ていただけだから、実際に入って行くところを見たわけではないが、結太の住むマンションに、二人で入って行くのは確認した。これだけは間違いない」
「な――っ!」
「……そんな……」
両拳を握り締め、咲耶は必死に、怒りを抑え込もうとしている。桃花はと言うと、ショックを隠し切れない様子で、蒼い顔をしてうつむいていた。
「ぬぅぅ~~……っ、楠木の奴めぇえええっ! 金髪碧眼美少女などに、うつつを抜かしおってぇええええッ!! もともとの知り合いとは言っても、たった一度、ほんの少し、話しただけの相手なんだろう!? そんな、ろくに素性も知らない人間を、転校初日に自宅に招き入れるとは……っ! うぅぅぅ…っ! まったく、破廉恥極まりないッ!! 見損なったぞ楠木結太ぁああッ!!」
やはり、抑え込むのは不可能だったらしい。すぐに怒りを爆発させ、咲耶は歯噛みしながら、地団駄を踏んでいる。
「……いや。一応、結太の名誉のために言っておくと、〝自ら招き入れた〟と言うより、〝強引に引っ張って行かれた〟――と言った方が、近いような状態だったが」
いつの間にか、咲耶の中では〝招き入れた〟ことになっているのに気付き、龍生が訂正すると、鬼のような形相で睨んで来て、
「うるさいッ!! 招き入れようが強引に押し掛けられようが、部屋に入れた時点でアウトだバカ者めッ!! 実際に、イーリスが強引に入ろうとしたんだとしても、前におまえが言っていたように、女の力は男の力より、生まれつき弱く出来てるもんなんだろう!? 本当に嫌だったら、家に入られることは、絶対に阻止出来たはずだ!! 拒否しても、それでもしつこく入ろうとして来たんだったら、警察を呼べばいい! 住居侵入罪で、捕まえてくれるかもしれんからな!」
「……さすがに、同級生に家に踏み込まれたくらいで、警察を呼びはしないだろう。もし呼んだとしても、相手に、事件を起こしそうなほどの危険性を感じない限り、高校生同士のいざこざに、警察が介入して来るとは思えないしな」
どこまでも冷静に応じる龍生に、咲耶はカチンと来たのだろう。怒り増幅のためか、早口で言い返して来た。
「なんだよなんなんだよさっきから!? いちいち楠木を庇うじゃないか!! 不貞を働いているのが幼馴染だからか!? それとも、男同士の連帯感ってヤツか!? でもそーか、そーだよな!! 男ってだいたい、性犯罪に甘いもんな!? それってあれだろ!? 『いつか自分も犯すかもしれない』って心理が無意識のうちに働いて、甘くさせるんだろ!? なあっ、そーなんだろッ!?」
……またしても、いつの間にか咲耶の中では、結太が〝不貞を働いた〟ことになっているらしい。
そもそも不貞とは、夫婦間での浮気などを意味する言葉ではなかったか?
結太と桃花は、両想いではあるが、まだ付き合っているわけではない。その二人の間で、不貞という言葉が持ち出されるのは、おかしいのではないか?
それに、何故ここで、性犯罪の話が出て来るのだろう?
結太が、嫌がるイーリスに、ムリヤリ襲い掛かるとでも思っているのだろうか?
ヒートアップする咲耶の話に耳を傾けながら、龍生はあくまで冷静に、前述のようなことを考えていた。
だが、ここでまた、不用意に口を挟むと、更にややこしいことになりそうだったので、ひたすら聞くことだけに専念した。
すると突然、
「ちょっと待って咲耶ちゃんッ!!」
桃花が、今まで聞いたことがないほどの大声を上げた。
驚きのあまり、咲耶はピタリと口をつぐむ。
桃花はハッと息を呑んだ後、恥ずかしそうにうつむき、今度は、耳を澄ませなければ聞こえないほどの声で。
「あ……あの……。ここで、言い争ってても……仕方ない、とゆーか……。こうしてる間にも……あの……楠木くん、が……え、と……。その……」
いったい、ここまで何をしに来たのだ?
結太の様子を、見に来たのではないのか?
ならば、早く行かなければ、二人の間に、〝何か〟が起こってしまうかもしれない。
そんなのは嫌だ。
止められるものならば、止めたい。
――そう。
手遅れになる前に……。
――というようなことを、桃花は、考えているのかもしれない。
それを察した龍生と咲耶は、同時に顔を見合わせ、うなずいた。
今、一番辛いのは桃花なのだ。
直接には関係のない龍生と咲耶が、言い争いをしている場合ではない。
とにかく今は、結太の家まで行って、二人がどんな状態なのかを、この目で確かめなければ。
幸い、結太のマンションは、オートロック式玄関ではなかった。相手を呼び出さなければ、部屋の前まで行けないわけではないのだ。
「よし、行くぞ!」
咲耶の号令に、龍生と桃花はうなずき、三人は、揃って結太の家に向かった。