第14話 龍生、車の中で結太が来るのを待つ
話は少しだけさかのぼる。
放課後、龍生はいつものように、秋月家の車で結太を待っていた。
結太からは、
「脚ももう痛くねーし、今週からは、自転車通学に戻るよ。今までありがとな、龍生」
と言われたのだが、医者から完治したとお墨付きをもらうまでは、自動車通学を続けるようにと、龍生は言い張った。
自分の不注意で、怪我を負わせてしまったのだ。完治するまで面倒を見るのが俺の役目だと、龍生は思っていたのだった。
結太には、『だから、おまえが気にする必要はねーんだって、何度も言ったろ?』と呆れられたが、誰が何と言おうと、責任は自分にある。最後まで、その責任を果たさせろと伝えたら、結太は『へーへー。わっかりやしたー』とおどけていた。
(咲耶にあれほど言われたんだ。今日こそは、伊吹さんに告白して来るだろう。……しかし、おかしいな。伊吹さんを呼び出せたら、一度連絡を入れるよう、メッセージを送ったんだが……まだ返信が来ない。放課後になってから数分は経ったが、まだ呼び出せていないのか?)
もしかして、あのイーリスという転校生に長々と話し掛けられ、呼び出すどころではなくなっているのだろうか?
龍生は心配になって来ていたが、そこに安田が、
「龍生様。前をご覧ください。結太様が――」
と声を掛けて来て、何事かと顔を上げた。
すると、イーリスに片手を引っ張られ、困惑顔で校門から出て来る、結太の姿が目に映り、龍生は一瞬、呆然としてしまった。
「龍生様、如何いたしましょう? 結太様が、謎の女生徒に連れて行かれてしまいますが……」
再び安田に声を掛けられ、ハッと我に返る。
事情はよくわからないが、何らかの形でイーリスが介入して来たことにより、またしても、告白は出来ず仕舞い――という結果に終わったようだ。
それはまあ、仕方ない。
運が悪かったと思って、次の機会を待つしかないが……。
「問題は、あのイーリスという転校生に、どこに連れて行かれようとしているのか……だな」
つぶやいて、龍生はしばし黙考した。
どこに行くのか知りたければ、すぐに後を追うしかないだろう。
……だが、尾行などしたことがない。素人が、急に探偵の真似事などして、うまく行くだろうか?
ボディガードをしていた安田の方が、こういうことには慣れているのかもしれないが……。
安田に後を追わせてしまったら、場所を突き止めた後に連絡を入れさせたとしても、この車をどうすればいいかわからない。短時間だとしても、無人のまま学校に放置して行くのは気が引ける。
ここはやはり、直接龍生が後を追って、場所を突き止めてから安田に連絡し、車をその場所に来させた方が、スムーズに事が運ぶ気がする。
(……仕方ない。俺が行くか。尾行はしたことがないが、もし見つかっても、あの二人相手なら、どうとでもごまかせるだろう)
覚悟を決め、龍生は安田に、次のことを命じた。
「俺は今から、あの二人を尾行する。場所を突き止めたら連絡を入れるから、それまでここで待機していてくれ」
龍生が尾行などと、ビックリしたのだろう。安田は目を見張ったが、すぐにいつもの表情に戻り、『承知しました』と小さくうなずいた。
――数分後。
結太達と、数メートルから十数メートルほどの距離を取りながら、龍生は尾行を続けていた。
今のところ、二人に見つかりそうになったことはない。
しかし、何せ慣れていないので、ちょっとしたことでも、ヒヤッとしてしまう。
そんなことを、何度も繰り返したせいだろう。いろいろな面で鍛え上げられている龍生にしては珍しく、早々に疲弊していた。
(あの二人、いったいどこに向かっているんだ?……この方向、そして道順。このまま行くと、結太の家のある方だが……。まさか、転校生を家に呼ぶつもりではないだろうな?)
……と言うより、ずっと手を引かれているのは、結太の方なので、呼ぶというよりは、ムリヤリ家に連れて行かされている――と言った方が近いのだろうか?
(転校して来て早々に、結太の家に押し掛けようと言うのではあるまいな? だとしたら、相当図々しい性格をしているようだぞ、あの転校生……)
イーリスは、先ほどから何度も、結太の腕に自分の腕を絡ませたり、体を後ろに向け、結太の片手を両手で引っ張ったり……かと思ったら、急に〝恋人繋ぎ〟をしてみせ、結太をギョッとさせたりしている。
ああいうところだけを見せられていると、イーリスは世間的に言うところの、〝小悪魔タイプ〟に分類される少女なのかと思えて来る。
遠くて、よく確認出来ないところもあるが、どうやら、結太の反応を見て、楽しんでいるような節があるのだ。
(これは……もしかすると、危険な状態なのかもしれない。向かっている先が、結太の家なのだとしたら……早々に手を打たなければ、手遅れになる可能性も……。まずいな。俺一人では、どうにも出来ないかもしれん。ここは無理をせず、援軍を呼ぶか)
そう思った龍生は、まずは咲耶に電話を掛け、事情を告げて、安田にここまで連れて来てもらうようにと伝えた。
それから安田に、咲耶と桃花を乗せたら、至急、結太の家の近くまで走らせ、自分と合流するようにと、連絡を入れたのだった。