第12話 結太、桃花にどうやって告白するか思い悩む
放課後になってしまった。
龍生と咲耶に念押しされた通り、今日こそ、桃花に告白しなければ。
そう思いつつ、結太は、机の上の鞄に手を掛けながらも、なかなか席から立ち上がれずにいた。
……いや。桃花に告白するのが嫌だ――というのでは、もちろんない。
自分としても、早く想いを伝えて楽になりたい。苦しい想いから解放されたい――というのが、本音だったりする。(結太は、〝OKしてもらえる〟が一割、〝断られる〟が九割くらいだろうと、この時点では予想していた)
ただ、横にいるイーリスに、おかしいと思われないよう桃花を呼び出し、告白に至るためには、いったいどうすればいいのだろう?
正直、午後は授業そっちのけで、そればかり考えていたのだ。
そして未だに、いい案は浮かんでいない……というわけなのだった。
(とにかく、イーリスに話し掛けられたりしねーうちに、オレが伊吹さんに声を掛ければいーんだよな。妙な気を回されねーうちに、二人きりになれる場所へ呼び出しちまえば、こっちのもんだ!)
よくわからない理屈で己を納得させ、桃花の席に目をやると、結太は素早く立ち上がった。
しっかり鞄を持ち、後は、桃花の席まで一直線!……のはず、だったのだが。
「結太! 一緒に帰らない?」
すかさず、結太の制服の裾を掴み、イーリスが声を掛けて来た。
「――えッ!?」
〝制服の裾を掴む〟という行為で、動きを封じられた結太は、ギョッとして振り向く。
ニコニコ顔のイーリスは、続けざまに、
「アタシ、この街に引っ越して来たばかりで、新居の整理がまだ出来てないんだけど……結太、手伝ってくれないかしら?」
などと、とんでもないお願いをして来た。
「はあ!? 新居の整理?……を、オレに手伝えって?」
言われたことを確認するように訊き返すと、イーリスは『ええ、そう!』と、やはり笑った。
(……『引っ越した家の整理を手伝え』?……おいおい。知り合いったって、たった一度会っただけだぞ? それでいきなり、そこまでプライベートなことに関わらせようとするなんて、いくらなんでも、図々し過ぎやしねーか?)
唐突なイーリスの〝お願い〟は、あまりにも、結太の中での常識の範疇を超えていた。
さすがに呆れて、
「いや。悪ィーけど、これから用があ――」
と断ろうとしたとたん、
「ねっ、いーでしょ? 手伝って? アタシ、まだこの街には知り合いもいないし、こんなこと頼める人、結太くらいしかいないのよ。――ねっ、いーでしょっ? いーわよねっ? ほらほらっ。そうと決まったら、早速アタシの新居へGOよっ」
制服の裾を掴んだまま、イーリスは強引に結太を引っ張り、歩き出した。
「えっ、ちょ――っ? イーリスっ?」
〝制服の後ろの方の裾〟という、普段、掴まれたことがないような部分を掴まれた上に、前に体を向けようとすると、不安定な姿勢になってしまうため、イーリスの手を振り払うことも出来ない。
結太には、ヨロヨロとおぼつかない足取りで、〝嫌々イーリスに従う〟という選択肢しか、残されていなかった。
それでも、教室を出る直前、桃花の席に慌てて視線を投げると、まだ椅子に座っている、彼女の後姿が見えた。
(伊吹さん――っ! オレ、今日こそ君に言ーたいことが……言わなきゃいけねーことがあんのにぃ~~~~~っ)
泣きそうになりながら、心で話し掛ける結太だったが……。
結局、声を掛けることも出来ず、イーリスに引っ張られながら、教室を後にする羽目になった。
一方、結太が教室を出て行った後、自分の席から動けずにいた桃花は、イーリスと結太の声が、完全に聞こえなくなったことに気付くと、ガックリと肩を落とした。
実は、HRが終了した頃から――いや、もっと正直に言えば、イーリスが転校生として紹介された、朝のHRの時からずっと、桃花は彼女を気にしていたのだ。
教室に入って来た時は、髪の色も変わっていたし、病院で一度だけ会った子だとは、すぐには気付けなかった。
だが、彼女が『結太』と声を上げ、彼めがけて走り出したところで、『ああ、あの時の子か』と、全て思い出したのだった。
彼女の行動で、何よりショックだったのは、結太の頬にキスしたことだった。
聞けば、イーリスはハーフではなく、純粋なスウェーデン人だということだったので、軽い挨拶のつもりなのだろうと、一度は納得しようとしたが……やはり無理だった。
彼女が結太にキスした時も、昼休みに、彼女が『結太に興味がある』『運命みたいなものを感じちゃった』と言った時も、『友達以上、恋人未満』と言った時も、『あなたのライバルになっちゃうかも』と、ライバル宣言めいたことを言われた時も……ずっとずっと、ショックだった。
そして……そんな彼女と、すごく打ち解けているように見える、結太も。
桃花と話す時、結太はいつも、緊張しているような、ぎこちない話し方をする。
最近では、徐々に自然になって来たような気はするが、それでもまだ、距離を置かれているような、微妙な話し方だ。
それなのに、イーリスと話している時は、すごくリラックスしているように思えるのだ。
発言の仕方に、注意などもして……〝たった一日会っただけ、話しただけ〟の相手だとは、すぐには信じられないほどに、互いに、打ち解け合っている気がする。
(イーリスさん、『引っ越して来たばかりだから、新居の整理を手伝って』みたいなこと、言ってた……。〝新居の整理〟ってことは、これから二人で、イーリスさんのお家に行く……ってことだよね?……お家って……ご家族の方は、いらっしゃるのかな?……まさか、一人暮らし……とかじゃない、よね?)
イーリスがこの教室に入って来た時から、桃花の心臓は、ずっと落ち着かないままだ。彼女が結太に対し、何か話したりするたびに、ドクンと大きく跳ね上がり、ドッドッドッドと、鼓動が早く、騒がしくなる。
(……どうしよう……。部屋で二人きり……とかだったら……。イーリスさん、あんなに綺麗なんだもの。あんなに綺麗な人と、個室で二人きりになんてなったら……)
桃花の脳裏に、イーリスが、結太の頬にキスした時の映像がよぎった。
とたん、胸がキュウっと痛む。
(どうしよう……どうしよう……。二人がまた、あんな風になっちゃったら……。でも……あんなに綺麗で、スタイルの良い人に……わたしなんかが、敵うわけないよ……)
考えていたら、無性に泣きたくなって来た。
人数の少なくなった教室で、ズキズキする胸を庇うように両手で押さえ……桃花はしばらくの間、席から立ち上がれなかった。