第11話 結太、咲耶からの呼び出しに嫌々席を立つ
(『話がある』って……。どーせまた、あの話なんだろーな)
結太はげんなりしながらも、呼び出されたからには、行かねばなるまいと席を立った。
チラリと桃花の席に目をやると、次の授業の準備を始めていて、結太が咲耶に呼び出されたことには、気付いていないようだった。
ああよかったと、廊下に出るため歩を進める。
すると、
「どこに行くの、結太?」
イーリスが声を掛けて来て、ギョッとした結太は、慌てて『シーッ』と、口元に人差し指を当てた。
大きな声を出されては、桃花に気付かれてしまう。
「保科さんと話があるんだよ。頼むから、ちょっと静かにしててくれ」
そう言い置いて、結太は後ろの戸から廊下に出た。
廊下では、咲耶と龍生が、腕組みして待ち構えていた。
結太はハァとため息をつき、そちらに歩いて行きながら、
「なんだよ、話って?」
「『なんだよ』はこっちの台詞だ!!――なんなんだ、あの金髪碧眼美少女は!? 病院で出会っただと!? そんな話一切聞いてないぞ!! いつの間にかこっちの知らないところで、勝手に知り合いになりおってぇ……! ふざけるなよ!! 計画が狂うだろーがッ!!」
「……はぁ? 計画?……なんだよ計画って?」
咲耶の迫力に気圧されつつも、結太は首をかしげて訊ねる。
龍生は、興奮する咲耶の肩に手を置き、『まあまあ』と言うように、何度かポンポンと叩いた。
それから結太に向き直り、
「どこで誰と知り合いになっていようが、おまえの勝手だ。だが……せめて、話くらいはしておいてほしかったな。俺は一応、おまえの友人だろう? あれほど目立つ子と知り合いになっておいて、ずっと黙っていただなんて、水臭いじゃないか」
怒っているというほどではないが、やや厳しい顔つきで告げる。
結太は『う…っ』と詰まってしまったが、すぐに思い直したように、
「だ――っ、黙ってたとか、そんなつもりねーよ! イーリスと話したのは、たった一回だけだったし……。特別室なんかに入院してる、すっげーお嬢様だってゆーし、オレみてーな庶民と会う機会なんか、もう二度とねーだろーなと思ってたから……。だからっ、特に話す必要もねーと思ったんだよ! わざと黙ってたとか秘密にしてたとか、ホントにそんなんじゃねーんだって!」
どうにかわかってもらいたいと、必死に説明した。
二人は顔を見合わせ、同時にため息をつく。
「……まあ、そうだな。たった一度会っただけ――しかも、聖令女学院に通っていたと言うなら、相当な家柄の御息女だろう。結太が、二度と会うことはないと思ったのも無理はない。……彼女、苗字は何と言うんだ?」
「え?……えぇっと……確か……藤……島? 藤島イーリス――って、言ってた気がするけど」
「藤島?……まさか、あの藤島か?」
龍生は、『藤島』という名に心当たりがあるのか、片手を口元に当てて考え込んでいる。
龍生が知っているということは、やはり、かなりのお嬢様なのだろうか?
――そんなことを思いつつ、結太は龍生をじっと見つめた。
「――まあ、いい。彼女の家柄がどうだろうと、そんなことは、大した問題ではないしな。問題なのは……彼女がおまえに対して、強い興味を抱いていることだ」
「え? 問題って……何が?」
きょとんとした顔の結太に、龍生は再びため息をつき、
「何がって……。おまえは、伊吹さんに告白するんだろう? 彼女がおまえに興味があり、その〝興味〟が、恋心から来るものだったりしたら……邪魔に入る可能性があるじゃないか」
「えっ、邪魔? 邪魔って……告白の?」
「そうだ」
結太は、しばらくポカンとしていたが、いきなりプッと吹き出すと、
「まっさかー! 興味あるっつっても、そこまでじゃねーだろー? あんだけの美少女だぞ? 好きな子がいるって知ったとたん、オレへの興味なんて失せちまうんじゃねーの?」
そんなことを言い、ケラケラと笑い出した。
龍生はひょいと肩をすくめ、
「だといいが。さっきだって、伊吹さんが、おまえのことを好きだと思っていた――と言いつつ、諦める素振りなど、少しも見せていなかったじゃないか。むしろ、『あなたのライバルになってしまうかも』などと、伊吹さんに、宣戦布告めいたことをしていた。そんな彼女が、おまえの好きな人を知ったくらいで興味を失うとは、とうてい思えないが」
「う――。……そっ、……そっ……かな?」
結太は言葉に詰まり、困ったようにうつむいた。
……が。
うつむいた頬が、うっすら赤く染まっているのを、咲耶は見逃さなかった。
「楠木、貴様……『困ったなー』とか思いつつ、喜んでいるだろう!? この……っ、普段、誰からも相手にされてないおまえが、金髪碧眼美少女から、ちょっと気があるような素振りを見せられたからと言って、いい気になるなよ!? 急にモテ男にでもなったつもりか!?……ふざけるなッ!!」
思いきり睨みつけられ、結太はタジタジとなった。
いい気にも、モテ男にも、なったつもりは一切ない。
だが、『普段、誰からも相手にされていない』から、誰かから、強い興味を持ってもらえたことは、素直に、『ちょっと嬉しい』と思ってしまったのは事実だ。
……だが、それはそんなにいけないことなのだろうか?
べつに、イーリスに心変わりしたわけではないのだ。結太は今でも、桃花一筋だ。
それなのに……。
ここまで責められなければいけないほど、『興味を持ってもらえて嬉しい』と思うことは、罪なのか?
咲耶の言葉に、いささか腑に落ちないものを感じてしまった結太だったが。
龍生と咲耶は、『放課後、今度こそ忘れずに桃花に告白しろよ?』と念押しし、それぞれのクラスに戻って行った。